8-1
「クラスに居場所がないんです……」
下駄箱に、不審な手紙が山ほど入っていたり、放課後に呼び出されかけたりするのだけど。寮に戻っても、ドアの隙間から怪文書が差し入れられたり、わたしの分だけ夕飯のデザートの数が違っていたり、靴がなくなっていたり。
おっかないよ。
イジメ本格化だったらどうしたらいいんだよう。
そんな半泣きでわたしは美術室で訴える。
「うんうん、そりゃ気の毒だと思うよ。どこもかしこもアウェーだなんて、まったくもって気の毒だ。貧乏クラブチームは悲しいよね」
「とりあえずここを仮のホームとさせていただきます。じゃ、さっそく昼食を」
「嫌だよ、俺と麗香先生の愛の巣に連日なんてこないでよ、ウメちゃん」
「まあ、高瀬君、久賀院さんにそんなこと言うなんてひどいわ!」
べーだ。麗香先生はわたしの味方だよー、とわたしは心のなかで舌を出した。
文化祭は終わったけど、わたしはまったく気の休まらない日々を送っている。授業中はともかく、休み時間がキツイ。なのでここしばらく昼休みは毎日美術室に入り浸りだ。
なんていうか、本気出して来た蓮は、本当にバカに磨きがかかっていて手に負えない。バカ数値的には計測不能の領域だ。スカウター壊れるわ。
文化祭のあの日、かっこわるくも保健室から逃亡して事態のうやむや化を図ろうと思ったんだけど、そうは問屋がおろさなかった。三日後の、担任が来る前のホームルームで蓮がやらかしやがったのだ。
「いやあ、でも俺も、鳥海のその宣誓は見てみたかったなあ……」
ニヤニヤしながら高瀬先輩が言う。冗談じゃないや。
その日の朝、蓮は何を思ったか教壇にあがると、クラスメートに向けて言ったのだ。
「えーと、俺、久賀院梅乃ちゃんに告りましたのでよろしく」
何がよろしくだ、馬鹿者ー!おかげでその日の夕方には全校生徒がその出来事を知るまでになったじゃないか、もう!
「先輩も公衆の面前で告白されてみればいいんだ……!」
「麗香先生して!俺に公衆の面前で告白して!もちろんOKだから安心して告って!」
「いやよ、どう考えてもいや。そんなことするくらいなら、死んだほうがマシ」
「それじゃ麗香先生と心中かあ……大正ロマンみたいだよねえ……」
「心中くらい、一人でやります!」
「いい心中プラン、考えるから!」
ああ、和む……。このバカ丸出しな会話で生き返る……。
美術室で麗香先生と高瀬先輩とお昼を食べているときだけが、安心していられる時だ。
「でも、久賀院さん、いろいろ大丈夫?」
「はあ、なんとかやってます。確かに自業自得な部分はあるので」
あの時、逃げださなければよかった。わたし、蓮にいきなり告白されて動転しまくって逃げ出してしまったけど、あの時ちゃんと断ればよかったんだと思う。ああだめだ!あの時理事長にも聞かれてしまっているんじゃん。
わー、とか叫び出したくなった。
蓮の告白だけじゃなくて理事長にわたしの気持ちが知られてしまったなんて、もうほんと、恥ずかしくて穴があったら入りたい。埋まりたい。即身仏となって二百年後くらいに堀りだされたい。
「ウメちゃん、顔真っ赤だけど」
高瀬先輩に指摘されたけど、どうしようもない。
「もうやだ……なんでこんなことに……」
「まあ鳥海があそこまで暴走するとはなあ、俺も思わなかった。……ごめん嘘、ちょっとなるかもって思っていた」
「そしたら止めて下さいよ!」
「予想したから、熊井先輩と二人で煽ってみたんだけどなあ。予想以上。あーあ、熊井先輩の勝ちか」
……何か賭けてましたね……?
きー!と奇声を上げて高瀬先輩にとびかかりそうになった。
「でも久賀院さん」
こらえたのは麗香先生がお茶のおかわりを入れてくれたからだ。
「鳥海君、そんなに悪い子じゃないと思うけど、どうなの?」
「ど、どうなのって……」
「文化祭の前までは、王理君も一緒の三人でいつも楽しそうだったじゃない。私、久賀院さんは絶対、王理君か鳥海君のどちらかとつきあうんじゃないかと思っていたわ?」
そうなの!?
「え、えっと。なんていうか、二人は友達でして。そのように思われることは非常に遺憾に存じます」
「え!」
麗香先生と高瀬先輩の声が重なる。
「本当にただの友達なの?」
「……あの……」
「他に好きな人でもいるの、久賀院さん」
麗香先生の何気ない問いかけと、わたしのマヌケな一瞬の間。
「誰!」
もう、自分で自分がフォローできないよ……。バレバレだよ……。
「秘密です……」
「いや秘密なんて許されないから。校則に書いてあるから」
「ないですよ」
わたしは慌てて首を横に振る。
「ほんと、そこには触れないで下さい……」
「ウメちゃん……俺には麗香先生と言う人が。ごめん、気持ちに応えられなくて」
わあ、真顔だ。
「応えて欲しい気持ちは、いつだって『お昼奢って欲しい』くらいです」
でも、まだ先輩のほうが現実味はあるよね。理事長じゃ、どうしようもないし。
「……じゃあ、話でも変えましょうか」
にこにこしながら麗香先生が言った。
「なんだか恋愛の話とも思えないほどに、久賀院さんが暗くなってしまったもの」
「そっかあ……まあいいや、おいおい聞き出すから」
「ちょっと高瀬君!」
麗香先生が高瀬先輩をにらみつける。
「久賀院さんに意地悪したら承知しないわ」
「意地悪なんてしませんよー。ひどいなあ。それに、俺は久賀院さんにはお願い事をする立場だから、謙虚なもんですって」
どこが、と思いつつ、高瀬先輩の話にひっかかる。
「え、頼み事って?」
「もうすぐ生徒会長選って知ってる?俺、生徒会長に立候補するからよろしくね」
「は?あれ冗談じゃなかったんですか?」
熊井先輩もそういえば、なにかのはずみのときに「高瀬立候補したらよろしくね」とか言っていたような気もするけど、ビッグバン級の壮大な冗談だと思っていた。
「本気だよー。あのさ、俺に味方しとくといいことあるよー」
今までいいことなんて、一度も無かったと思うのは気のせいか。
「まああまり期待はしませんが、でもわたしにできることがあったら協力します」
なんだか縁がある人だし、その能天気さは嫌いじゃない。見た目は軽いけど、あの文化祭の演劇の時の采配を見ていたら、結構上に立ってもうまくやるんじゃないかなあって思うし。
「ありがとねー。応援演説とかお願いするかも。ちゃんと恩は百倍にして返すから」
金貸してー、二倍にして返すから、お馬さんで。と、同じくらいうさんくさい約束だ。まあいいけど。
「でも、ウメちゃん元気ないなあ。ほんと大丈夫?」
「そうね、いつもだったら、すごい勢いで切り返すのに」
「だって……なんか気持ち悪い出来事とかあって……」
ああ、と麗香先生が戸棚に目を走らせた。
「なんか怪文書が久賀院さんのところに届くんですって」
「……あれ本当なんだ……王理高校にそこまでやる生徒なんているのかなあ……」
「高瀬君、よかったら見てあげてくれない?久賀院さんも私も怖くて見られないのよ。部屋に持ち帰るのも怖いから、ここに置いてあるんだけど」
「ああ、いいっすよ」
もう小さいとはいえ箱一つになっているその手紙の束を戸棚から麗香先生は持ってきた。
「うわ、結構な量だな。これ、どこから?」
「下駄箱とか、部屋のドアの隙間とか……」
「……なあ、ウメちゃん、気持ち悪いことあったらもっと早く言いなよ。俺とか理事長とかさ、梓先生とかもちゃんと守るよ?なんつーか、無駄に我慢強いっていうか……」
そういいながら、高瀬先輩は一つ目の手紙を開いた。そして固まる。
「先輩大丈夫?なんか怖いこと書いてあった?かみそりとか入ってた?」
「高瀬君平気なの?どうしたの止まっちゃって!炭素菌とか入ってた?」
テロ発生。
けれど高瀬先輩は、なんだか深くため息ついてから、頭をかいた。
「ウメちゃんこれ、中読んだ?」
「そんなこと怖くてできないよ!」
「……あのさ、他にどんな嫌がらせがあったって言ったっけ?」
え?
「ご飯のときのデザートのプリンがみんな一つなのに私だけ三つあった」
「なるほど、それは多分、ウメちゃんが喜ぶだろうと誰かが譲ったんだ」
「捨てなきゃナーって思っていた古い靴が無くなって、リボンで結ばれた新品の靴がドアの前においてあった」
「ほほう、俺はそれはプレゼントだと思うけどな」
「えっと、蓮が追い返してくれたけど、放課後、どこそこに来てって呼び出されかけた」
「……久賀院さん、それは……」
「あとはとにかく怪文書がー!」
ひーってわたしが恐怖に打ち震えていると、高瀬先輩が地の底から響くような声で言った。
「ウメちゃん、それは単に、うちの生徒がどいつもこいつもあんたに告白し始めたってことじゃねえのかい。つーか、この手紙はおそらく全てがいわゆるラブレターのはずだ!」
はい?
「こ、告白?」
「『久賀院さんは僕のことをご存じないかと思います。突然のお手紙お許し下さい。実は……』つーか読むのも馬鹿馬鹿しいほどの、ラブレターだっつーの!部屋で熟読して返事を書け!書いてやれ!かわいそうに!あんたが携帯もってないからみんなこんな古典的手段しか取れなかったつーの」
高瀬先輩の言葉に、わたしは手紙をひったくって読む。
読んでいる途中で赤面するほど、それはきちんとしたここここ恋文でした。
「……でもでもでもでも、どうして今更こんな急に?だって今まで誰もなんにも言わなかったよ?」
梓が首を傾げるほどにモテ度ゼロだったのに。
「……そうか……鳥海のヤツが牽制したのは、周囲の連中じゃなくて、自分のダチただ一人か」
「え?」
「鳥海が、ウメちゃんへの告白を公言する事で、周囲はみんな、圧力は気にしなくていいって思ったわけだよ。自由競争の開始ってことだ」
……資本主義……???????
と、高瀬先輩が急にシッとばかりに唇に手を当てた。そしてひょいと音も無く立ち上がって閉められていた扉の前に向かう。
そして思い切りその扉を引いて開けた。
「……ぎゃ!」
多分扉に寄りかかっていたのだろう人物が、支えを無くなって美術室に転がり込んできた。
「蓮!?」
文化祭の日にえらいことになっていた顔は、今はあの綺麗な顔立ちを取り戻していたけれど、身を起して顔を上げたとたん、わたしを見た蓮の顔が真っ赤になる。
「あのなー、鳥海」
なんていうかさっぱり意味がわからなくて何もいえない私の代わりに高瀬先輩が蓮に告げた。
「もういいんじゃねえか?ちゃんと言え」
「……俺は」
「ほれ、二人で話して来い」
「それはダメよ」
高瀬先輩の提案を却下したのは麗香先生だ。
「昼休みはおしまい。それは放課後に。ちゃんと午後の授業を受けるのよ?」
おお、先生っぽい!
そしてにこって笑う。
「久賀院さん、続きは明日教えてね、絶対よ!」
それは先生っぽくない発言だ……。




