閑話1 鳥海蓮の場合
押し倒してみれば、本当にウメちゃんは華奢だった。
まあもちろんベッドの中なので、つけているものは下着だけなわけだから、そのほっそい肩もすらりとした鎖骨もほんとに触ったら壊れそうな繊細さを俺に見せ付けていた。
「蓮」
いつもはそれに、バカ!とか、あーはいはい(以下超スルー)とか、憎まれ口しか出てこない声が、今はか細く震えていた。恥ずかしいのか俺と目を合わせることも無く、横を向いてウメちゃんは言う。
「や、やさしくしてね」
もうなんつーか、その言葉だけで、俺の愚息はもうリミットブレイクと言う感じで、マジ優しくしなきゃ!とかいう思いはもちろんあるのだけど、そんなこと言っている場合じゃなく。
とりあえず、ブラ外させていただきます、と視線を下方に向けた俺は、ちょっと驚く。
ウメちゃん下着はヒョウ柄ですか!
うわー、なんかイメージとちょっと違うな。驚きだ。しかし意外性もまあそれはそれでいいし。中身に変わりはないもんな。
そんでもって、推定C65と思われるそこに手を伸ばした時、ウメちゃんは蓮、と呼んだ。
「起きろ!」
顔面にがさがさとしたものが叩きつけられた。
「いいかげん起きないと朝ごはん食べ損ねるぞ」
そういって俺に雑誌をたたきつけて起してくれたありがたーい友達は、同室の一成だった。
「…ねむてー」
「昨日遅くまでどこ行ってたんだ」
「高瀬先輩達とマージャン」
七月の鋭い光が目に飛び込む。
しかしまあなんだ、夢オチかよ。
朝っぱらからがっかりしながら俺はベッドから降りた。そうだよなあ、ウメちゃんの下着がヒョウ柄なんてちょっと無理があるよな。
しかし、今までこんな夢見たことなかったのになあ(思う存分やってたから)。いまさらこんな夢なんて、中学生かよ。しかも寸止めでおっぱいも見られなかったぜ。もったいない。
一成が叩きつけてきた雑誌は昨日寝しなに俺が眺めていたものだった。
脇にどけたとき開いたページでは、ヒョウ柄の下着をつけたどこかのおねーちゃんが、挑発的に俺を見ていた。
「おはよう、一成君、蓮。今日は遅いね」
「蓮が寝坊してさ」
教室に入ると、とっくに来ていたらしいウメちゃんが俺たちに微笑みかける。
可愛いな。
素直にそう思った俺がウメちゃんの横を通ると、彼女の髪からふわりといい香りがした。市販の整髪料とかではあまりない上品な香りだ。なんつーか、性懲りもなく朝からどきどきしてしまう。
ここまで言えば、誰だってわかると思うけど俺はウメちゃんのところが好きだ。
前は、相当な数の女の子と同時進行とかしていて、そのノリでウメちゃんに対しても「あーちょっと可愛いなあ、モノにしたいなあ」とかって思った。そう思ってモノにできなかった女の子っていなかったし。そんでちょっかいかけて…その結末については、いままでの自分のバカ加減を見せ付けられるので、あまり思い出したくない。実録黒歴史。
でもだからこそ、ウメちゃんが好きになった。
「どうしたの蓮、ぼんやりして。まだ眠たいの?」
にこにこしながら可愛い憎まれ口を叩いてくるウメちゃんに、ほんと朝からさかりそうだ。
「ウメちゃんとだったらいつでも寝れるけど」
「今すぐ永眠するつもりかな?」
きっついきりかえしに俺は笑った。笑うしかないよなあ、俺のアホな言葉の全てに、必ず少しずつ本気が入っているなんて、彼女は思いもしないんだ。
俺は一昨日の出来事思い出した。
期末試験が近づいているんだけど、今回のテスト、異常にウメちゃんは力がはいっている。まあもともと真面目ちゃんだしな。連日図書室で勉強している。普段は一成が一緒のことが多いんだけど、その日は一成が用事で多分一人のはずだった。
部活が終わった俺が図書室を見ると、結構な時間にも関わらずまだ電気がついていたんだ。まさかとは思いつつ俺はそのまま図書室に顔を出した。やっぱりさ、男ばっかりのところに女子一人なんて危ないし。まあ俺が一番危ねえんじゃね?という自覚はさておき。
図書室の一番奥に彼女はいた。
ここしばらく毎日遅くまで勉強しているせいだと思うけど、机に突っ伏して寝ていた。
夕方になってもさらさらの髪が肩を流れて体の脇に流れていた。ちょっと横向いた顔に表情らしい表情は無かったけど美少女はやっぱり目を閉じていても可愛い。
「ウメちゃん」
ちょっと声をかけてみたけど、かすかに眉根がひそめられただけだった。俺はその顔が見える場所に椅子を持ってきて座って、彼女を見ていた。
どう考えてもストーカーだけどな。
ウメちゃんは俺のところをどう思っているのかなあ。
多分嫌いじゃないとは思うんだ。毎日なんだかんだで誰よりも会話していると思うし、何より嫌いな相手をあんなに怒ったりしない。
でもウメちゃんは、あんまり誰かを嫌ったりしないんだろうってことも知っていた。そんでまだ、自分が誰のところを好きなのかも知らないんだ。
ずっとウメちゃんを見ている俺だけが、きっとウメちゃん自身も知らない彼女の好きな相手に気がついている。
なんつーか、それって切ないよなあ。
俺はウメちゃんところが好きだから、付き合いたいと思う。ちゃんと彼氏って主張したい。手つないで、キスして、抱きしめて、とどのつまりセックスしたいわけですよ、即物的ですみませんね。
問題なのは、俺は俺が好きなウメちゃんとそういうことしたいんじゃなくて、俺のところを誰よりも一番好きでいてくれるウメちゃんとしたいって、そんなところまで欲張っているところなんだよな。
だからウメちゃんが俺を好きになってくれることがまず最初なんだ。そして、それは今のところ叶う予定が無い。
ウメちゃんが誰を見ているかなんて気がつかなければよかったのにな。
だから俺ができることは、今みたいにただ彼女を見ているだけなんだ。『今』を維持することだけが精一杯。
俺、馬鹿じゃねーか。
結局あの日だって俺は起こす事さえできなくて、ウメちゃんが起きるまで待っていた。たった今来たような顔をして、何事も無く一緒に帰って。
楽しいし幸せだけど、しんどい話。
まあそんなこともあって、あんな欲求不満な夢を見てしまったんだな、と俺は今朝の夢を結論付けた。ウメちゃんはどうも根本的なところでオトメだから、俺のこういうエロ視点とかよくわかってないっぽい。ウメちゃんの中ではエロいことというのは、手をつないだら辺りに薔薇と点描が飛んで、次のコマでは朝なんですよ。
……いまどきそんなの少女マンガでも無えよ。まあでも夜のおかずにしてますなんて知られたら、比較的容赦なくぶっ殺されると思うのでウメちゃんにはそのままでいてもらいたい。
でもそのままじゃ、俺は無神経な扱い受けっぱなしか。ああ、そういう無神経な扱いを今まで俺はいろんな女の子にしてきたんだなあ。バチがあたるってこういうことかあ。
「蓮、これあげようか?」
ウメちゃんが、大事そうに差し出してきたのは、チョコレートだ。この初夏にチョコはちょっときついが…。
「朝ごはん食べ損ねたんでしょう?」
「いや食ってきたけどさ」
「だって元気ないよ?」
朝飯じゃなくて、ウメちゃんのせいだよ!って思ったけど、俺は曖昧に笑って一個もらった。でもとりあえず今は、そうやって俺は、結局道化たままでしかいられない。食べてる俺をにこにこ見ながらウメちゃんは、朝食の必要性について誰かさんの受け売りみたいな講釈垂れる。
ヒョウ柄の下着とチョコレートの間にある大きな狭間にかるくへこみつつ、俺は、いつもと変わらぬ朝を遂行していく。
その先にあるもの?
知るもんか。




