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王理(旧男子)高校にようこそ  作者: 蒼治
act7 九月、熊井先輩は三連覇を目指す
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7-7

いきなり腕をひっぱられた。

 身長をごまかすために履いていたぽっくりみたいな靴のせいで思い切りわたしは床にすっころぶ。

 いや、痛いよ。

 ほんと痛い。

 床に腰を思い切りぶつけてしまったわたしは、眉根を寄せる。しかもめちゃめちゃ床ほこりっぽいしさ。初対面の女の子になんつー真似をするんだこの連中は。うっかりとかじゃないのは、見上げた私の目に映った彼らがにやにや笑っているところからして明らかだ。

「……あの」

 それでも腕は離してもらえなくて、わたしは困惑している目を向けた。ああ、苦労してかぶった冠がとれてしまった。

「……手を離して欲しいのです。わたし達は忙しいので、ここから出たいので。あと、彼の衣装が崩れてしまったので早く治さないと」

 蓮を女子と間違えて不埒なまねに及んだことは、かなり許しがたいが、今はそれにかまけている場合ではない。なんだかそれはこの人達もマヌケすぎて気の毒だ。

 あと少しで自分達の順番になってしまうのが一番の大問題。

「それはできねーんだよなあ」 

 ……人の譲歩をなんだと思っているんだ!


 全員、二十歳前だと思うんだけど、なんか感じ悪い人達だなあ。あだだだだ腕をねじるなよう!

 かなり本気でムカついてきたので、痛いとは絶対言わないつもりでわたしは連中をにらみつけた。いいかげんにしないと目からビーム出すぞくらいな気分で。なのに。

「あーあ、可愛い顔してにらみつけちゃって」

 なんだ、この人達。

「彼女に触るな!」

 蓮が怒鳴った。自分はナイフ突きつけられているのに、それを恐れることなく、すごい勢いだ。今まで見たことがない蓮の顔。いつもはへらへらしていているから、怒り顔どころか、声を荒げたことさえ珍しい。

 その時だった。

 蓮がいきなり蹴飛ばされた。蓮のお腹を靴履いている足で蹴ったのは、裾がほつれたジーンズをはいている男だった。横にあった椅子ごと倒れこんだ蓮は床にはいつくばってむせて咳き込む。

 わたしの周囲に、今まで暴力って存在していなかったんだって、気がついた。

 母さんもお父さまもわたしをぶったことが無く、小学校中学校だって、男子がけんかをするところは見たことがあっても、それはけんかであって暴力ではないのだ。

 だから。

「蓮!」

 わたしは叫んで立ち上がろうとした。

 怖い、怖いよ。だって、蓮があんなに苦しそうなんだもん。別に蓮はこんな目にあうようなことなんてしてないよ?意味わかんないよ。暴力ってこんなに人をすくませる。


「おとなしくしてろって!」

「い、や、だ!」

 わたしは肩を押さえつけている男を蹴飛ばして立ち上がろうとした。

 怖い。

 でも、蓮があんなになって呻いているのに、ぼんやりしていられるかー!

 すくんでいる場合か、梅乃!蓮を助けなきゃ。

「人のこと心配している場合じゃないよ?」

 薄笑いと一緒にわたしはもう一度腕をねじられて今度こそ痛みで息を飲んだ。そのまままた床に転がされて今度は頭ぶつけた。でももっとぎょっとしたのは、押さえつけるみたいに圧し掛かってきたヤツがいたからだ。

「ちょ……」

 そのままなんだか知らないが、馴れ馴れしくその男の手がわたしの上を這う。気持ち悪い。

 そこにいる六人、みんなそれなりにハンサムだ。ちょっと軽いかなっていう感じもするけど見た目に関しては、ヘリウム並みの軽さを誇る高瀬先輩がいるからそれが問題じゃないのだ。でも高瀬先輩は、根本的なところではすごく信頼できる。調子にのるから言わないけど。

 でもこの人達は。

 そいつはにやっと笑っていう。

「可愛いね、あんた」

 可愛い、言われて嬉しくないことがあるなんて、今知った。

「どいてよ!」

 あ、ヒットした。

 振り回していた片手がそいつの頬くらいに当たったらしい。ざまあみ……。

「ふざけんなよ」

 いきなり目の前に星が飛んで、頬に熱さが走った。痛みに変ったのは次の瞬間。多分相当手加減されたんだろうけど、手の甲で頬をひっぱたかれたのだということに気がついた。

「おいちょっとお前も手を押さえてろ。あとカーテン閉めとけ、それとドア開かないように鍵かけろ」

 空気が変った。剣呑さが湧き上がる。

「こんな男子校同然な場所に一人いる女だ、どうせ校内の連中を山ほど相手しているだろ」

 ……唖然。

 その嘲笑うような言葉の意味が、最初わからなかった。次の瞬間気が付いて、烈火のような怒りが湧きあがる。あまりの怒りに目の前が白くなった。

 そりゃたしかに男ばっかりの中に一人なんて、常識的じゃないし。でも。そう思われても仕方ない立場なんて己を卑下することはしない。それに。

「王理の生徒を悪く言うな!」

 私は怒鳴って本当に泣きそうになった。皆わたしに気を使ってくれて、親切にしてくれる。そんな同級生とか先輩を悪く言われて、涙がにじむくらいに悔しい。


「あんた達みたいなバカは王理にいない!」

「取り消せ、馬鹿野郎!ウメちゃんはそんな子じゃない。ふざけんな!」

 わたしの言葉に重なるように叫んだのは蓮だ。一人にかつらごと頭を押さえつけられながら言った。でも蓮の顔がよく見えない。はたかれた頬の方の目からだけ涙がこぼれて、変に歪んだ風景に見えるから。

 ぞっとしたのは、衣装のすきまから差し込まれた手のせいだ。わたしのわき腹を這って、下に着ているTシャツの隙間を探している。

「どうなってんだこの服。どうやって脱がすんだ」

 わたしも知らん。

 この着るのに難渋した衣装に一瞬感謝するけど、でも押さえつけられた手が解けない。気持ち悪い。気持ち悪い。怖い。叫びたい。

 でもムカつくから悲鳴なんてあげるもんか。

「いいかげんにしろー!」

 部屋のガラスが震えるような大声が聞こえたのはその時だった。連中が全員わたしを見ていた間に蓮が立ち上がっていた。あ、と思ったときには、押さえつけていた一人は蓮にふっとばされる。ナイフがびよんと空をとんで床に突き刺さった。

「てめえらみたいなのが、触っていい女の子じゃねえ!」

 そういえば。

 蓮は柔道がどうのこうのと以前言ってなかったか。

 一瞬で一人を沈めた蓮だけど、まだおなかが痛いのか息が荒い。そこを二人に飛び掛られた。

「蓮!」

「……こんの……!」

 多分、蓮は本当はすごく強いんだろうと思った。でも今はものすごいハンデがある。それはさっきの先制攻撃や大人数なんかじゃない。


 それは、十二単。

 重い、きつい、かさばる。

 どう考えてもケンカに適している服じゃない。ケンカに十二単……TPO的にはありえない。それに輪をかけて人数の不利がある。しかも長いかつらまでつけて。

 そんなに広くも無い旧オカルト研部室で蓮は二人を相手にして立ち回る。一人は殴りつけて床に転がしたけど、蓮も別の一人に前髪をつかまれて壁に頭を叩きつけられた。

「お前、ふざけやがって」

 蓮が顔面を殴られて勢い余ってまた後頭部をぶつけた。

 蓮の顔が!

「顔殴るなんてひどい!蓮のいいところは顔しかないのに!」

 そう叫びながらじたばたするわたしにのしかかった男が言う。

「……えーと、あんた、けっこうひどくね?」

 いつでもわたしは天下一の正直者でありたいんだ。

 めまいがするのか、うつむいていた蓮が顔を上げた。こんな状況なのに、わたしを見てにいって笑う。

「ウメちゃんらしい。らしくて元気でた。絶対、それ以上なにもさせないから、もうちょっと我慢して」

 ……そんなふうに言わないで。

 彼らの目的がなんなのかはよくわからない。わからないけど、目標はわたしだったんでしょう。それなら、蓮はもうなにもしなくていい。痛い思いはしなくていいから、おとなしくしていてよ。人が痛い思いをするのは怖いよ。

 蓮が殴られているのに見ていることしかできない自分が嫌だった。蓮は本当は強いのに。こんな衣装さえ着ていなければ奴らに絶対負けないのに。殴られた蓮がついに壁に追いつめられてしまう。

 でも蓮は頭から相手につっこんでって、振り回した頑丈な右手で殴り飛ばす。

「数、頼んでんじゃねえよ」

 いつの間にか切れていた口の端ににじむ血を、手の甲で乱暴にぬぐって蓮は笑った。そんな余裕ないくせに、わたしを安心させるために彼は笑う。


「……この……!」

 わたしを押さえつけていた二人のうち一人が立ち上がって加勢する。あっ、て思った時には蓮は二人一度に襲い掛かられていた。さすがに全てをかわすことは出来なくて、蓮は相手を掴んだまま床に押し倒される。

 もう逃げて、と思った。

 でも。

 声にならない。蓮は関係ない。逃がさなきゃ、逃げてって言わなきゃってわかっているのに怖くて声が出ない。違う、怖いなんてそんな漠然としたもんじゃない。

 わたしはただ自分がかわいくて、一人になるのが怖いだけだ。ごめん、ごめん蓮。

 ごっ、ていう骨がぶつかる鈍い音がして、わたしはついに目をつぶってしまった。怖くてみていられない。でも目を閉じると身を這う手の感触が際立って我慢できない。

 と。

 場違いなまでに礼儀正しく、閉ざされた旧オカルト研のドアがノックされた。一瞬静まりかえる。いまだ!とばかりに悲鳴を上げようとしたわたしの口をのしかかっている相手が手で押さえつける。蓮も床に押さえつけられていて叫ぶどころじゃない。何度か、ノックの音がしたけれど、それはふいに消えた。

 ……まさか、オカルト研の伝説の幽霊……?

 静かになったところで口から手が離され、嫌な笑いを浮かべているヤツと目が合う。

「さて続きといきますか」

 その瞬間、ドアの前に立っていたヤツが破壊音とともにふっ飛んだ。部屋の中にいた全員が唖然としてそっちに目を向ける。


 ドアが、半分取れかかりながら開いていた。中からかけられる鍵が、はずれてことんと床に落ちる。


 ドアを蹴り開けた(ていうか、壊した)その人は、室内をにらみつけた。


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