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王理(旧男子)高校にようこそ  作者: 蒼治
act7 九月、熊井先輩は三連覇を目指す
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7-6

 なんとなく不吉さを漂わせつつ、学園祭はやってくる。


 この学校のOBは本気でバカ。熱意と財力と教養が伴ったバカ。

 わが校ながら呆れつつ、わたしはその衣装の山を見ていた。

 源氏物語は学年越えのクラス単位。だから何組も源氏の衣装が必要だったり女房の衣装だって十二単はいくらあっても足りないはずだけど。この量なら本当に余りある。

 文化祭実行委員会の倉庫にあった衣装が、源氏物語出演者控え室には山と積まれていた。確かに着物だったら体格にずれがあっても融通きくけどさ。この衣装の豪華さは一体なんなのか。

「ウメちゃん着た?」

「あ、はーい。今、今行きます」

 わたしは(わたし専用)更衣室に使った隣の部屋から出てきた。衣冠がなかなかうまく着られなくて大変だったのだ。蓮と熊井先輩はすでにメイクに入っている。

 学園祭二日目が源氏物語の発表の日だ。

「お、いいねえ、色男だねえ」

 高瀬先輩がいつもながらの吹けば飛ぶよな軽い笑顔でやってきた。

「なんだかわからないけど褒め言葉ですね」

「それなりに」

 なんだ、それなりって。

 それがこの重たい服を着てがんばっているわたしに対するねぎらいの言葉かね。

「ウメちゃんもメイクするんだろ?」

 そう言って立ち上がったのは蓮だった。すでに蓮は舞台用の化粧をすませている。

「蓮……」

 ……すまぬ、わたし正直者だった。


「濃い!ただでさえ濃いのに、化粧をしたら、もう喉に入っていかないくらい顔が濃い!」


 高瀬先輩、人選間違っているよ。

「まあまあ、遠くから見れば大丈夫だって。目鼻だちがはっきりしすぎているから、近いと濃いんだろうな。それにウメちゃんより演技力はずっと上だからそれでカバーすればきっと大丈夫」

「あの、何気にわたし、責められてます?」

「うん、大根役者」

 うう、反論できない。

 なんていうか、梓の特訓にも関わらず、あんまり演技力はアップしなかったのだ。無念。多分わたしの中には取り去りきれない羞恥心が常駐しているのだな。だって人前で恋愛の真似事だよ。だめだ、考えるな梅乃!しみじみ考えるとよけい恥ずかしいー!

「しかし、クソ重たいなあ、この衣装」

 蓮が袖口をひらひらさせる。

「まあね、舞台用に動きやすく軽めに作ってあって、実際12枚着るわけじゃないけど、かなりの重量だと思うよ。ウメちゃんも大丈夫?」

「あー大丈夫です」

 着方が難解で、なんか自力で脱げるか疑問ですが。

「一人で着脱できなきゃ、是非俺がお手伝いを!」

「お断りだ」

 わたしの思考を呼んだような蓮の発言を一刀両断すると、背後で控えめな笑い声が聞こえた。

「鳥海は進んで誤解を招くタイプなんだろうな」

 そう言って立ち上がったのは、化粧を終えた熊井先輩だった。

「……お」

 わたしは唖然として続けた。


「お姉さまー!」

 蓮がスプーン七杯分のインスタントコーヒーなら熊井先輩は匠が淹れた玉露、ていうかさすが二年連続一位!美女!間違いなく美女!かつらも違和感なし!

「ははは、抱きついてもいいよー、なるべく百合っぽく」

「押忍!お言葉に甘えさせて頂きます!」

 とりえあえず、熊井先輩の胴に手をまわしてひしと抱きつく。

 わー、虫除けのナフタリンの匂いも霞む美しさ……。

「はい、高瀬写真撮影!」

「了解です!」

 こんなときだけ颯爽と、高瀬先輩が寄り添うわたしと熊井先輩をデジカメに残す。横から液晶を覗き込んで蓮がため息なんてついた。

「高瀬先輩、焼き増し下さい」

「一枚五百円な」

「って同じチームからも金とるんですか!?しかもぼったくり価格!」

「あたりまえだ。でもちょっとサービスして、ウメちゃんのところだけトリミングしたヤツもやるな」

「ありがとうございます。先輩!俺、高瀬先輩についていきます!」

 あ、何気にひどい会話をしているな。

「ひどいなあ、蓮。そりゃ熊井先輩は美人だけど、わたしだけはずすなんて」

「え?」

 蓮と高瀬先輩がきょとんとした顔を向ける。

「わたしだけトリミングして外すんでしょう?」

「いや残すにきまってるじゃん」

「……なんで?」

「いやなんでって」

 わたしと蓮の間に、なぜか気まずさと紙一重な奇妙な沈黙がおちる。砂糖入り納豆を始めて食べたときの雰囲気はこんな感じだろうか。


「鳥海」

 にやにやしているのは熊井先輩だ。

「まあ己の過去の行いを反省し、良い人間に生まれ変わるよう日々努力するがいい。『友達フォルダ』に陥ると脱出はたいへんだと思うけどねえー」

 なんだかしらないが、熊井先輩、すごく楽しそうだ。

「あんた他人事だろう!」

「積極的に介入を望むなら、優しい先輩が手助けしてやらんこともないが?」

「……やめてください、お願いします」

 蓮が両手を合わす、なぜか一瞬ちらりとわたしを見た。ええ、いつのまにこんなに先輩たちと仲良くなっていたのかな。会話の内容は意味不明だけど、でもきっと野郎同士でしかわかりあえない熱い血潮のなにかがあるんだろう。わたしは謙虚なので、そんなところにずかずか踏み込んだりしないよ。深く追求しないから安心してくれたまえ。

「あ、前の組が始まったみたいです。あと三十分したらわたし達のチームですね」

 こう、なんていうの、さらりと話題を変えてあげる大人のマナー?って感じ。

「ウメちゃん」

 もう我慢できないとばかりに高瀬先輩が笑い出す。

「あんたひどいよ、最高だ!」

 何を言っているのか。

「……俺、ちょっとジュース買って来る……」

 なぜかしょんぼりと蓮が言う。

「そうか、客寄せも兼ねてうろうろしてこい。あ、俺コーヒー」

 高瀬先輩、さりげなく蓮をパシらせている……。よし、便乗!

「蓮、わたしは杏仁ミルクがいいー」

「……みんな酷いやー、ぐれてやるー!」

 とかなんとか言って、蓮が出ていった。なんじゃそりゃ。まったくもって思春期の少年は扱いにくいのう。

「久賀院さん」

 と、美貌の熊井先輩がわたしを手招きした。教室の一番すみの窓際に呼ばれる。

「なんですかー」

「うーん。ちょっとお説教」

「え」

 はいはい座ってーとか言われて、わたしは熊井先輩と向かい合った。

「久賀院さんに悪意がないのはわかるんだけど、無いだけにタチわるいよねー」

 にこにこしながら言われるけど、さっぱり意味がわからない。ぽかんとしているわたしの飲み込みの悪さに熊井先輩はため息をついた。

「まあ鳥海が今は言う気が無いみたいだから、その辺を伏せて話すとあまり要領のいいお説教はできないんだけどね。でも久賀院さん、ちょっと気を使ってあげなね」

「????」

「男の子というのはですねえ、大変繊細な生き物なんですよ」

「蓮は無神経だと思います」

「いや、だからそうはっきり言っちゃうのが……」

 おーい、と熊井先輩は高瀬先輩を呼ぶ。


「おい高瀬、僕にも久賀院さんにうまいこと説明するのは無理だ」

「あ、俺はもうそんな説明放棄してます。だから無理だって言ったじゃないですか」

 熊井先輩はためいきをついた。

「とりあえず、鳥海を追いかけて」

「ええ、なんでわたしが」

「そして、演劇がんばろーね、って語尾にハートマークをつけて言ってあげて。ちょっとからかいすぎたらモチベーション落ちちゃったみたいだから」

「はあ」

 なんだかわからないが、わたしはひかえていた部屋を追い出された。蓮は体育館近くの自販機にいったかな。あそこしか杏仁ミルクないし。

 廊下には文化祭の来客達が大勢いた。わたしを見て、瞬時には男女の区別がつかないのか、あれ、という顔の人達が結構いる。

 多分中学生だと思われる女の子達がいた。目があった子達に手を振る。

「二時からだから、体育館に見に来てねー」

 一瞬おいて、「え、え、え?」という疑問符交じりの嬌声が上がるのがちょっと楽しい。そうだよー。この学校にはちゃんと女子もいるんだよー。


 妙にテンション上がってきたわたしが、気になるものを視界に映したのはその時だった。二階の廊下で立ち止まって、窓の外を眺める。

 わたしの視線の先にあるものは、部室長屋だ。

 今日は、一般人の立ち入りが禁止されている部室長屋。それぞれの部活の発表も校内で行われているはずだから、あそこに立ち入る理由のある人間なんてそうそういないはず。

 でもそこに、制服じゃない男の人達がいるのをわたしは見つける。それになにより気になるのは、その中に常識ではとても考えられない衣装の人間がいたことだ。

 深みのある緑色を中心とした着物。あれって、どう考えても蓮だと思うけど……。長い衣装をちょっとつまんで歩いて。

 なんだろう……なんか妙な……。

 わたしは部室長屋へと走り始めた。自分の衣装につまずいてすっころびそうになるのを慌てて態勢立て直しながら廊下を走る。ほんとに動きにくいなあこの服。昔の人は偉いよ。

 部室長屋まで走って、案の定人の気配が無いあたりを見回す。

「……蓮?」

 わたしも衣装の裾をつまんで歩きながら、部室の扉の前を一つ一つたどっていく。一応鍵とか昔は会ったらしいけど、今は建物自体も古いし金目のものもないことから、わりと戸締りとかルーズになっている。

 と、一階の一番端の部屋から物が倒れたような音がした。あの部屋は、昔オカルト研でなんとなく廃部になったあと、何も入っていないのに時折音がするという部屋では……。

 ……腰が引けつつ、わたしはそっと部屋をのぞきこんだ。で。

「蓮!?」

 中の光景に仰天したわたしは、勢いよくその部屋のドアを開けていた。

 中にいるのは、苦労して着た衣装の襟元を鎖骨が見えるくらいまではだけられた蓮。そして蓮を拘束しているどう考えてもまともな見学者とは言いがたい感じの若い男の人達だった。

「男!?」

蓮を囲んでいた連中はそんな声をあげていて。

「女!?」

 部屋に飛び込んだわたしに目をやった連中はそんな風に叫んだ。

「蓮?」

「ウメちゃん!どうしてここに!」

 わたしの乱入にあっけにとられた蓮が叫ぶ。

「逃げろ!」

「え、いや、えっと。だってこんないかがわしい光景を見かけてわたしばっかり逃げるわけには。ていうか、蓮になにをするー!」

 わたしはとりあえず、近くにあったほうきを掴む。だってこれはどう考えても言葉にするのすら頭にくる、その、あれだ。いかがわしい所業に及ぼうとしているってことじゃないか!やっていいことと悪いことがある!しかも集団でだよ!死ね!

 思いきりほうきを振り回そうとしたわたしはその腕を軽々と止められていた。見上げると横にいた一人がわたしの腕を捕らえていた。

「なんだ、こっちだったのか」

 なに?

 全体的に服装がぶかぶかしていたり、逆に異常にぴちぴちしていたりと中庸を知らないその集団は全員で六人いた。四人は蓮を押さえつけていたのだけれど、残った二人がわたしを見て品の無い笑みを浮かべた。なんだか背筋に嫌なものが走ったわたしに、蓮が怒鳴りつける。

「逃げろ!」

「え?」

「探されていたのはウメちゃんだ!」


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