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王理(旧男子)高校にようこそ  作者: 蒼治
act7 九月、熊井先輩は三連覇を目指す
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7-2

 源氏物語『葵』あらすじ。

 あんまり仲良くなかった自分の正妻葵の上に、子どもができた源氏(……仲悪くても、子どもはできるのか……このころはコウノトリ大活躍だな)。しだいに若干扱いにくい性格の愛人、六条御息所のところから足も遠のき始めます。

 しかも、とある祭りの日、牛車の駐車スペースをめぐって、ひょんなことから正妻と愛人がガチンコ勝負!

 隅に追いやられることになり、大勢の前で恥をかかされた六条御息所は、悲嘆にくれ、それはやがて怒りとなって邪念生霊化。邪念オーラは葵の上にとりつき彼女の体調を悪くさせます。

 葵の上に見舞いに来た源氏の前で、怨霊としての御息所の正体は露見して、源氏の嫌悪をさそってしまいます。

 そして葵の上は出産こそ無事に終わらせたものの、源氏が目を離したすきに、息を引き取ってしまうのです。


 梅乃流あらすじ。偏見レンズ使用。

 ……っておい!

 とりあえず、わかったことがある。

 光源氏は、亡き母親の面影を求めていて。

 その面影を持つわずか14歳の紫の上に手を出して。

 現代だったらマザコンとロリコンなんて、変態の双璧だぞ!

「先輩、わたしこんな男大嫌いです!」

「文句があるなら紫式部にライン送っといて」

 今日は最初の顔合わせである。

  高瀬先輩の提案は結局通ってしまい、あの配役で決定してしまったのだ。

 やっぱり腐っているような気がするけど、まあいいや。ほら旧家には珍妙な儀式が不可欠なように、名門校には奇天烈なイベントが必須なんだと思うよ。

 はい、台本、って高瀬先輩は、わたしに小冊子を差し出した。こんな役、やりたくない!

「ウメちゃん、諦めようぜ。俺なんか、六条御息所だぜ。女の情念なんてよくわからねえよ」

 台本をぱらぱらめくりながら、蓮がため息をつく。

 いや、蓮は、すこしは勉強して女の情念とか理解した方がいいと思うよ?いつか自分が取り殺されるよ?っていうか蓮がやったほうがいいよ、この役。そうして己を反省してみなよ。

「蓮だったら、光源氏も素でできるよね!」

「……生き生きというかなあ、そういうこと」

「ははは、自業自得だなあ、鳥海」

 高瀬先輩は笑った。そのとき、会議室のドアが開いて、慌てて誰かが入ってくる。

「こんにちは」

 始めまして、とその人は手を差し出した。横から高瀬先輩が口をはさむ。

「あ、この人が熊井先輩。葵の上だから」


 熊井鉄治。

 どう考えても脳裏に浮かぶのはマッチョかガテン系の名前だけど(この映像はイメージです)、今、わたしの目の前に居るのは、穏やかに微笑む男の人だ。すらりとして手足が長く身長こそ結構高いものの、その表情も体格も全然ごつくない。でも高瀬先輩が丁寧に喋っているから三年生なんだろうな。

 そしてわたしは彼を見てぽかんとしてしまった。

 熊井先輩を表現するのは一言しかない。

『美しい人』

 ……男の癖に卑怯なり!


「久賀院さんだよね、よろしくね」

 けして女顔じゃないけれど、黄金率ってこういうことなんだなあっていう顔のパーツの並びっぷりに、ただただ驚嘆するばかりだ。化粧栄えしそうなくっきりとした目鼻立ちをしていた。たしかにこれなら、二年連続で一位になりそうだ。

「一度、久賀院さんとも話をしてみたかったんだ」

 にこにこしながら熊井先輩は言う。

「高瀬が随分気にいっているみたいだから」

 気に入っている?

 唖然としてわたしはうろたえている高瀬先輩を見た。これだけトラブルに巻き込んでおいて気に入っているとは何事ですか。

「ちょっと待って、熊井先輩。俺は」

「高瀬先輩?」

 わたし達三人の会話に、蓮が首をつっこんできた。

「先輩、薬師寺先生が好きだって聞きましたけど。なんすか、先輩本当はウメちゃんにまさか」

「好きだよ?好きだって!れいかせんせーだけが俺のスイートハートだってば」

「ああごめん、僕の言い方が悪かった。高瀬が粘着質にストーキングしているのは薬師寺先生。当然、薬師寺先生には蛇蝎のごとく嫌われているけどね」

「こらー!高瀬先輩!麗香先生いじめたらわたしが許さない!」

 ぎゃあぎゃあと責め立てるわたしと蓮に囲まれて、めずらしく弱り果てた顔で、熊井先輩を見る。


「熊井先輩…もうちょっとまともな説明を……」

「僕は、いつ高瀬がストーカー認定されるかが楽しみでならないよ。その時には僕が責任もって通報してやるから安心しろ。ちゃんと証拠も捏造してやるからな」

「熊井先輩本気ですね……」

 にっこり笑って熊井先輩はわたしを見た。すごい、高瀬先輩を華麗にスルーだ。十人抜きだって目じゃないくらいだ。

「ていうか、先輩。また今年もクラスで選出された恨みを俺にぶつけないで下さい」

「ふざけんな高瀬。お前、僕を出すために三年A組の連中にまで、根回ししただろう」

 熊井先輩が、鋭い目つきで高瀬先輩を見た。やっぱり女装は嫌だったのか。

「違いますよ。熊井先輩を選出したい三年A組の連中に俺が根回しされたんです」

 ……この中で、誰かが嘘をついています。その人が犯人です!なんてことを思いついた。どう考えてもどっちもどっちだ。

「ともかくよろしくね、久賀院さん」

 この人あたりは柔らかだけど、中身はさすが高瀬先輩のさらに先輩と言ったところか……。

 とりあえず、練習はスタートした。




「で、久賀院さんと鳥海はつきあっているのかな?」

 おもいきり椅子から転げ落ちそうになった。横では蓮が、あわあわと口を開けたり閉めたりしている。小道具係とかが打ち合わせをしている脇で、わたし達はとりあえず読みあわせを始めようとしていた。熊井先輩が予想外なことを口走ったのはそのときだ。

「つきあってませんよ!ありえないですよ!よりにもよって蓮ですよ!」

「そんな、青春本気討論みたいに、力強く言わなくても……」

「だって勘違いされたら困るでしょう。蓮も早くちゃんと否定して!」

 真実はそこにある!と思ったら、熊井先輩が苦笑いしていた。

「く、久賀院さんその辺で……なんか鳥海が半死半生みたいな顔になっているよ」

 なんかわたしが蓮を虐殺したみたいないわれようだけど……。

「いやあ、高瀬のお気に入りなのもわかるな。久賀院さんおもしろすぎる」

「わたしはいつでも真面目ですよ。だから、この源氏が意味わかんないんですよ」

「確かに久賀院さんが呆れる気持ちもわかるよ。光源氏って今の常識からしたら本当にろくでもないもんね。結局誰も選べなくって、優柔不断なままだもんね」


 そうだよ!それが何より腹だたしいのだワッショイワッショ……。

 わたしの脳内一人デモは急に足を止めた。

 ゆ、優柔不断って……わたし全然人のこと言えないんじゃ……。

 一成君からは告白されて、理事長からは梓のこと考えろって言われて。理事長と梓のことはともかく、未だに一成君にはまともに返事していない……。

 わたしがかなりダメなひとじゃないかー!


「あれ、どうしたの久賀院さん」

「いえ……うっかり自分探しをして、見つけたくも無かった自分を見つけてしまいまして……」

「……鳥海も久賀院さんも、なんだかわからないけど元気だせ。なあ、何があったかしらないが、高瀬なんてもっと哀れだよ。結構もてるにも関わらず、自分が本気で好きな女からは、虫けらのように扱われているんだ。どうだい、こんな惨めな生き物がいると思えば、頑張って生きる元気もでるだろう」

「熊井先輩!」

「やあ、高瀬。今君の話をしていたところだよ」

「人を勝手に不幸の比較基準として使わないで下さい!」

「底辺ぷりがちょうどいいんだよ。僕は聖モニカにかわいい彼女もいてそれなりに幸せだからね。基準には不適応だ。最初の得点が高いと、あとの氷の妖精に点数をつけにくいだろ」

「誰もフィギュアスケートの話なんぞしていません!」

 ていうか、この人彼女いるのか……。

 熊井先輩って、アイスケーキみたいな人だ。見た目の柔らかさに飛びついたら、歯が折れるほどカチカチに凍っている感じ。高瀬先輩ですら、歯が立ちませんよ。いったいどんな人なんだ、彼女って……。




「すごいねえ、熊井先輩って」

「あのマイペースの高瀬先輩を手玉にとっているもんな……」

 ぐったり疲れながら、わたしと蓮は寮への道を歩いていた。高瀬先輩と熊井先輩から『とっとと台本覚えておいでー』と有無を言わさず約束させられたのが、今日の締めくくりだった。

「熊井先輩と高瀬先輩って、幼馴染みたいなもんらしいよ。高瀬先輩の母親って女優だろ?熊井先輩の母親は敏腕作曲家で、まず母親達が知り合って、今は家族ぐるみで仲良しだって聞いた。ほら今売れてる『ハニーベリー』っていう歌、作曲したのも熊井先輩の母親」

「あ、聞いたことある。そういえば、なんか麗香先生のことがらみの交換条件で、先輩それ歌ってるユニットのこと言っていたな…そうか、そういう繋がりだったんだ」

 あれ冗談じゃなかったのか。しかし本当にこの学校、お坊ちゃまが多いんだ。幼馴染が業界人ってすごい話だ。

 あの二人、罵詈雑言を浴びせあっているけど、でも二人ともそれが普通みたいで別にどきどきもしなかったなあ。多分相当仲がいいんだろうな。


「でもなんか、蓮と一成君みたいだったね。二人とも仲良くて。学年は違うけど友達みたいだった」

 わたしは、近くにいる二人を思う。蓮と一成君も二年生になったらあんな感じなのかなあ。

「……多分、違うと思うよ」

 蓮の声は背後から聞こえた。足を止めていた蓮に気がついてわたしは振り返る。だいぶ日が短くなっていて、蓮の表情はあまり良く見えなかった。

「俺と一成はあんなふうにはなれないよ」

「蓮?」

 肩を落とすようにして、蓮は歩き始める。

「一成はさ、すごくまわりに気を使ってんだ。言葉にも態度にも。多分俺にも相当気を使っていると思うよ」

「……仲いいのに?」

「見えない壁がある」

 ぽつりと言って、蓮は笑った。

「まあ、いつかはもうちょっと俺には気楽になってくれるといいなと思うけどな」

 蓮の言葉の意味はわからない。わたしが考え込もうかとしたとき、蓮はもう目の前に立っていてわたしを見下ろしながら言った。

「それよりさ、ウメちゃんは一成と何かあったの?」

「え?」

「まあ、告白されたんだから、何かあってもおかしくないんだけど」

 何かって……。

 わたしはぎゃっと飛び上がりそうになる。そうだよ、キスされかけたのは、やっぱりどう考えても何かだと思うよね。

「最近、一成とウメちゃん、なんかおかしいから」

「えっと……別に何も」

「何も無いわけなさそうだよなあ。その歯切れの悪い言葉じゃ」

「……何も無いよ」

「………………ふーん?」


 疑われている……。『オレオレ、俺だけど』で、始まる電話くらいには疑われている……!


「じゃさ、付き合うことにしたの?」

 質問の仕方を変えてきた……。

「つ、付き合ってはいないけど」

「付き合うの?」

「えっと、あのう」

「そろそろ答えださないと、よくないよ。曖昧な態度は人としてよくない」

 はあ?

 同時に六人に手を出していた蓮にだけは、言われたくないですが!六人だよ六人、六股だよ。ヤマタノオロチまであともう一歩だよ。

「蓮には関係ないじゃん」

「あ、そんなこと言うか!」

 関係ないわけないじゃん、と蓮は口を尖らせた。

「俺は一成ともウメちゃんとも友達だよ?」

「仮にわたしと一成君が付き合っても、別に蓮から一成君を取ったりしないよ!」

「はあ?誰もそんな事言ってねえし!」

「じゃあ、何を心配してるの!」

 蓮が追求するのは単に好奇心でもないみたいだ。なにかがひっかかっているみたい。

「しんぱ……」

 言葉を詰まらせたあと蓮は深いため息をついた。

「ちょっと俺、悲しくなってきた。まあ俺の自業自得なんだけどさ、本心言えない俺にそれはねえよなあ」

「何言ってるの?」

「あのさ」

 そして蓮はわたしを見つめる。妙な間ののちに心底うんざりしたように蓮は言った。

「……ほんとにわかってねえんだな」

「何が?」

「……あー、なんか俺、ちゃんと劇できるか不安になってきた」

 蓮は、ため息をまたついた。


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