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王理(旧男子)高校にようこそ  作者: 蒼治
act6 八月、ぶらり湯けむり二人旅
36/105

6-8

 まったくどいつもこいつも!

 わたしは怒りながら、山道を登っていた。

 え、どこに向かっているかって?そりゃ学校と寮方面ですよ。徒歩ですけど。

 梓と言うのは本当にひどい人間だとわたしは痛感しているところです。

 理事長は一晩おいて帰って来いっていったし、梓も、一晩くらいなら身を寄せるのを許してやろうと尊大極まる態度でいったのだけど、今日中に寮に帰ることにした。梓のうちにいたって、立ち振る舞いに説教されるのがおちだ。


 で、あれから車で学校の近くまで送ってくれたけど「じゃ、ここで」とか言って、すごく中途半端なところでおろしやがったのだ。なんで寮まで送ってくれないのか聞いたら、教師と唯一の女子生徒が一つの車に乗っているのは見られたらふしだらではないかとのたまった。

 そんな周囲の声に耳を貸すような人間でもないくせに!

 文句を言ったら、ケーキ食べた分は動いた方がいいぞ、なんて。本当に、優しさ成分のかけらもない。バファリンを見習え、あいつは半分が優しさだぞ。

 ということで、炎天下、わたしは坂を上る。


 それにつけても意味不明なのは、理事長と梓だ。

 理事長はわたしに梓を託して。

 梓はわたしに王理高校を託す。

「……つきあってられない」


 わたしは呟いて見た。でも呟いて見たってそれがわたしの本心と言うわけでもない。わたしになんとか出来るのならばと思うけど、わたしにだってわたしの力量ぐらいわかる。誰かをなんとか出来るような立派な人間なら、今頃とっくに一千万円くらい稼いでいるよ。

 多分、やつらはわたしという存在が珍しいだけなのだ。

 あまり見たことのない十代の女の子。それが珍しいだけだよ。

 確かに梓の言うことはあたっていて、わたしは単純なんだろうと思う。まあお父さまの子どもだからな。あまり難しいことを考えるのは好きじゃない。

 きっとその単純さが考え込んでからがってしまったあの二人には、何か救いのように見えたのだろう。

「理事長だって、別にわたしを好きだってわけでもないし」

 思わず口をついて出た自分の言葉に驚いた。

 まったくもう、こんなことをうっかり呟くから、梓にあんなふうにからかわれるんだ。別にわたしは理事長のことなんて好きでもなんでもないです。

 あれ?

 なんだか、胸がちくちくする。どういうこと。

 これはもしかして……運動不足!

 ぎゃーってわたしは青ざめる。そういえば、昔は部活で身体動かしていたけど、今は全然だもん。肺の機能だって筋肉だって落ちる。久しぶりに坂なんて上ったから胸痛くなったんだ。

 どうしよう。やはり少しは運動できる環境を整えた方がいいかな。

 ……えーと、何考え事していたんだっけ?

 あ、そうそう、梓は性格が悪いってことだ。


「あれ、梅乃ちゃん?」

 急に車の音がして、声をかけられた。立ち止まってみれば、見たこともないような高級そうな車の後部座席から顔を出している一成君を見つけた。

「どうしたの、こんなところで歩いて。乗っていく?あ、いいや俺が降りるよ。一緒に歩いて学校まで戻ろう」

 降りなくていいから乗せて!といいかけたが、一成君はとっとと降りて運転手さんに戻るように声をかけてしまった……ああああああ、エアコン。

「でも、どうしてこんな時に?バスに乗ればいいのに」

「えーと……一成君こそ、こんな変な時期に学校に戻ってどうするの?」

 梓の仕打ちを話すには、理事長との昨日からの一連の出来事を話さないわけにはいかず、それはわたしにとってはロードオブザリング三部作をはしょることなく物語るよりめんどうくさい出来事だったのでごまかした。

「あ、ちょっと忘れ物しちゃってさ。古語辞典。あれないと出来ない宿題もあるし」

「あれ、でも一成君、すんごい電子辞書持っているじゃない。それは持って帰ったんでしょう」

 あ、と一成君は微妙な表情を浮かべた。それからうつむいたけど、顔が赤いのはなんだか夕日のせいじゃないみたいだ。

「……なんてね。ちょっと言い訳してみたんだけどなあ」

 次に顔を上げたときにはみょうにさばさばした顔でわたしを見た。そしてそのまっすぐな目でわたしを見る。

「実は梅乃ちゃんがどうしているのかな、と思ってさ」

 ここしばらく思い出しもしなかった……!

 そういえば、わたし、一成君からなんだか告白みたいなのをされたんだっけ……。まずい、こんな夕日の坂道でのどかに電子辞書の話なんてしている場合じゃなかったよ。

「え、えっと、一成君」

「多分梅乃ちゃんは豪快に俺の言ったことなんて忘れているような気はしたんだけど」

 あたっている……。

「あのさ、あの時は蓮がどういうわけだか急に怒り始めたから、うまく言えなかったんだけど、あれは別に冗談とか思いつきとかなんかじゃないよ」

 一成君は立ち止まった。わたしは逃げ出そうか一瞬迷った後、一成君より一歩進んだ場所で振り返る。

「そういえば、蓮が丸坊主にしたわけを、ちょっと聞いたんだ。あいつのところを叱ったんだってな。ありがとう。なんていうか、俺はそれを言うことが出来なかったから、その話を聞いてすごく嬉しかった」

「……どういう意味?」

「何か言ったら蓮に嫌われそうで、いまさら言えなかった」

「……それは嘘」

 わたしは一成君を見る。

「一成君は、そんなことで嫌うような人間を友達にはしないよ」

「たしかに蓮は親友だけど……」

「一成君は言えなかったんじゃないよ、言わなかったんだよ」

 わたしはそれだけは言えた。言いにくいことを言わない友情もあるんだと思う。それが良いか悪いかはわからないけど。

 でも蓮はそんなこと言われたくらいで一成君を嫌いになることはないし、一成君も蓮がそんなことぐらいで自分を嫌わないって事は知っている気がした。

「……そうかな」

「そうだよ」

「じゃあ、俺が梅乃ちゃんを好きだって言うのは、梅乃ちゃんは信じてくれる?」

 しまった、話がループしてもとの場所まで戻ってきてしまった!

「……わたしは」

「俺と付き合わない?」

 もう一度繰り返されたいつかの言葉と一成君の視線はあまりにもまっすぐにわたしに向かう。とても答えにくくてわたしはうつむき加減だった。

「一成君はわたしのなにがいいの?」

「うーん?」

 即答するかと思った一成君は一瞬の間があった。

「よくわからない。でも他に百人可愛い子がいても、俺は梅乃ちゃんを選ぶよ」

 そんなことを言われるとは思ったことも無かった。もしかしたら、いつか誰かと付き合うことはあるかもしれないと思っていたけど、そんな優しい言葉をさらっと言ってくれる人がわたしの目の前に現れるとは思っていなかった。

 望んでいた憧れが叶った時、みんなどういう反応をするんだろうか。


 ちなみにわたしの場合は

「そ、そそそんなこと……だめだって、もったいないよ!もしかしたらわたしは前後賞くらいで、次はぴたり大当たりな人が現れるかもしれないじゃない!もしかしたら一等前後賞あわせて三億円かもしれない!焦るのよくないよ!」」

 とりあえず、挙動不審になった。


「ちゃんと考えてるよ」

 黒い手帳をちらりと見せる職業の人だったら即座に職務質問したくなるほどうろたえているわたしとは裏腹に、一成君は揺らがない真剣さで言って、わたしの腕を捕まえた。

「梅乃ちゃんは俺のことなんて友達にしか思っていないだろうけど、俺はすごく大事に思っている!好きだって言ってるだろ」

 どうしよう、猛暑のせいか、一成君がおかしい!

 こんなアツい一成君は、熱射病かなにかとしか思えない。

「梅乃ちゃんは俺が嫌い?」

 嫌いじゃないよ、友達だもん。

 いつものようにそう答えようとした。だって間違ってない。

「友達としてじゃなくて」

 先を読まれた……。

「あのさ、梅乃ちゃんてすごくいつでもはっきりしているのにどうして自分の恋愛だと曖昧にすんだ?俺が彼氏として見られないのなら、そうはっきりいってくれればいいのに」


 わたしは、やっぱりあの人にとって、ただの生徒なんだろうか。


 目の前にいるのは一成君なのに、なぜか別の誰かを思い出しそうになっていた。

 違う誰かがわたしの中で明確になる前に急に腕を引っ張られた。前につんのめるようにして一成君に引き寄せられる。

「もうごまかされたくない」

 一成君がわたしのアゴに手を添えた。ちょ、ちょっと待て!

 ひー、顔が、近い。

 あ、一成君てまつげも超長いし肌きれいだなあ……っていやそんなのん気な観察している場合じゃない。

 人も車も通らない山道で、私は一成君に抱きとめられていた。っていうかこんな近くでお話しする人はいないよね、なかなか。これはどう考えても、キスとかするときの近さで……えええ?

 わたしは、とっさに手を持ち上げていた。一成君の胸に手を置いておもわず押しのけようとしてしまっていた。

 自分自身の気持ちも見えないまま、わたしの行動は明確に一成君を拒絶する。

「……ごめん……」

 急に一成君は顔を離した。

「ごめん、急にせまったりしてごめん……」

 わたしの顎を抑えていた手を離して、一成君は微笑んだ。痛みをおびたその顔に、わたしはこわばる。

「……嫌な思いさせてごめん。できたら忘れて」

 わたしが血の気が引く。うつむき加減の一成君は気にしていないような顔で、わたしのほうを気遣ってはいたけれど、でもやっぱりわたしは一成君を傷つけたんだって。

 身を翻すと一成君は一人学校の方へ坂道を駆け上がって行った。

 わたしは情けないことにその場にへなへなと座り込んでしまう。


 こしぬけた。


 とにかく一成君の考えていることがわからない。一成君がわたしを好きだというのなら、謎になってしまうことがあるのだ。人の気持ちというのはひとつじゃないのだとしても。

 けれどそんな謎どうでもよくなってしまうくらい自分が嫌だった。

 一成君を傷つけたことも、気が重い。

 でも言葉でなく態度で一成君にわたしの拒絶を気がつかせてしまったことがとても嫌だった。

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