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王理(旧男子)高校にようこそ  作者: 蒼治
act6 八月、ぶらり湯けむり二人旅
32/105

6-4

 お父さま、申し訳ありません。

 梅乃は不良になってしまいました。

 わたしと理事長は、今現在、十二畳以上はあるとはいえ、旅館の一室で座っている。異常にとられた距離がなんだかきまずい。しんとしているのに微妙にテレビの音だけが大きい。

 つまり、NOW 理事長と一つ屋根の下!

 まあそりゃどうでもいいことなんだけど、親に無許可で外泊が不良だよね。




 経過を説明しよう。

 理事長のボロ車(言わせて貰った!)がエンスト起して、JAFを呼んだのが午後四時。

 どうにもなりまへん、という結論が出て牽引していってもらったのが午後五時五十分。

 理事長の財布には小銭とカード類しかないことがわかったのが午後六時。

 海水浴場近くの唯一のATMがしまったことに気がついたのが午後六時五分ふざけんな

 事故が起きて、帰宅方面の主要道路が通行止めになったことを知ったのが午後六時半。

 しかも、駅が午後七時には無人駅になった!

 つまり、泊まって明朝カードで会計できることはできても、現在寮まで帰還するに足る金銭いついては非常にヤバイ感じ。

 もう次に期待するイベントは、「閉じ込められた小さな漁村での連続殺人事件」しかない。

「仕方ない」

 と理事長は苦々しく言った。

「タクシーでATMがあるところまで行くか」

「だっていくらかかるかわからないじゃないですか」

 よく考えて、お金は大事だよ!

「泊まるしかないのか……」

 どうしてそんなに嫌そうなんだ。なにか文句あるのか。

 星がぽつぽつ出てくる時間になるにいたり、理事長はようやく決意した。けど旅館の案内所では結構いいお値段の宿しか空いてなくて、それなのに二部屋とろうとした理事長を止めるのが難儀だった。案内所の人は一部屋しかないって言っているのに無理やり部屋を用意させようとしたのも恥ずかしかった。だからお金は大事だっていってるだろーがー!とか吐き捨てそうになった。

「……やっぱり二部屋ないか探してくる!」

「だから無いって言っていたじゃありませんか!」

「俺は別に物置でかまわん」

「物置がかわいそう!」

 なんだかしらないが逆上している理事長が部屋を飛び出していきそうになる。

「とにかくお茶でも飲んで落ち着きましょう!」

「そ、そうだな。カテキンだな!」

 お互いに畳を膝で擦るようにして部屋の真ん中による。湯飲みを取り出して私はいつもどおり茶をいれようとするけど、なんだか手が震える。

「しかし、不可抗力とはいえ一応教師と学生が一晩一緒というのはまずいだろう」

「まずいような気はしますよね……」

 特に梓にばれたくない。あまりにも地雷過ぎる。

「でもそれは、わたしと理事長が腹くくって黙っていればいいことだと思います。雄弁は銀・沈黙は金というじゃありませんか」

「だが事実は事実……」

「大体、理事長。わたしと理事長が一晩一緒にいたところでなにかあるんですか?」

「……何かって……」

「淫行教師とかって週刊誌に載ってしまうようなことです」

「淫行……そんな下品な言葉を使ってはいかん!そもそも俺はそんなことはしない!こんな子供相手に不名誉な!」

「じゃあいいじゃありませんか。わたしだって理事長になんかする気はないです」

 眠る理事長の寝込みを襲ってもやりたいことなんて、額に油性マジックで『肉』と書くくらいだ。

 わたしの正論を聞いているうちに理事長は落ち着いてきたらしい。あまり陽気な顔じゃないけど茶を飲んでうなずく。

「……よし、じゃあこのテーブルが境界線としよう。俺の陣地にはいるなよ?」

 陣地……。

 おーい、ここに小学生がいるよー。





 しかしまあ、実際わたしにとっては棚ボタだったのだ。

 理事長に見つからないようにスキップしながらわたしは大浴場(源泉掛け流し)に向かった。だって理事長が「今回の一件はすべて俺のせいだ」って言って宿泊代そのほかもろもろは奢ってくれるのだ。

 わたしも確かに100パーセントピュアまじりっけなしに理事長のせいだと思うので、その心意気、ありがたく頂くことにした。

 ここしか開いてなくてよかったなあとわたしはほくそ笑む。

 お風呂に入ったら、太平洋の魚介による夕飯なんだー。えびーほたてーまぐろー。

 実際、理事長がなにかするとはさっぱり思えない。単にいい旅館に泊まっておいしいものが食べられるというイベントにすぎん。

 今こそ理事長の無駄なサムライ魂に乾杯だ!やっほう!

 日中炎天下にいて汗だらけになった服を脱いで、わたしは大浴場の扉を開けた。あートリートメントがないなあ。まあ一日くらい仕方ないか。

 いい感じに浮かれつつ身体を洗ったわたしは浴槽に沈んだ。

 まさに極楽。

 横では、二人連れの二十歳くらいの女の人達が話をしていた。ちょっと複雑な形と、沢山の岩が置かれたこの浴場内では、向こうからはわたしのことに気がついていないみたいでけっこう大きな声で話している。

 どうやらこの宿には二組のカップルとして来ているみたいなんだけど、彼女らは親に、女友達のみと旅行と偽ってここにいるようだった。今のところ同性同士で部屋割りをしているけど、いつお互い彼氏と一緒の部屋にうつろうかなんて話している。ほほう、けしからんですなあ。

 彼氏の話から始まって、高校一年生には若干刺激の強い話にまでなっているので、思わず岩に身を隠しつつがぶりよりで聞いてしまう。

「そういえばさ、この旅館の客に超人相悪い男の人と結構若い女の子の組み合わせがいるの知ってる?」

 突然、話が移ってわたしは湯を飲みそうになった。明らかにそれは我々……。

「しってる!女の子がけっこう可愛い子でしょう?」

 いやそんな、いやー見知らぬ女性に褒められるのはくすぐったいですよ。えへへへ。

「あれって絶対援助交際だよね!」

「だよねー」

 えへへへ……えええええ?!えええええ援助交際?!

「でも親戚かもよ」

「だって兄妹にしては歳離れすぎだし、親子にしては近すぎるよ」

「まさか普通に付き合ってるんじゃ……」

「あんな強面と?それはどうかなあ……」

「そうだねえ……何か脅かされているのかな。通報とかしたほうがいいのかな」

「えー余計なことはしないほうがいいよ。あの男絶対そのスジだって」

「そうだね、それに万が一付き合っていたならよくないもんね」

 そうか……。

 わたしと理事長はやっぱり付き合っているようには見えないのか……。

 いや、まあ、わたしもラブラブカップルには見えないだろうと思っていたけど。しかし援助交際かあ。でもわたしから見たら超枯れている理事長だけど、二十歳くらいな女の人から見たら、援助交際するくらい甲斐性のある男の人にみえるんだなあ理事長も。あんまりにも近すぎて、まったく理事長からは男の人を感じなかったよ、わたしは。そうかそうか理事長も一応現役な男の人なんだ。よかったねえ。

 ……って。

「よくないよ!」

 思わず叫んで立ち上がってしまった。ぎょっとして気がついた女の人達がわたしの姿を見つけたらしく気まずそうに出て行く。

 え、え、え?

 そうか、理事長って男の人だったんだ。

 『理事長』っていう怪生物だと思ってた。

 あれえ、じゃあ、蓮の家に泊まってしまったときとあんまり状況かわらないの?梓に怒られた時と同じ?今回はブブ漬け問題応用編だったりするの?

 いやいやまさか、理事長に限ってそんなはずはない。

 うん、無い無い。

 あの理事長がですよ、わたしのところを押し倒したりなんてありえない。だって理事長はサムライだ。サムライと言うことはほらアレだ、お稚児さんとか衆道。キュートな女子高校生になんて興味ないよ…………なんて自分でも飛躍しすぎとわかるごまかしをしている場合じゃない!

 だが理事長に限って……。

 はっきりって、蓮の家に泊まったときの数十倍わたしは混乱していた。

 でもなんだかあの時とはなにかが少し違う気がする。

 理事長は男の人だった。驚愕の事実だが、それは認めよう。でも理事長は安い牛肉並みに頭が固いので、きっとわたしに手を出すことはないと思う。

 そうだ、頭固いけど、その融通の利かなさでわたしは理事長を信用しているんだ。

 じゃあ、何も混乱することないじゃないか。

 自分でも何がなんだか分からないけど困ることはなにもない。

 けれどなにかがひっかかった。それを良く考えるには温泉はちょっと熱すぎる。すこしばかりのぼせ加減でわたしは温泉から出た。

 部屋からもってきた浴衣を着て、日中着ていたTシャツを簡単に洗面台で洗う。外に出しておけばきっと夜のうちに乾くだろう。そんなことをしながら冷静さを取り戻す。

 大体、梓があんなこというから悪いんだ。そもそもわたしは梓のうちに二週間もいたんだけど結局何も起きなかったじゃないか。そうだそうだ、例外のない規則は無いとか言うもん。

 普通に夕飯食べてよく寝てしまえばよい。

 ぶつぶつ呟きながらわたしは部屋に戻って扉を開ける。

 そしたら先に温泉から戻っていたらしい理事長が、同じようにぶつぶつ呟きながら部屋の中をうろうろしていた。なにこれマレーグマ?

 いつもはかっちりオールバックになっている前髪が額に落ちているせいか、確かに普段よりは若く見えて。


 なぜかちゃんと男の人だと思った。


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