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王理(旧男子)高校にようこそ  作者: 蒼治
act6 八月、ぶらり湯けむり二人旅
29/105

6-1

 王理高校は完全空調完備である。

 なので、授業を受けている限り『あっつーい!』と日本の高温多湿な夏にいらだつことは無い。

 したがって、わたしがいらだっているのは、気候のせいではない。単に梓の外道っぷりなせいだ。

「はい、久賀院」

 昨日深夜番組を見ていて睡眠不足なわたしを梓は指名した。やばい、話聞いていなかった。

「わ、わかりません」

「お前やる気あるのか!」

 あるわけがない。

 だって化学の補習である。

 ていうかわたしは別に出る必要はさっぱりない点数だったのに、「希望者」ってことで梓が勝手にメンバーに含めたのだ。本当に頭にくる。多分わたしの人生でいまだかつてないほどの激しい怒りだ。

 なんたって、今は夏休み中なのである。

 大体夏休みに勉強する高校一年生が全国に何人いるというのか。

 恋にバイトにアイスクリームに冷房の効いた部屋での高校野球観戦。やることがたくさんありすぎて、そんなことする余裕があるわけない。

 補習なんて人生に対する一体どんな嫌がらせだ!

「久賀院、次の問題前に出て解け」

 また当てたー!





 しんとした寮でわたしは冷蔵庫の麦茶を取り出した。

 八月に入って寮の中の生徒は明らかに少なくなっていた。みんな実家に帰ったり旅行に行ったりしている。いいなあ。

 蓮と一成君も実家に帰って行った。

 まああの二人が顔を突き合わせているところはあまり見たくなかったので、わたしにとっては寂しいけれど気が楽だ。

 あの「青春、直射日光に向かって殴れ!事件」(とりあえず名づけてみた)からこっち、我々三人は絶妙に気まずかったのだ。

 わたしは一成君の言葉に答えてないし、蓮は一成君を殴りかけているし、一成君は熱射病でわけのわからないことをわたしに言ったわけだし。だから夏休みでみんなばらばらになったのはある意味で救いだ。わたしは補習もあって残っているけれど。そういえば明日は急に補習が休みになった。

 多分三人が顔をそろえるのはしばらく先かなあ。


 えーと、会うころにはほとぼりが冷めているといいなと思うわたしは、流されるままなダメな人間でしょうか。


「しみったれた風景だ」

 唐突に食堂の入り口から声がした。それは今はまったく聞きたくない声。

「梓!?」

 今まで梓が寮に出現したことはない。ちょっと反則だって。まるで、旅立ちの村の周辺に古代竜がでるくらいのゲームバランスの悪さだ。

「なななななんでここに」

「十郎はいるか?」

 そうだ、頭の痛いことがまた一つ。

 未だに理事長はここに居残っているのだ。「馬鹿者、女子一人残して責任者が立ち去れるか!」とか言ってたなあ。

「そうだけど」

 梓はわたしのコップを眺めた。欲しいなら入れてあげようかと思ったけど

「ふむ麦茶か。よろしい。コーラでも飲んでいたら、そのペットボトルで殴りつけようかと思っていたところだ。よーく心得ていると思うがアイスも禁止だからな」

 はーい、っていい返事をして、わたしはさっきまで食べていた練乳アイスの芯の木棒をこっそり捨てた。

「ねえ梓」

 証拠隠滅したところでわたしは梓につめよった。本当は、梓がなんていおうがこれはわたしの問題なので黙っていようと思っていた。でも苛立ちがおさまらん。

「どうしてあんな無神経なことを言ったの?」

「この僕が無神経なことを言ったことがあるか?」

「いつも言っている!」

「バカ。あれは細心の注意を払って的確にウメが言われたら嫌なことを言っているんだ。神経を使っているんだぞ」

 神経のつかいどころが明らかに間違っている。

「でもあれは」

「ああ、王理一成のことか?」

 梓はようやく思い当たったとばかりにうなずいた。

「そうだよ。いいかげんなこといわないで」

「なんでいいかげんだなんて思うんだ?」

 けろりとした顔で梓は言う。この人、良心の呵責とか、罪悪感とかまったく感じてない。

 生まれついてのS野郎だ……。

「だって、急に誰かと付き合えとか言うなんて。そもそも恋愛禁止って言ったのは梓じゃない」

「そうだな。でも思ったんだが、ウメは放任しておくよりは、誰か適当なお目付け役をつけといた方がいいような気がするんだよ」

「はあ?」

「王理なら、バカじゃないし、温和だし、気も回るし見た目もまあいい。お目付け役には適任だ」

「お、お目付け役って」

「ウメの暴走を止めてくれるだろうってことさ」

 わたしがいつ暴走したよ!

「アホな男に騙されたり、ぼんやりしているうちに誰かに食われたりしたら最悪だ。最初の女子生徒なんだからあくまでも清く美しく穢れなくいてもらわなきゃ困る。まあそもそも性格が問題だが、それは隠しておけばわからん」

「一言多い」

「王理一成だったらあまりバカな真似はしないはずだ。あいつも王理の看板背負っているわけだし」

 なんかだんだん梓の言いたいことが見えてきた。

「まさか」

「王理一成と、そりゃもう青春!みたいなお付き合いをしろ。間違っても性春とかだめだぞ」

 お前は口うるさい姑か!いちいちいちいち! 

「で、ウメは王理一成じゃいやなのか」

「へ?」

「そーかー、嫌なのかあ、なるほどなあ、ウメも気がつかないうちに目が肥えたって事だろうなあ。僕が見る限り王理一成よりバランスが取れた人間はなかなかいないと思うぞ。品行方正成績優秀眉目秀麗、そうそうあと文武両道な。でーもー、ウメは一成じゃだめなわけだ。そうかー、あんな王子様でもウメはだめなわけだー」

「そ、そんなこと言ってないけど」

「言ったも同然じゃないか。なるほど、ウメの王子様はなかなかハイレベルだなあ」

 ねちねちと……。

 ちきしょう、今すぐ『実家に帰らせていただきます!』って言いたいところだが、節約のためクーラーを止めている実家に帰るのは嫌だ……。

「そんなことない、一成君はかっこいいもん!」

 とりあえず、フォロー。

「よし、王理にしておけ」

「息するみたいに断定するの良くないと思う!」

 梓は一つため息をついた後、わたしの方にやってきた。

「なあ、いつまでも十郎に気苦労をかけるな」

「理事長?」

「あいつだって、ずっとテント暮らしってわけにも行かないだろう。実際具合悪くしたしな」

「でもそれは」

「十郎以外にもちゃんとお前を責任もって守ってくれる人間がいたほうがいい」


 多分、梓の読みはいい線ついている。

 クラスを見ていても、一成君の存在って言うのは別格だと思う。クラス別の話し合いのときも特に声高に発言するわけでもなくて、会議の終盤までわりと話を聞いているだけのことが多い。けれどもめたときとか、彼がニコニコしながら一言まとめただけで一気に会議がきちんと終わるのだ。

 多分わたしの知らない中学部から彼はクラスのまとめ役だったんだと思う。だから。

 梓のいわんとすることもわかる。

 強い人間を味方につけておけってこと。

 でもそれってすごく悲しいよ。

 わたしが一成君と一緒にいるのは、彼が友達だからだもん。


「ウメは王理を恋愛対象として意識したことはないのか?」

 梓がふいに本当に素朴な問いをぶつけてきた。

「え?」

 ……一成君は温和でハンサムで、勉強もできて。本当に王子様だ。これ以上ない。わたしはずっと、一成君ってかっこいいなあって思っていて。あれ?

 じゃあわたし、梓の言葉にいらだつ必要も、一成君の発言を巡って頭ぐるぐるさせる必要もないってこと?

 ただ、『じゃあ一成君、お付き合いいたしましょう!』っていえば。

「あれ、どうしたんだ、鷹雄」

 わたしが呆然としたときだった。多分麦茶かビールでも飲もうと思ったのだろう。理事長が食堂を覗き込んだのだった。

「めずらしいなあ。鷹雄がここにいるなんて」

「いや、お前に用事だ」

「どうしたんだ?」

 ちらりと梓はわたしも見たけど、さして頓着しないで話を続けた。

「いや、恒例の件だけど。僕は今年は盆にはいけそうにない。だから明日行こうと思ってな」

「そうか。じゃあ俺も」

「いや、お前はいつもどおりで行ってくれ」

 用事はそれだけだ、と梓は笑った。それからついでみたいにわたしに言う。

「久賀院。今日の最後に言ったとおり、明日は補習は休みだ」

 そして梓は入ってきたときと同じ唐突さで、寮を出て行った。

 食堂に残されてしまったわたしと理事長の方がなんだか気まずい。

「久賀院、鷹雄と何はなしていたんだ?」

「『梅乃さん、まだホコリがのこっているわよ』『ああ、ごめんなさいお義母さん!』についてです」

「……なるほど」

 納得された!?

「梓先生は意地悪だ」

 不機嫌な顔を隠すことも出来ずに言ったわたしの言葉を、理事長は聞きとがめた。

「おい久賀院」

 理事長は困ったように眉をひそめた。

「鷹雄……じゃない。梓先生はとてもいいヤツだぞ、普通自分の夏休みを返上してまで生徒の補習で埋め尽くさない」

「それでも意地悪ですよ……プライベートなこととかは特に」

 いい教師かもしれんが、いい人間かどうかはわからない。

 うーん、と理事長は唸ってから言った。

「なあ久賀院」

「なんですか。麦茶ですか?」

「いやそれはいい。それよりも明日は補習はないんだよな。暇なのか?」

「一日だけ実家に帰るのも……」

 ……お金がもったいないのでという赤裸々な事実は秘密だ。

「なら、俺と出かけないか」

「は?」

 それってデートの誘い?



 …………………………………………えへ。

 ってなんで嬉しがってんだわたし。


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