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王理(旧男子)高校にようこそ  作者: 蒼治
act5 七月、梓は爽やかに無理難題提案する
26/105

5-4

「ウメちゃん」

「今のわたしに話しかけたら怪我するよ!」

 わたしは蓮をにらみつけた。

 不用意に衝撃を与えたら、詰め込めるだけ詰め込んだ試験の知識がこぼれてしまうじゃないか!




 ていうことで、今は試験真っ最中です。期末試験は3日掛けて行われるのですが、その2日目。試験自体は半日しかないので、午後は図書室で勉強する予定だ。残された教科はすくないけれど、明日の最終日は前回一成君に一等賞を奪われた物理と数学が入っているので、わたしの中では最大の山場となっている。

 鞄に荷物を詰め込んで、帰り支度をしているわたしに、蓮がわたしに話しかけてきたのはそのときだったのだ。

こらこら方程式が耳から落ちてしまう。

「ウメちゃん、なんで試験にそんなに熱くなっているのかなあ」

「学生とはそういうものだ!」

 仮に動機が不純であろうとも。


 わたしは蓮を見る。学校に居るときの蓮は相変わらず冴えなくて、この間のイケメン蓮はわたしの見た幻ではないかと思ってしまうほどだ。幻ならそれはそれで、ああそうかこのあいだのわたしは疲れていたんだなで、済ませられるので異論は無い。

「つーかなんでまたそんなに勉強?ウメちゃんに釣られたのかどうかしらないけど、一成も最近図書室通いだし。俺、ひとりでつまんねー」

「じゃあ、いっしょに勉強する?」

「やだよ。優等生二人に囲まれて勉強なんてへこむじゃん」

「あら、遠慮なさらないでー鳥海君。よろしければわからないところを教えて差し上げますわ」

 ってわたしがにやにやしながら言うと、蓮はあからさまにいやな顔をした。

「いいよ、俺は寮に帰って勉強するから」

「どうせしないじゃん。このあいだから、先輩たちとマージャンしてるでしょ」

「げ、よく知ってるなあ…」

「理事長に言わないわたしに感謝するように」

 わたしが笑いかけると、蓮はまいりましたとばかりに机に頭を擦り付けた。

 理事長に言わないのは単に今は先生にちくるという行為が面倒だからだ。試験があけたら、レポート用にまとめて理事長に提出してもいい。大体マージャンなんてひどいよ、ドンジャラだったら混ざれるのに。

 ともかく今はひとのことにかまっているヒマがあったら、一分でも多く勉強してめでたく全科目一位となり、彼氏付の素敵な夏休みを迎えるために邁進だ。

 いや、彼氏の予定はありませんけど。


「でもさー、試験が終わったら夏休みだな」

「そうだね」

「どっか行く?海とか?」

「あー、行きたいね」

 そうだった。肝心なのは試験終わったら夏休みということ。嬉しいな。おうちに帰れる。お父さまは元気かなあ。母さんのお見舞いにも行きたいし。最近ちょっと具合いいみたいだね。その合間には、一成君と遊べたらいいよねえ。

「なあ、沖縄とか行きたくない?…………まあととととと泊まりとかになっちゃうけどー」

「いいなあ沖縄。わたし離島とか行ってみたい」

「まじで」

 蓮がめずらしくはっきりとした明るい顔を浮かべた。

「離島のホテルにコネあるんだけど俺」

「すごーい!」

 わたしはこんなこと話をしている場合ではないと思いつつ、蓮の話にはつい乗ってしまう。一成君は先に行くねっていっていたからもう勉強しているかな。

「えーうらやましー。行きたいな」

「ほんと、じゃあ俺…」

「じゃあ、わたしとわたしの彼氏が行くときは格安でよろしくね!」

 かくーん、と蓮のアゴがおちた。


「え、え、なにそれ」

「だから、いつかよろしくねーって」

「だって今、泊まりで海に行くっていったじゃん。沖縄に行きたいって、離島のホテルってすごいって」

 なにを言っているのだ。常識を考えたまえよ鳥海蓮。

「そりゃそうだけど、行きたいときにすぐいけるような立場じゃないもん。学生だし」

「えー金銭的なことなら…」

「借金は無理!」

 梓の一千万円で、もー限界だって言うの!人生の限度額いっぱいです!あの借金の返却のことを考えただけでも、心の暑気払いになります。海も避暑地も怖い話も不要なくらいだ。

「いやおごるって」

「おごられる理由ないし。だって皆のぶんなんてだせないでしょ」

「皆って誰だ、おい!ウメちゃんの分だけにきまってる。二人で行くんだって!」

「何言ってるの蓮」

 わたしは眉をひそめた。

「付き合っても居ない人と二人で旅行なんて、誤解されたらどうするの」

「え、誤解って、ああ……まずそこからかー……」

「誤解よくない!人はわかりあうために言語を用いたんですよー!」

 いいこと言った、わたし。金八先生みたいだった!

 でも蓮は、大変うんざりしたような表情で言う。

「俺に言わせれば、ウメちゃんが一番俺の言語を理解してくれてないけどな」

「…そう?」


 でもそれは、蓮がわたしにわかる説明をしないからだと思う。やはりこれは、俗に言う男と女の間には深くて広い溝があるという、とかいうやつだろうか。嫌だ、勘弁してほしいな。ただでさえ、理事長との間のジェネレーションギャップは日々その幅を広げているのだ。これで男女差まで加わったら、大陸移動だ。まったくもってパンゲア大陸。


「なんだか、はっきりしないなあ」

 わたしは持ちかけた鞄を再び机に置き、椅子に座った。試験期間中でほとんどの生徒が部活もなくまっしぐらに帰っているため教室内にはほとんど誰も居ない。

「なにか言いたいことでもあるの?」

 この間の一件なら、もう何一つ発言を許す気は無いけど。金輪際、わたしは蓮の恋愛沙汰に付き合う気はない。あやうく馬に蹴られて死ぬところでしたから。

「え、いいたいことって言うか」

「だからさ、わたしは蓮がなにかしんどいことがあるのなら、聞くってこのあいだ言ったじゃん。そんな何かを察して欲しいみたいに言われても、わたしはそんなに蓮と付き合いが長いわけじゃないし、わかんないよ。でも言ってくれれば聞くのに」

「…聞くだけ?」

 …?評論とか講評も欲しいのかな。

「えーと、レポートにまとめる?試験明けになるけど…」

「…フランス書院ぽい文章だったら読んでやるよ」

 蓮は立ち上がった。なぜか肩がおちている。

「俺はさき帰る…」

「そう?」

 わたしは途中まで行こう、と言って蓮を追った。二人で並んでもう真昼の日差しの廊下を歩く。

「あのさあ」

 しばらくの沈黙の後、蓮は口を開いた。

「一成の家のこと、この間聞いただろう、俺に」

 ああ、蓮のせいで、水をかけられたりひっぱたかれたり罵倒されたりしたあの日ですね。

「なんで、また一成のことなんて聞いたんだ?」

「は?」

 なんで言われても…そりゃ好奇心があわわ、友達のことは知っていたいよね、それが華麗なる一族ならなおのこと。

「なんでって…だって、王理グループだもん」

「王理が気になったの?それとも一成?」

「それって別にして論ずるものなの?」

 いまひとつ蓮の言いたいことが良くわからないなあ…。

「鳥海家もそこそこ有名人なんだけどなあ」

「なにか眠気の覚めるような話とかあるの?犬神家とかバスカビル家みたいな」

「無えよ!」


 一階まで降りて、廊下を歩いていたときだった。保健室の前でがたんという音を聞いた。それは空耳ではなかったようで、蓮と顔を見合わせてわたしは立ち止まる。かなりの重さのある音だった。

「なんだろ」

「保健室の中みたいだけど」

 困惑していたわたし達だったけど、なんだかいやな予感がして保健室のドアを開けて覗き込んだ。

「りじちょー…じゃなかった、轟先生?」

 呼びかけて保健室に入ってみたけれど人の姿は取り合えず見えない。もしかして。

「蓮、密室殺人とかだったらどうしよう!」

「とりあえず、嬉しそうにそう言うのはよした方がいいだろ、第一発見者は疑われるぞ」

 蓮と二人でカーテンが閉まっているベッドの方を見た。

「理事長、なんか物音が」

 そう言って無頓着にカーテンを開けた蓮は悲鳴を上げた。

「理事長!?」

 ベッドに辿り着く前に息絶えたのか、ベッドから落ちて息を引き取ったのかわからないけど、理事長がうつぶせに床に倒れていた。

「理事長が不審死!」

「いや、死んでないと思う、ウメちゃん」

 そう…じっちゃんの名にかけて!とか、ちょっと言ってみたかったんだけど…。

「理事長、大丈夫ですか?」

 蓮が揺さぶると、理事長はうめいて顔をあげた。うわあ、顔が真っ赤だ。

「なんだ、お前らか…」

 どうも我々では不満のようである。

「理事長、どうしたんですか?」

「つーか、理事長もしかして熱でてません?かなりの高熱!」

 蓮の言葉につられて、わたしも床にぺたりと座っている理事長の前で、彼の額に手を当ててみた。うわあ、かなりの熱だと思いますけど、これ。

「…平気だ」

 これが平気って…あんたの平熱は38度か!

「ちょっと、蓮。理事長風邪ひいてるんじゃないの?」

「多分」

「風邪くらいでどうこうなる私ではない!」

 すげー、いまどき気合と根性で風邪を治す気だ。そりゃあまあ、財政がひっ迫している医療のためにはいい気もしますが、でもこれでこじらせて肺炎とかになったら余計手がかかりそう。早く、青とか黄色とか銀の薬を飲んだ方が…。

「理事長、病院行ったほうがいいと思いますけど」

「行かない!」

 すっくと立って理事長はわたしと蓮を眺める。すごい、本当に気力で克服した、と思いきや。

 理事長はそのままふにゃーと崩れるようにしてぶったおれてしまった。


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