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王理(旧男子)高校にようこそ  作者: 蒼治
act4 六月、鳥海蓮の超長い夜
22/105

4-7

 気がついたら、朝だった。


 あ、髪の毛ぼさぼさだ。こんなところを梓に見られたら大変なことに……なんとしてもばれないようにしないと……。『いつなんどきとも、緊張感を失わないこと。失ったら切腹』とか言われているし。

 血の気が引いてしまうことを考えていたわたしは、そこがリビングのソファじゃないことに気がついた。蓮が言っていた客用寝室かな。あれー、じゃあ蓮がわたしをかついで来てくれたのかな。悪いことをしてしまった。

 ベッドから降りてわたしはその部屋を出てみた。なぜか遠くから電子音が聞こえてそれが蓮の設定している携帯電話の呼び出し音だと気がつく。最近よく耳にする明るいテンポのポップス。歌詞が始まる前に蓮は電話にでたらしい。半開きのドアのリビングから蓮の声が聞こえた。あーどうしようかな、話し中なら少し待ってようかな。でもこれじゃ立ち聞きか。ちょっと寝室にもどろうか。


「すまん、失敗した。うーん、昨晩は両親が家にいてさ。思ったようにうまくいかなかった」

 そんなふうに蓮は話していた。引き返そうか逡巡していたわたしは思ったよりよく聞こえてしまう声に、慌てて寝室に戻った。

 とりあえず、布団にまたもぐりこむ。

 蓮の言葉を思い出してなんだか違和感を覚えていた。昨晩は両親が家に居たってどういうことだろう。わたしが寝てから帰ってきたのかな?でもそれにしてもやっぱり家の中に人の気配はない。何の話なんだろう。それにうまくいかなかったとか、失敗したって……まあスムーズにとはいかなかったものの、ちゃんと元彼女達とは別れられたじゃん。なんのことだ?

 布団のなかに埋もれていたわたしの耳に、扉が開く音がした。蓮かな、と起きようかと思ったけどあまりスキッと起きてもいままで起きていたことがばれそうで、思わずわたしは狸寝入りをしてしまう。

「ウメちゃん……」

 蓮のその声は低く静かで目を開けられない。掛け布団から半分出ているわたしの後頭部に蓮はその指で触れた。


 くしゃくしゃだけど、普段のトリートメントが功を成して、蓮に梳かれたその髪はさらりと彼の指を通る。ふー、やはり日々の鍛錬を怠らなくて正解。いやそんなことはともかく蓮は一体なにしてるんだ?

 自分の病んでいる部分を撫でると代わりに引き受けてくれる地蔵は時々あるが、わたしにはそんなご利益はない。しかも髪の毛ってことは蓮はハゲということになる。

「そっか、本気ってこういうことか」

 蓮はしばらくわたしの髪を触っていたけれど、最後にそんなふうに呟いた。そして部屋を出て行ってしまう。

 な……なんだ、今の妙な言動は!

 蓮が出て行った後わたしは布団から這い出してため息をついた。どうしたんだろう蓮。一晩のうちに一体どんな本気をつかんだんだ。


 解脱、超早い!


 だいたい、一体誰に対してそう思ったというのだ。まだ他に誰か付き合っている女がいたのか?蓮が昨日わたしが寝た後出かけたならともかく、この家には一人も女の子なんていない。居たのはわたしぐらいだ!

 とりあえず、わたしはベッドから降りて、リビングに向かった。蓮が誰に本気で恋しようと勝手だが、今度こそわたしを巻き込まないようにしてもらいたいものだ。それがし一言物申す!

「蓮……ぎゃー!」

 リビングに入ったわたしは悲鳴を上げた。

「なななななにそれ」

 もさもさしていた蓮の髪は、綺麗さっぱり切られていた。ていうかそんなもんじゃない。切った後バリカンで刈って、どうみても野球少年みたいな五分刈りになっている。やっぱりさっき髪触られたのは、なにかご利益を期待してのものだったのだろうか?

「どうしたの蓮!今日からリトルリーグ?」

「せめて高校野球って言えよ!」

 蓮はどうやら自分でやったらしく、かなり不ぞろいな髪になっている頭を触っていった。

「俺……今日もう一回、謝ってくる」

「……あの子達に?」

 うん、とまるで先生に怒られた小学生みたいに連は小声で答えた。

「俺一人で行って、みんなに頭を下げてくる」

 ほんとに何があったんだろう昨日。

「……そうだね。それがいいとわたしも思うよ」

 何があったかは知らないけど、でもわたしもちょっと笑顔みたいなものを浮かべてみた。誰かの好意もわからない蓮も、それに気がついて青くなって頭丸める蓮も、どっちもバカだと思う。バカはバカじゃ。

 でもわたしも昨日の蓮より今日の蓮のバカさの方が好きだ。


「そうしないと、俺は誰かを好きになる資格がない」

「うん。頑張れ」

 わたしの言葉に、蓮はなんだか奇妙な顔をした。

「……うん、頑張ってくるけどさ。そしたら俺は資格があるって思ってもいいのかな」

「あるよ、多分」

 蓮が今度こそ誰か一人を本気で好きになって、彼女を大事にするのなら、わたしはそのオアツイ二人を全身全霊をもって応援しようではないか!まかしとけー!

「……だめだ。ウメちゃん、絶対わかってない……」

 蓮はため息をついた。なにやらバカにされた気がするのだが。

 ふとわたしは蓮の顔色が悪いことに気がつく。昨日徹夜したみたいだ。

「蓮、なんか顔色悪いけど」

「……ちょっと昨日眠れなくてな」

「ああ、考え事してたんだね」

 蓮はその言葉に愕然としたようにわたしをまじまじと見た。

「『考え事』って……。そっか……なるほど、俺はウメちゃんにとって、さっぱり野郎じゃないわけか……」

「いや、男だと思うよ?蓮が女装とかしたら、素直にうへえと思える」

「えーとさ、どうしてさっきまで自分に迫っていた男を前にして、ぐうすか寝られるのかな?俺は昨日寝室から帰ってきて、無防備に寝ているウメちゃん見て腰が抜けたよ」

「だって蓮は手を出さないって約束したし、それに蓮は友達だから」

 わたしを眺めていた蓮はその言葉に深くため息をついた。

「ウメちゃん。そこに」

 蓮はソファを指差した。

「そこに正座!」

「ソファは腰掛けるものでは……?」

「いいから正座!」

 なんなんだ、とわたしはソファに正座した。と蓮がその向かいに自分も正座する。

「おい、久賀院梅乃さん!」

「へあ?」

 どうした蓮、急に改まって。

「あんた危機感無さすぎ!」

 なんで怒ってるんだ?

「あんた仮にも紅一点なんだからちゃんと危機感持って生活しろよ。あの強面の理事長がガードしているからいいものの、寮だって気をつけなきゃいけないんだぞ」

「はあ……」

「俺の前で、足をむき出しにして爆睡なんて本当に言語道断。あんた俺に一体どんな嫌がらせしたいんだよ。昨日の忍耐に次ぐ忍耐の一晩で俺の精神の耐久力はレベルが三つくらいあがった。俺は昨日寝られなかったっつーの!俺頑張った、俺偉い、俺すげえ!」

 なにが凄いだキングオブバカのくせして。

 理事長は強面だけど、どうしてあれがガードと言えるのか。それに昨日あんなに蓮に対して骨を折ってあげたわたしに対して、たかが一晩の不眠で嫌がらせ発言とは。こんな友達だとは思わなかった。

「ひどい!わたしは蓮のことを思って昨日頑張ったのに。そんな無神経な発言ってない!」

「無神経なのはあんただ!」

 どうしてうたた寝したことぐらいでこんなに言われなければならんのだー!

「むかつくー!」

 蓮と言葉がはもった。




「て、いう話なんだけど!ひどいと思わない?」

 わたしは翌月曜日、化学準備室に放課後乗り込んで梓にぶちまけていた。そりゃまあ寝起きの顔を見られたことについては罵倒されるかもしれないが、それにもまして蓮の態度に怒り心頭だ。これが黙っていられようか。

「わたし、生まれて初めて無神経だなんて言われた!」

「あー、ウメ」

 梓はにっこり笑って手招きした。なにかと思って近寄れば。

「僕が鳥海でも、そう言う。いやそれよりもっと激しく市中引き回しの上打ち首獄門クラスの罵倒をする準備は出来ている」

 びしっとデコピンされた。痛い!

「なにをするー」

「なにをする、じゃねえよ!」

 やばい、なんだか知らないが、梓すごく怒ってる。スピリチュアルな能力の無いわたしでも、梓の怒りのオーラが目で見える!

「お前はほんとうにアホだ!いろんな意味でアホだ!僕は教室のうるせえガキ共が早く滅べと思うレベルで大嫌いだが、それでも鳥海には同情する」

 今、教師にあるまじきこと言わなかったか?

「あーもー、本当に頭が痛いよ、僕は。ウメがこんなバカだとは思わなかった」

 なんだとう?

 中間テストでも一等賞取ったのに!化学と物理で一成君には負けたけどまだそれを根に持っているのか。

 部活だって頑張っているのに!

 そういえば部活は英語研究会に入っているのだ。中学のときは陸上部だったから運動系に入ろうかと思ったんだけど、更衣室とかなかったりチームとして大会に出にくいのでやめて文化系にしたのだ。でもさー、英検とかTOEICとか取ればそれも立派に功績残したことになるじゃん?って頑張っているのに!

 梓と来たらバカバカいうばっかりでちっとも褒めてくれないしー。

 褒めて伸ばすほうがいいと思います。

「なあ、バカウメ」

 また敬称つけやがった!

「僕はこんなことまで噛み砕いて説明しなければならないのか。バカウメは不純異性交遊という言葉は知っているのかな」

「知っています」

「そしたらどうして野郎の家で二人っきりになったりするんだ!」

「だって何もしないっていったもん」

 びし。

 またデコピンされた。デコに穴開いちゃうよ!

「『何もしないからオレのうちおいでよ』『何もしないならアタシお邪魔しちゃう☆』という社交辞令は、大人の定型文だ。京都でブブ漬けがでてきたら、とっとと帰りやがれという意味であるように、その定型文は、本日エッチまでいってOKくらいな勢いだ」

「えー、それはどこの少数民族の無形文化財?」

「日本人の一般常識だ!」

 ……。

 ……。

 ……。

「それは本当ですか、梓先生……」

「そうだ!ここは試験に出る!」

 わたしの人生の教科書、落丁本だった……!

「……ウメ」

 梓は言った。

「鬼と呼ばれようが、あえて僕はウメに命令する」

 もう鬼って呼んでるけど。

「ウメは高校卒業するまで恋愛禁止!」

「えー!」

「危なっかしくて見てられるか」

「ひどい。子どもだって、ちょっとは危険な思いをしないと成長しないんだよ。危ないからってジャングルジムを撤去するのはよくない!」

「今のウメにとって恋愛は、ハーネス無しのロッククライミングだ。ウルルにだって登れるもん、とか言っているぽくてこっちが鬱になる」

 しまった、藪をつついたら大蛇が出てきた……。

「もう一度いうぞ」

 梓はその笑顔をわたしに向けて念を押した。


「ウメ、恋愛禁止令発布だからな」


 わたし、人生で初めて誰かを憎みそうですよ?


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