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王理(旧男子)高校にようこそ  作者: 蒼治
act4 六月、鳥海蓮の超長い夜
19/105

4-4

「どういうこと!」

「付き合うのをどちらかに決めたから、私達を呼びつけたんじゃないの?」

「どちらともわかれるなんて」

「勝手じゃない!」

 そして彼女らは声を揃えていった。

「絶対許さない」

 超ドルビーサラウンドな言葉がわたしと蓮に叩きつけられていた。双子なだけに息もぴったり。

「うん、許さなくていいよ」

 そう言ってけろりと笑う蓮に、今わたし達が座り込んでいるところこそ、針のむしろと言うのだと誰か教えてやってくれ。

「でももう君達のどちらとも付き合えない」

「だって……」

 蓮はそう言ってまた文句を続けようとした彼女の言葉を遮るように続ける。

「そもそもさ、俺に別の付き合っている人がいることも、俺が君の姉妹と付き合っていることも知っていただろ?」

 だから、と蓮は言って言葉を切る。わかってよ、とばかりに微笑んだ。


 だから、どうせ本気じゃなかったし、そのことは君達も知っていただろって。


 わたしは彼女ら二人の灼熱視線を浴びながら蓮を横目で盗み見た。数時間前までまったくしらなかったけど、蓮は本当に男前だ。どんなに相手が怒っていようとも、それに対して受け流す余裕もある。それが一体なんで培われたものかはわたしの知ったことじゃないけど、でもコレはかなりのものだなあと思う。

 学校での蓮からそういった姿を感じ取れなかったのは、蓮がそれを表に出さずに隠していたから。けしてわたしが気がついていて、かつスルー出来ていたわけじゃない。

 くわばらくわばら。この男とは係わり合いになりたくない。こんな蓮だったら理事長の方がまだマシだ。理事長とジェネレーションギャップを噛み締めていた方がまだ後味がいい。


「だいたいそんなガキのどこがいいっていうのよ!」

 鋭い指摘が彼女達から飛んだ。

 まあ、そりゃあ、子どもです。

 多分二人はわたし達と同じ高校生でも、三年生くらいにはなっているんだと思う。わたくしまだまだ中学生くさいちびっこで、あなた方のように洗練されているわけではないです、とわたしは身を小さくする。どうしてこんなにおとなしくなっているのかといえば、単に彼女達に感じているのが同情の方が大きいせい。同情なんて失礼かもしれないけど。


 ……なんていうか、蓮は、本当に彼女達に悪いと思っているのかな。

 彼が次々に言葉にする謝罪は本物だ。だけど、薄っぺらい。

 蓮が悪いと思っているのは「人に好かれる価値がない自分につき合わせてしまったことに関して」ではないかと思う。それって彼女達への謝罪じゃないとわたしは思う。

 それって。


「ガキでいいんだよ」

 蓮は淡々としている。その横顔がわたしはたまらなくいやだ。いつものあのアホで下品なシモネタ王の蓮のほうがよっぽどいいよ。

「俺もガキだから」

「でも!」

 双子が繰り返すのは否定の言葉ばかり。その否定の先にあるものはさっぱり出てこない。そのことに気がついたとき、わたしは心からその二人に同情した。

「……蓮」

「……ウメちゃん?」

 今日の午後、数度に及ぶ話し合い中、わたしが自ら蓮に話しかけたのはそれが初めてだった。

 そのままわたしは彼の首筋に手を伸ばす。

「……ざけんな!」

 つかんだ襟首ごと、ヤツを椅子から突き飛ばした。椅子を蹴飛ばして襟首を放り投げて。さすがに蓮はカフェの床にすっころぶ。

「は……?」

 唖然としたのは双子だった。

「あ、あなた自分の彼になにするの!」

「彼なんかじゃない!こんなヤツ、頼まれてもお断りだ!」

 わたしは立ち上がって怒鳴った。


「う、ウメちゃん?」

 半身を起こしかけた蓮の胸を思う存分足蹴にした。

 ……こいつ最低。

 蓮は、何も頓着していないような顔をして、全て相手をすごく理解しているんだ。そしてそれをみごとなまでに逆手に取っている。多分意識してじゃなく、もう無意識で人を読んで手玉にとって。

 A子さんは蓮が今でも好きだから、絶対蓮に文句なんていえなかった。

 B子さんが泣いたのは、きっと優しい人だから、別の人を持ってこられたら認めるよりほかない。

 C子さんは激昂するタイプだから絶対わたしにヤツ当たりすることを知っていた。ヤツ当たりすればそれを基に蓮は会話のペースを支配できた。

 D子さんは理知的だから、俺には他に好きな人がいるから退いてくださいっていう事実のみをぶつけて。

 で、この双子はきっとお互いをライバルだと思っているんだ。だから負けたくなくて、肝心の「好きだから、わたしのほうだけ見てよ」なんて素直に言えない。わたしがいればなおさらだ。彼女達にできるのは蓮からの融和の言葉だけ、でもそれは絶対ないんだ。縁を切りたがっている蓮がそんなことに触れるはずがない。

 無頓着装いながらのこの計算。


 少しでも彼女達に申し訳ないと本心から思っているのなら……そしてわたしが本物の蓮の新しい彼女なら、この場の全員が互いに対して誠意があれば、こんな茶番はありえないっつーのだ!

「ていうか、あんたちゃんと謝ってないじゃない!この人達に申し訳ないって思って言ってないでしょう!」

 わたしは自分の目の前にあったお冷のグラスを掴むと思い切りわたしを見上げている蓮の顔にぶっ掛けた。

「ウメちゃん?!」

 蓮がどうして自分が好かれているのかわからないと言ったあの表情。

 おそらくあれは本心だろうと思う。友達だから蓮の徒労感を信じる。自分が好かれている理由を見つけられないのは苦しいと思う。だけど、それとこれとは別問題だ。それでも蓮自身が誰かと付き合ってそれを止めることを決断したのだから、つくさなきゃいけない義務はある。


「ちゃんと、ふたりにあやまれー!」

 わたしは怒鳴りつけた。

「ちょっとあなた!」

 逆に双子はわたしを止めようとしたが、それを振り払ってわたしは蓮の頭を殴り飛ばす。バカになるかもしれないが、今でも十分バカだから無問題。もしかしたらショックで頭良くなるかもしれないぐらいだ。

「ウメちゃん?」

「ウメちゃんじゃない。わたしの名前を呼ぶ前にこの二人の名前をちゃんと呼んで、不誠実でごめんなさいってちゃんと謝れ!」

「謝ってる!」

「口だけだ!」

 わたしは蓮をにらみつける。靴だとさすがに危ないので、蓮に買ってもらった可愛いミュールを脱いで裸足のつま先でけ飛ばした。

 どうよ、我ながらこの公開女王様っぷりはどうよ!よーしこの際だ、誰か革の鞭持って来い!


「今日会ってきた人、誰も本心から蓮を責めたりなじったりしなかったじゃんか!それだけの好意を貰っておいて、好かれる理由がわからないもへったくれもない。貰ったものは貰ったんだから、ありがとうって言わなきゃいけないんだ。それが出来ないなら、この人達に謝れ!」

 あんなふうに適当に付き合うこと事態がそもそもおかしいんだ。でもそれを適当に終わらせるのはもっとおかしい。そんな事やってたら、絶対大事なことがわからなくなる。

 二度三度、蹴飛ばされてさすがに頭にきたのか蓮がわたしの足首を掴む。

「おい!」

 バランス崩した挙句、勢いあまってすっころび腰を落としたわたしの頭を抱え込むようにして、蓮は動きを止めさせる。おもいきり胸に抱きしめられる形になったがちっとも楽しくない!苦しい!


「あ~や~ま~れ~」

蓮の服に声をくぐもらせながら相変わらず怒鳴ろうとしたが、蓮がひとつため息をつくように胸を震わせたのを感じ取った。

「……本当は」

 蓮は双子を見ているようだった。多分ちゃんとまっすぐに。


「本当は、俺は、俺が悪いって事も思ってないんだ」


 わたしはもがく手足を止めた。

「それが、本当にごめん」

 一瞬の沈黙ののちに、双子のどちらかが言った。

「……もういいよ」

 それを待っていたかのように、もう一人が続ける。

「そんなの知っていた」

「なんていうか、私達も蓮と、もめずに別れたいとかって思っていた。別に蓮が大事だからじゃなくて、自分たちのプライドの方が大事だった。もめなければ次もあるかもと思っていたのかもね」

「蓮の新しい彼女……ウメチャン、だっけ?彼女ほど素直になれなかった」

「違う、本当はウメちゃんは彼女じゃなくて、ただ説得するためについてきてもらっただけなんだ」

 蓮がまさかそこまで正直に言うとは思ってなかったわたしは、ようやく顔だけ出した蓮の腕の中から二人をマジマジとみてしまう。

「……いいよ、そんな言い訳しなくても」

「いまさらだって」

 双子はそう言って笑う。

 ……神に誓って本当ですが……はっ、蓮なんかのために、神無駄使いしてしまった。


「私は蓮のためにそんなふうに夢中でなんて怒ることは出来ない」

「でもウメチャンは、自分をバカに見せても蓮を助けようとしたじゃない」

 わたしをバカですと!?

「ウメチャンのこと大事にしてあげなさいよ」

 違う、わたしは別に自分をバカに見せようとしたわけではなく、いや、もしかしたらあのキレようはちょっとバカっぽかったかもしれないけど、それは誰かのためでなく、百パーセントわたしのため。自己完結バカなんです!あっ、結論としては自分が百パーセントバカ、になってしまった。

「いいカノジョね」

 彼女じゃない!と絶叫したかったけど、口はまだ蓮に押さえられていてもごもごと服に吸い取られるばかりだ。

 ちょっと、どういう誤解、ねえ!

「好きな人のためにとはいえ、好きな人をけ飛ばすなんて思い切ったこと出来ないもの。ウメチャンしんどかったよね。涙目じゃない」

 それは今、息が苦しいからなのだ。

 大体どうして好きな人を蹴り飛ばさないといけないのだ。わたしは勧進帳の弁慶か。わたしが蹴飛ばしたのは本気で蓮にムカついたから。憎しみ一撃!

 ちゃんと懇切丁寧に説明したかったけど、双子はそれじゃあね、と言って出て行ってしまった。

「わたしは蓮のカノジョじゃないー!」

 そういったのは、彼女たちが出て行ってしまってからだ。


 わたし、もしかして…………なにか途方もない失敗をしたような。


「蓮!」

 ムカついたわたしは怒鳴って思い切り至近距離から蓮を殴り飛ばそうとした。

「ウメちゃん」

 でも、超近い場所に蓮の顔を見つけてしまってわたしはなんだか調子が狂ってしまう。握った拳をつい下ろしてしまった。

「……あのさ」

 蓮は申し訳なさそうな顔をしていた。

「……こういうのも今更なんだけど」

「なに?」

 謝れ、さあ謝れ、いますぐわたしにこんな茶番に巻き込んでごめんって言え!

「ウメちゃん、Cの65?」

「それは蓮の人生でなにか役に立つのか?機密漏らしたら始末されると思ってろ、な?」

 とりあえず、わたしは蓮の頬をつまみあげた。渾身の力で。

「ところで」

「まだなにかあるの?!」

「今の騒動で、寮に帰る最後の電車が行ってしまったんだけど、それについてはどう思う?」

 

 最悪だと思う。


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