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王理(旧男子)高校にようこそ  作者: 蒼治
act4 六月、鳥海蓮の超長い夜
18/105

4-3

「っていうことで、ごめんね」

 蓮はおしゃれなカフェで落ち合った元カノに頭を下げた。




 蓮の元カノは、大学生だった。

 えーと、素直に表現してかなりのかわいこちゃんですよ?

 こんな子をふったってクラスの野郎連中に知られたら、暴動および虐殺が起こると思うが。着ている物も洗練されていて、多分中学生の蓮と付き合っていたときは彼女は高校生だったと思われるのだけど、その時点で一般人とは隔たりが明確な美人だっと思う。だいたいカフェで頼むものがペリエだよ。カフェモカにさらに砂糖マシマシでつっこんでいる私とは美に対する意識からして違うかわいこちゃんです。

 が、それも今は鬼の形相である。


 あたりまえだ。


 物腰穏やかかつ自分が百パーセント悪いような顔をして蓮は頭を下げているが。

「君の事は今でも好きだよ。俺にはもったいないくらい素敵な人だと思ってる。でもごめんね、俺、別に好きな人ができちゃったんだ」

 本当に自分が悪いと思っていたら、こんなことは言わない。すげー、無神経!

 その子と付き合いたいから私とわかれたの?とかいつから付き合っていたの?とか、当然な質疑応答ののち、満場一致にてこの法案は可決されました、みたいな顔をして蓮自身はアイスコーヒーを飲んでいるが、どう考えても元カノ(仮称A子さん)の中では解決していない。

 そしてその修羅場の中、カフェモカを目の前に呆然としているバカはわたしだ。

「……あなた」

 ぎろりとにらまれてわたしはすくみあがった。ノリと勢いでこんな修羅場に顔をつっこんでしまったわたしをわたしは呪う。

「絶対私の方があなたより蓮のところを大事に出来る!」

 おっしゃるとおりでございます。

「わ、わたしだって、蓮のところ好きです」

 しかし、約束は約束だ。

「だから、蓮と友達に戻ってください」

 大根役者……と蓮が小声で呟いたのをわたしは確かに聞いた。うるさい。どうせセリフは棒読みだけど。

「友達になんて戻れるわけないじゃん!あなたほんとに蓮のこと好きなの?好きだったらそんな悠長なこと言えないわよ!」

 蓮など真剣にどうでもいい。むしろあなたの方が気の毒でならない。うう、罪悪感。

「まあまあ、梅乃を責めるな。俺のせいなんだから。いいよ、俺にできることがあったらなんでもする。言って」

 梅乃呼び捨てすんな!わたしを呼び捨てしていいのは、梓だけだ!不本意であってもな。


 余裕かました蓮を、A子さんはものすごい目つきでにらみつける。愁嘆場だ。地獄だ。っていうか、カフェの客の視線が超痛い。

「文句があるなら俺に言って。何も反論できないから」

 蓮の言葉は低姿勢で今にも土下座しかねないが、どこか上からの目線を感じるのは何故だろう。

 そして彼女は言った。

「……蓮にそんなこと言えるわけないじゃない……」

 次の瞬間の彼女の動きの素早さはすごかった。荷物を持って立ち上がると、いきなりテーブルの上のペリエのグラスを掴んだ。

「あなたがいけないのよ!」

 そしてわたしはいきなり頭にその冷たい水ぶっ掛けられた。あまり入っていなかったからそれは髪と額を湿らす程度で服にはかからずにすんだが、氷がマヌケな音を立てて床に落ちた。

「おい!」

 蓮の呼ぶ声も聞かずA子さんは店を飛び出していってしまった。最後に彼女が目を涙でいっぱいにしていたのをわたしは見てしまう。

「ひゃー、ウメちゃん大丈夫!?」

 大慌てで蓮はハンカチでわたしの頭の水を取ってくれる。オーディエンスは最高潮の盛り上がりを見せており、周囲のざわめきはとまらない。次はもうウェーブしかない。店員さんがおしぼりを持ってきてくれるが、その視線が好奇心満載だ。

 結構シックな店で、席の間隔があいているから会話までは聞こえないだろうけど、逆になおさら気になるのだろう。

 気持ちはわかる、気持ちはわかるぞ!


「ごめんな。まさかあんなことするなんて」

「それくらい蓮を好きだったんだよ」

 なんていうか、A子さんを責める気になれなかった。

 だってそもそも無粋なのはわたしなのだ。ノリと好奇心でこんなところにきてしまった当然の報いだと思うよ。しかも彼女は信じているけど、本当は、わたし偽カノジョだ。

 逆にすごく罪悪感が。

「いやー、びっくりしたね。人生は予想外だなあ」

 お前のその能天気さは一体なんなんだ!

「蓮!ちょっとそこに座れ!」

「座ってる」

「ていうか、やっぱりひどい、かなりあんたひどいと思うよ!」

「そうだね」

「そうだね、じゃない!否定しなければいいというものではない!」

「ていうかさー、俺のどこがよかったのかなあ」

 蓮は本気でわからないようだった。

「俺、本当にもてたんだよね。柔道やっていたせいもあるのかなあ、小学校のころから結構ガタイよくてさ。顔はまあ親譲りのこれだし。ずーっときゃあきゃあ言われてた」

 まあ見た目はな……。

「すげえよ、初体験が小六のときの家庭教師のおねーさんだから」

「……はあ?」

 ちょ……なんだそれ!

「それはあの人も遊びだったんだろうけど、でもあれを皮切りにずーっと女の子に声かけられてた。学校の女の子に、母親の知り合いのモデル関係者とか、逆ナンとか。同級生とかからも付き合ってとかすごく言われて」

 蓮の言葉は虚ろだった。話の派手さとは裏腹に、本当に、自分が誰かに好かれるってことが良くわかっていないみたいだ。

「最初は断っていたんだけど、そうすると変に恨みとか買っちゃうんだよね。ふった子の友達から『鳥海君、誰とも付き合っていないなら付き合ってあげればいいじゃない!』とか言われても、そーゆー問題か?って感じでさ。一回も話したことがない子に告られても困るよ」

「まあ、それはそうだけど」

 蓮はちょっと寂しそうに笑う。

「この話は続きがあってさ、俺、実は自分に告白した子の友達の方が好きだったんだ。って言ったらわりとあっさりその子のほうと付き合うことになってさあ。俺がふった子と付き合った子が大喧嘩して彼女らの友情は破綻」

「……でも蓮は責められなかったんだ」


「男子連中からはぼろくそに言われたけど。女子から嫌われることはなかったんだよなあ……結局それからもいろんな子から告白された。もう断るのも面倒になるよな」

 明らかに、遊んでいるし女癖が悪いってわかっているのにモテる男がいるけれど、蓮はそれなんだろうなあ。でも本人がその力を理解して受容していなければ、それもつらいのかもしれない。わたしの行っていた中学の男子なんて恋愛がどうのとかいうよりも、男友達とアホのように遊んでいたし、それですごく楽しそうだった。でも蓮はそれができなかったんだ。


「つーか俺のどこみて好きって言うんだかさっぱりわからん」

「顔だろう」

「……ウメちゃん……」

「だって蓮の性格は最悪だからそれしかない」

 論理的である。

「……ウメちゃん、どうしてそう思いやりがないの……そっか、やっぱり顔だけかな」

「そうだ。顔だよ。でも、蓮の性格にもいいところがまったくないかといえば、無いということを証明するのは困難なので、いいところがあるのかもしれない。蓮のところを好きだって言う人にはそれが見えているのだと思うよ」

 わたしの言葉に蓮は一瞬きょとんとしていたけど、その意味をわかって笑い始めた。

「それ、褒めてる?」

「褒めるわけないじゃん」


 でもなんかちょっと蓮が可哀相な気はするから、とどめはささないでちょっとだけ励ましてやる。これに懲りたら、早く心を入れ替えて、誰かの立派な彼氏になるのだ。わたしも一応見守っているぞ?

「びみょー……でもさ、だから俺、見た目をちょっと変えてみたんだ。もしかしたら俺の中身を先に見つけてくれる人がいるかもしれないだろ。で、家にいると両親が身なりにうるさいから寮に入ったんだ」

「……でも、女子もいないから、わかりにくい」

「だよなあ……それは少し失敗だった……」

 そして蓮は何かに納得したように、うなずくと立ち上がった。

「じゃ、頑張って続き行こう、ここまでくるのも結構大変だから、今日中に全部終わらせてしまいたいし」

「……なに」

 続きって何?

「え、だから、他の元カノ。言ったじゃん、断るのも面倒くさくなったって。だから並行して何人かとつきあってたんだ。でも、俺は自分をわかってくれる人を見つけなおすために皆と綺麗に別れようとしてるんだ。それだけなのに、みんなもめててどうかしているよな」

「……どうかしているのはお前だー!」

 わたしは、ペリエの瓶で、蓮を殴りとばした。




 B子さん(一部上場企業会社員)は、さめざめと一時間くらい泣いてました。

 C子さん(二十歳、お嬢様大学学生)には、わたしは平手打ちを頂きました。

 D子さん(十九歳、ファッション雑誌モデル)は、復縁をねばりました。

「つ……疲れた」

 しかし、ここまで付き合うわたしは大変友情に厚いタイプだ……。貴重な土曜日の午後は潰れ果て、都内はすっかり夕闇が押し寄せていた。

「ねえ、あとどれくらい?」

 急がないと寮に帰れなくなっちゃう。電車自体はあるけれど、その最寄り駅から乗り換えるバスが大変本数が少ないうえ早々と終わってしまうのだ。駅は小さいからあんまりタクシーとかもないし。っていうかタクシー代などない。蓮はいざとなったら街中の実家に止まれるからいいだろうけど。

「あと、一件。そこのカフェで待ち合わせているんだ」

 今日は一体何杯茶を飲んだかのう……ばあさんや。

 はっ、ちょっといま幻見てた。

 すっかりよぼよぼのまま店に入ったわたしは、店内を見回す。でも女性の一人連れは見当たらない。

「……蓮、今度は誰?」

「あー、いたいた」

 蓮がこれから別れ話をするとは思えない能天気さで手を振った席には、女性が二人いた。

 彼女達は高校生らしく、そしてそっくりの美少女双子だった。ものすごい険悪な顔で両方ともわたしをにらみつけている。うわあ……家族を連れてきたのかあ……やりにくいなあ……。E子ちゃんとE子ちゃんツレかあ。いや、E子ちゃん´の方がいい。

「どっち?」

 まあ言われても双子だからどうこうという区別はわたしにはできないけど……。


「両方。一回間違えてやっちゃって、それから平行してたんだ」


「この大馬鹿者がー!」


 最後の決戦前に、蓮を後ろから撃ちたい気持ちでいっぱいだったわたしを誰が責めよう。


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