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「実は」
蓮は話し始めた。
蓮からの奇妙な依頼は、彼にとってはかなり深刻な問題だったらしい。あっさりと「いや、蓮の冗談に付き合っているヒマはないから」とスルーしようとしたわたしを、土曜日に町まで連れ出して、有名どころのケーキを奢ってくれるくらいには。
とりあえず、このフォンダンショコラと季節のフルーツタルトとニューヨークチーズケーキとカラメルプリンは最高だ。もぐもぐ。
昼下がりのこの店も感じのいいお店だし、あとは目の前にいるのが、蓮のもっさい顔でなければ……。
「ていうか、ケーキに夢中じゃなくて俺の話も聞け」
「聞いてる。大丈夫、ケーキもぐもぐしていてもマルチタスクできるから」
「……まあ、食べながら話聞いてくれ」
いわれずとも。
「あのさ、俺、中学のとき付き合っていた女の子がいたんだよね」
「……まさか鮎川君と同じ依頼?!」
「違う……実はあれの逆……」
言いにくそうに蓮は一瞬口ごもる。
「鮎川と違って、卒業寸前に俺は別れたんだ。まあいろいろ事情があってさ。でも彼女が納得していないみたいなんだ」
「そんなの蓮のせいじゃん」
「あいかわらず、歯に衣着せないヤツだな。確かにそうだよ、返す言葉もねえけど」
いつもみたいに軽口が返ってくるかと思いきや、蓮の口調は真剣で、わたしはちょっと後悔した。しまった、さすがに真面目に聞いてあげればよかった。蓮には蓮の事情があるだろうし。
……もぐもぐ。
「で、俺は進学先も言わないで姿をくらませたんだけど、どうもばれちゃったみたいでさ。このままだと、学校にまで押しかけてきそうなんだ。あの理事長だろ?見つかったら結構面倒になことになりそうだ」
「同意」
「ってことで、手伝って欲しいんだ」
「……まさかあの『俺のカノジョになってくれ!』って」
「そう」
にいっと蓮は笑う。
「俺は新しい彼女のウメちゃんに惚れまくってます、別の女の入り込む余地はまったくありません。自慢の彼女なんです、って説明すれば、女の子も納得してくれると思うんだよな。ってことで、説明行くからウメちゃんも一緒に来て」
「断固お断りだ」
なんだってそんな他人の修羅場、しかも爆薬充満している戦場に自ら火種背負ってつっこまなければならないのだ。冗談じゃない!もぐもぐ。
「そんなの蓮の自業自得じゃない!」
「その通り!でも俺は、使えるものなら親でも使う!」
「合理的だが最低だ!」
「なー、ウメちゃんは立ってるだけでいいから。何も話さなくていいから」
「そんなら校舎の横のカカシでも持っていけばいいじゃない!」
「やだね。あれ可愛くねえんだもん」
……可愛ければカカシでいいのか?
連はめがねの奥からわたしを見た。
「これ本当に冗談抜きに真面目にいうけど、ウメちゃんって、俺の知ってる女の中で一番可愛いと思う」
その母集団、すごーく少人数なんだろうなあ……。
「ほんと、いるだけでいいから。いるだけでウメちゃんのお姿は説得力を持つから。それくらい可愛いんだよ、ウメちゃんは」
ふざけんじゃないぞ、こんなときだけ褒めたおして。ホントに調子いいんだから!
「……仕方ない、その話承った」
ああああ、わたしのバカ!バカバカ!
どうせ蓮の言葉など適当なものでしかないと知っているのに、どうして調子にのってしまうんだ!
褒められると調子に乗るこの性格は早く何とかしないと痛い目を見る予感……。
「ありがとう!」
蓮が嬉しそうに言ってわたしの手を両手でつかんだ。ああ、ガタイがいいだけあって蓮の手は大きくて温かい。
しかし、蓮の彼女か……、一体どんな人だったんだろう。
こんな見かけでこんな性格だ。問題ありまくり。きっと彼女は菩薩のような優しい人だったか、超好みのタイプがマニアックな人だったんだろうな、まあ、その顔を見てみたいという好奇心があるのもちょっと否定できないかな……わたし。
「で、いつ行くの」
「これから!」
「は?」
「でもウメちゃん制服なんだよなあ……そっから俺の学校バレるとまずいか」
蓮は言う。
「ではその前に」
鳥海蓮……ナニモノだ、あいつ。
わたしはブティックの鏡に映る自分の姿を呆然と見ていた。ガーリッシュなペールピンクのスカートと、それに不思議と合うモダンな柄のTシャツ。
ケーキを食べたあと蓮につれてこられたのは、女性向けの服屋だった。えーとですね、先ほどちらりと見た値札では、この組み合わせで、わたしとお父さまの三ヶ月分の食費になりますね。あとTシャツでこの価格って、このTシャツはアイアンスーツにでもなるのか?
わたしを店員さんに預けて、蓮は蓮でどっかに行ってしまったので、実際びびりなわたしは店員さんに引っ掻き回されるがままだ。
ところで、大問題なのだが。
「あああああの、わたし着ただけで申し訳ないんですが」
とてもお金払えませんということを、向こうに失礼でなく、かつ自分も恥ずかしくない言葉で表現できないかと、わたしの頭は必死で言葉を組み合わせるが、試着してしまった時点でそれは無理だ。男の店員さんだったけど、あたりやわらかで商売うまい……。
お客様、それ今日入荷したんですー(ジャブ)すっごくかわいいですよねー(ジャブ)アンティークレースの一点ものだから次の入荷はないんです(左フック)試着どうぞ、まあ遠慮なんてなさらずに(アッパー)。
「お客様可愛いし、よくお似合いですー」
黄金の右ストレート、挑戦者KO!チャンピオン防衛成功!
ダメだ……とても「結構です、おかえししまーす」とは言えない。 わあああ、蓮のバカ。何考えてんだ!
「さすがに、蓮君がつれてくるだけあるね。ほんと素敵ですよ」
「えっと、蓮はよくくるんですか?」
これはもう時間稼ぎして蓮が戻ってくるのを待つしかない。あとの始末はあいつに押し付けよう。
「あれ?」
店員さんは、おかしそうに聞き返した。
「蓮君ってば意識して秘密にしているのかな。ここ、蓮君の御両親のお店ですよ」
「はあ?」
「蓮君のお母様は元モデルなんです。今はあちこちで美容や人生観とかに関してエッセイとかお書きなんですよ。お父様はデザイナーで。光る鳥・歌う海ブランドって知りません?鳥がメンズ、海がレディスで。お父さまも昔はモデルだったそうですよ。……あれびっくりしちゃって」
びっくりしました。
そんなオシャレ夫婦からあんないけてない息子を作り出す遺伝子の神秘に。
そうかこうやって突然変異をつくりだすことで、生き物は進化してきたのかもしれぬ。まてよ、もしかして養子か?ほんとは養子なのか?だったらあいつの意味不明な言動にも若干の同情の余地をみとめるのもやぶさかではないが……。
「おー、出来た出来た。なかなかだ」
突然、上から目線の声が聞こえた。ふざけんな蓮、わたしは帰る!と漢らしく言って、試着を脱いで(み、未練なんてないナリー!)とっとと帰ろうとしたわたしは、最初の一言を言うまもなくぽかんとしてしまった。
そこに居たのは、身長180センチを超えるモデル体型の(足長い……!)、男子だった。ちょっと長めの髪は、荒削りに結わえている。いい塩梅に色の落ちたジーンズに体格のよさを際立たせるシャツ。そして高校三年生くらいには見える、すでに男前と言っていい顔。
「……どちら様?」
「俺様」
蓮は、持っていた眼鏡をかけて笑う。この厚底めがねは……!
「こ……この詐欺師……!」
「大丈夫、騙されても本望なくらい俺はいい男だから」
あはは蓮君相変わらずだな、と店員さんが笑う。確かにそうだ、中身はさっぱり変わってない。中身は同じなのに……。
「蓮君、すっごく女の子にもてるんだよね。俺は蓮君のいとこなんだけど、小さいころは年上キラーだったの、見てきたよー。多分、これからは同級生とか年下とか騙しまくるな。ほんと女タラシで。気をつけなね、君も」
「ちょ……やめてくれよ」
「そうだな。蓮君が親の店に彼女連れてくるなんて初めてだっけ」
彼女じゃない!といいたかったが、開いた口が塞がらなくてだめだ。
「で、支払いは?」
「はい、一回払いで。包まなくていいよ、着て行くから。タグ忘れないで切ってな」
蓮はひょいとクレジットカードを出した。なんであのカード、黒いんだろ。
「まって蓮。わたしこんな額払えない」
「だから俺の都合の舞台衣装だから俺が払うって。いいってことよ、あのね、俺、一成ほどじゃないけれど、お坊ちゃまだよ?あのケーキと同じくらいの感覚だから気にするな」
「気にするよ!」
金銭感覚麻痺してるぞお前!
「お礼だと思ってくれればいいのに」
「貰いすぎー!」
お礼なら米とか野菜とか肉にして!現物支給!
蓮は今まで眼鏡の髪の毛に隠れて見えなかった下でこんな顔をしていたのか、とわたしは気がつく。お調子者で、天然で、女慣れした道化。
一成君に匹敵するハンサム顔で彼は言う。
「お礼は先にしておくよ。そうすればウメちゃんもひっこみつかないだろ?おっと、可愛い靴も買わないとね」
やばい、わたしちょっと動揺している。
女の子扱い慣れてる男というものに、わたしはまだ相対したことがない。




