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王理(旧男子)高校にようこそ  作者: 蒼治
act3 五月、美術室クイーン麗香
13/105

3-3

「僕はブスの駆け込み寺じゃねえ!」


 いきなり暴言を吐かれた。

 梓に怯えているのか、美術室に帰るという麗香先生を連れて化学準備室に入ったとき、梓はぼんやりと一人、ジジくさく茶を飲んでいた。

 麗香先生を何とかするのが、この学校にとっても良い影響になるのではないかと語り、梓の助力を仰ごうとしたわたしに対して、梓が放った一言がコレだ。

 お前の血の色は何色だ。

「な、ななななんてこと言うんですか、梓先生!」

 椅子にどかっと座って梓はわたしと麗香先生を見た。

「……ていうか、薬師寺先生」

 梓の視線は、わたしを通り越して麗香先生を鋭く観察していた。まさか、店に出すとしたときの値段つけてんじゃないだろうな。

「あなたね、恥ずかしくないんですか。久賀院さんは確かにあなたより数段可愛らしい。少々縁合って、僕も少し彼女にはアドバイスしましたが、それは彼女が金も技術もないボンクラ高校生だからです。あなたねえ、ちゃんと社会人なんだから、自分でなんとかしなさいよ」

 麗香先生は、だんだんうつむき加減になっていった。沈む彼女の変わりにボルテージを上げていくのはわたしだ。

 梓、お前は男としてどうとか言うよりも、人としてだめだ。血も涙もないのかこいつ。

「仮に僕が手伝ったとしても、そこにあなた自身のどうしても見た目を変えたいと言う強いモチベーションがなければすぐにもとの木阿弥ですよ。そこの久賀院さんには、金という俗物極まりないものではありますけど、理由がある」

 赤裸々すぎて余計なお世話である。

「なんとなく、で世話を焼くほど、僕はヒマ人じゃありません」

「今、現在進行形でヒマそうに茶を飲んでいたじゃないですか!」

「教師も人間、昼休みを邪魔するな。はいはい、帰った帰った!」

 愕然とするわたし達を追い出して、梓は目の前でぴしゃりと化学準備室の扉をしめた。その拒絶の象徴を目の前に、わたしと麗香先生は凍りつく。

「……なんだあいつ!」

 わたしは低く呟いた。すいません、大声でいえなくてすいません。

「ご、ごめんね麗香先生」

 わたしは横で無言のままうつむいている麗香先生に声をかけた。どうしよう、こんなところでいきなりさっきみたいに泣き出されたら、わたしがいじめたと思われるじゃないですか。

「梓先生はさ、もともと意地悪だからさ。麗香先生のせいじゃなくて梓先生が生まれついての意地悪なんだよ。かわいそうな人なんだよ。多分クララが立っても泣けない病気なんだよ」

「……久賀院さん」

 ぽつりと言って、麗香先生は廊下を歩き始めた。慌てて追ってわたしは先生を見た。

「……やっぱり私、ダメな人だったのね」

「そんなことないですよ!」

 ううん、と麗香先生は首を横に振った。あまりよく梳かされていない髪の毛がもっさり揺れた。

「やっぱりダメなの」

 そして、麗香先生は始めて髪を耳にかけた。

「……そうよ。こんなんじゃダメなんだわ!」

「せ、先生?」

 急に先生は立ち止まってわたしの両肩に手を置いた。

「ていうか、何、あの男。ふざけんなよ!あそこまで言われて黙っていられる女がいたらその女を私は許さない。いままでの私が許せないわ!絶対変わってやる。変わってあの男を足元にひざまずかせてやる!」

 出来れば靴も舐めさせてやれ!と追従したくなったが、それが万が一梓の耳に入ったら多分命が危ういと思うので、心の中で述べるに留める事とする。

「そうですよ、先生。頑張りましょう!」

「お願い、久賀院さん、協力して!」

「言われなくてもガッテン承知です!あの野郎をぎゃふんといわせてやりましょう」

 麗香女王様……間違えた、麗香先生とわたしは拳を突き上げんばかりの勢いだった。




「梅乃ちゃん」

 授業が終わって高速で教室を出て行こうとしているわたしを一成君が呼んだ。なんだろう、わたしは忙しいのだ。早く美術室に行かなければならぬのである。

 気持ちをもてあそばれた(くらいの恨みを抱く)梓への復讐のため、わたしは美術室に日参していた。あれから一週間ほどたつ。

「梅乃ちゃん最近付き合い悪いよー」

「一成君だって、部活じゃない」

「でもさー」

「ごめんねー。また夜ね」

 そう言ってわたしは教室を出た。確かにかっこいい一成君と放課後寮でお茶したり、ゲームしたりくだらないテレビを見たりする時間は、かけがえのないものなのだ。人生でこんな至福の時間は二度と来ないかもしれない。しかし、今は女として友のためにやらねばならぬことがある。

「麗香先生!」

 わたしは、美術室に飛び込んだ。わたしの持つ鞄の中にはたくさんのメイク用品とその手の雑誌が入っていた。すべて梓直伝と言うのが死ぬほど気に入らないがしかたない。

 麗香先生は窓際で外を見ていた。

 ふとつられた私はその視線の先を見てしまう。校庭では、事もあろうに梓と理事長が校庭のサッカー部を見ながら談笑しているところだった。わたしの二大鬼門だ。

 でも麗香先生の横顔は違っていた。それが恋をしているものだと、わたしは気がついてしまう。理事長を見て、なんだか胸が痛くなるような表情をしていた。やっぱりなあと思う。あんな理事長でも、好きになってくれる人はいるんだなあ……理事長に、今の麗香先生をくれてやるのは大変もったいないのだけど、でも麗香先生が好きなら仕方ないか……。

 麗香先生の頬は、流れ落ちるさらりとした髪がわずかにかかっていた。

 ていうか、麗香先生は美人でした。まつ毛が少し短めだったり、薄い唇が少し寂しそうだったりと、今の流行からすると多少難点があったけどそんなもの最先端の科学はものともしなかった。毎日美容雑誌を見てはああだこうだと検討を重ね、かなりいい感じになってきたと思うのです。我々もまつ毛の間を埋めるようにしてアイライナー、とかいうミクロな世界を中心に頑張った。今ならマッチ棒で東京タワーがつくれそうです。


「あ、久賀院さん」

 麗香先生が振り返った。その姿をみて、わたしはちょっと得意満面だ。

 先生は、目立ちはしないけど、和風の控えめな美人と言った感じになっていた。でも今はその表情は少し慌てている。自分がどこを見ているのか知られたくないとばかりに。

 どうしようかな。つっこんできいてみようかな。でもわたしはそれはやめて気がつかなかったふりをして荷物を置いた。

 あと一歩なのだ。もうちょっとうまくいったら、恋の相談と言う次のステップにGOだ。でもそれはわたしはさっぱり役に立たないだろうけど。

「先生ごめんねえ遅くなって」

「いいのいいの。それより昨日、帰りにドラッグストアでチークを買ってみたんだけど」

「……チークかあ。わたしあまりそれはよくわからないんですよね」

「そうね。ファンデーションも使ってないものね」

 麗香先生は笑って、わたしの横に座った。ホントにやる気になれば、ちょっとの手間でもかわるようだ。

 最近麗香先生は、謎の美女で教室でも噂だ。いつのまにあんな美人教師が王理高校に現れたのかと皆疑問に思っている。いい気分だ……。

 でも、あと今一歩、何かが足りないと思っている。それがなんなのか良くわからないのだけど。

「あ、見てみて、このページにチークのこと載ってる」

 わたし達はそんな和気藹々とした放課後を送っていた。と、

「麗香せんせー、にウメちゃんだ。最近二人仲いいねー」

 美術準備室に入ってきたのは高瀬先輩だった。今日もまた絶好調に軽薄な顔だ。でも麗香先生を見ても、高瀬先輩はなんにも言わなかった。あれと疑問に思う。前の麗香先生のときにはコレでもかと持ち上げまくっていたのに。

「あ、ねー、先生。ウメちゃんちょっと借りていい?」

 へらっと笑って高瀬先輩はわたしの手を取った。

「え、なんですか?」

「ちょっと野暮用。ってもべつにいかがわしくないよん。ちょっと生徒会の記録用に屋上の写真取りたいだけ。どうせ生徒写るならかわいこちゃんがいいからね」

「それなら先生も……」

「いやいや、生徒だけでいいって」

 なんだかえらく強引にわたしは美術準備室を連れ出された。一番近い階段を上って、屋上に出る。あれ、でもおかしくないかな。

 今日は雨が降りそうな微妙な天気だし、なにより高瀬先輩ってば、カメラもってない。

「……高瀬先輩?」

 屋上に出たわたしが疑問に振り返った時、屋上の鉄の扉が重い音を立てて閉まり、先輩はそこをふさぐようにして扉に寄りかかった。その顔は険しい。

「……どういうことですか」

 頬に湿り気を帯びた風を感じながらわたしは先輩に問いかけた。

「……麗香先生をあんなにして、一体なにを考えてるんだ、久賀院梅乃さん」

「……は?」

 先輩の言っている意味がわからなくてぽかんとしてしまう。

「彼女を変えて何が狙いだ?」

「……狙いも何も……ただ化粧の仕方を少し二人で勉強しただけですよ」

「麗香先生はそんなことする必要なんてないんだ!」

 はあ?

 いまだかつてない剣幕の先輩に、わたしは唖然としてしまう。

「あんな風に見た目がよくなったからって、幸せになるとは限らないんだよ!」

「可愛くありたいと努力することがいけないんですか?」

「そんな風に美に固執して、ダメになる人はいくらでもいるだろうが!俺は麗香先生をそんなふうにしたくない。大体あの人が美人だってことは、俺しか気がついていなかったし、それでいいんだ。なんであんなに披露する必要があるんだ!あの人がろくでもない男にひっかかったら君のせいだぞ、ウメちゃん!」

 

 えーと。


 あまりにもつっこみどころがありすぎてどうしたらいいのかわかりません。可愛くなったからって、バカ男にひっかかるとは限らない、すでに以前から麗香先生は理事長と言う超バカ男に夢中だし。せっかく可愛くなったなら披露しなくてどうするって感じだし。そもそも。

「……高瀬先輩……もしかして、ほんとに麗香先生のとこ好きなんですか……?」

「ずっと前からな。いままであの人は俺だけのものだったのに!」

 ……とりあえず、あのビフォー状態で惚れたあなたの視力が知りたい。どんな異次元見えてたんだ。

「なんでどいつもこいつも麗香ちゃん麗香ちゃんって。俺だってまだきちんと先生ってよんでるんだっつーの!馴れ馴れしいヤツばっかりだ。やつらどうやって蹴散らしてくれようか……覚悟しやがれ……」

 なるほど、二年生の間ではさらに人気が高いということは麗香先生に要報告かな。喜ぶし。

「あのう、麗香先生は落ち着いてるし、そんな風にはならないと思いますが……」

「俺より年上で、落ち着いていて、経済力もあって、性格も顔もいい男が本気で麗香先生を好きになったら大問題だろう?!」

「めでたいですよね」

「梅乃ちゃんには俺の気持ちはわからない!」

 今共感できるとこミリもなかったけど。


「梅乃ちゃん、とにかく麗香先生を元の地味な姿に戻すんだ」

「いやです。せっかく開墾して、苗を植えて、すくすく伸びて、収穫してぶどう酒を造り始めたところなのに!元になんて戻せません」

「くそう」

 先輩はばこんとドアを叩いた。

「とにかく俺は、麗香先生がモテるのは認めない!」

 青年の主張が、初めて見聞きするくらいカコワルイ!!

 乱暴にドアを開けて、高瀬先輩は階段を下りていった。再びドアがしまっても、わたしはなんだか美術室に戻る気がしなくて屋上でただため息をついた。

 そんなら告白でもなんでもすればいいのになあ、さっぱりわからない。

 頬に雨が当たって、わたしは校内に戻ろうと屋上のドアを引いた。そして愕然とする。

 扉はびくともしなかった。


 それは、内側から鍵をかけられたかのように。


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