3-2
「わ、私、生まれた時から派手だったことなんてなくて。あんまり社交的でもないから、友達だってあんまりいなくって。だから一人で絵を描くことくらいしかできなかったけど、でもそれで食べていくことも出来なくて」
さめざめと泣きながら、薬師寺先生はそんなことを語っていた。ちなみに上記の言葉は要約だ。彼女の言葉をそのまま現したら、話が長くなって長くなって終わらない。
「たいした人間でもないのに、両親はこんな派手な名前をつけるから、ずっと肩身がせまかったのよおおおおおお!」
絶叫。
「あ、あの薬師寺先生」
ぐすぐす鼻をならしながら先生は顔を上げた。涙の後に、髪は張り付いて。
マジ怖い。
「これどうぞ」
とりあえず、わたしはハンカチを差し出した。相変わらずしゃくりあげながら先生はそれを受け取る。
「ご、ごめんなさい」
そっと目頭を拭って先生は言った。
「久賀院さんには何の関係もないのにね。ちょっとストレスがたまっていて……でもまわりは男の人ばっかりだったから、なんか私、いつも孤立しているような気がしていたの。久賀院さんの顔を見たら、変に安心しちゃって」
ごめんなさい、と薬師寺先生は恥じ入っていた。
あー、悪い人でもないんだなあ、この人(変な人ではあるが)。ただ、わたしよりもずっと内向的で、ストレス昇華の下手な人なんだ。あ、わたしですか?わたしは、いつもお父さまの奇行と母さんの専制に耐えていたので、ストレス耐性はそれなりにあります。
それはともかく、なんていうか、気の毒な……。
「理事長先生が、私に気を使って来てくださるのだけど、それが申し訳なくてなおさらつらいの。それに高瀬君もなんだか知らないけどああやって来て、私のところをからかっていくから……ねえ、ひどいと思わない?きれいじゃない人をあんな風にからかうなんて」
「はあ」
「どうせ私なんて何言っても傷つかないと思っているからあんなふうに無神経に言えるのよ。愛しているとか可愛いなんて、本当にそう思っているならそう簡単には言えないわよ」
「あ、わかります!」
わたしは大きくうなずいた。
中学のとき、男子はほんとに自分達が好きな子には、やっぱり話しかけられもしないくせに、適当にあしらえる子には、掃除当番代わってとか、適当に言えるんだもん。
「そうなんですよね。ああいう風に軽く言われると逆に傷つくんですよ」
「そうなのよ!」
薬師寺先生も深くうなずく。
「どうして男の人って、ああも無神経なの。私だって、言いたいことがいっぱいあるのに、こんなに回りが男の人ばっかりじゃ、言いたいことも言えない!なのに言いたいことがあれば言えばいいのに、とか」
「そうですよ、自分ばっかり正しいような顔をして!それで言いたいことを言えば『そんなこと言う人だとは思わなかった』とか」
「私が大学の時の彼氏なんてひどいのよ」
わー、とまた薬師寺先生は机につっぷした。なにかトラウマを思い出してしまったらしい。
「『君には可愛げがない』。あるわ、あるわよ!でもそんなもん、印籠みたいにつごうよくだしたり引っ込めたり出来ないだけよ!」
「女同士の時に可愛げなんて出したら無意味ですからね!だからみせるところでだけ弱さをみせているってどうして気がつかないんですかねえ。男子が可愛いっていう女子は、その調節がうまいんです。でもわたし達は電気調理器みたいに微調整ができないんですよ。わたし達はガス台なんです!うっかり弱火にすると、消えちゃうんです!」
「そうよ。オール電化は停電のときに怖いのに!」
でも基本料がまとまってお得なのだ。
あ、話がずれた。
「でもきっと、久賀院さんみたいな可愛い子にはきっと私の気持ちなんて本当の意味ではわかってもらえないわ」
「違います!」
わたしは、茶の乗っている美術室の作業代を叩いた。机に落書きされていたドラえもんがわたしの拳の下になる。
「よくわかります。すごくよくわかります。多分わたしと先生は一緒にフランス革命を起したくらいの同志です。だってわたしも、中学校の時は息をしているのかどうかさえわかってもらえない地味さだったんです」
「まさか、そんなふうには見えないわ」
「無理やり進化したんです」
数々のドーピング(ビタミンCとかヒアルロン酸とか)を行い、脱皮をして(二キロくらいかな)、保護色を身にまとったのだ(化粧とか)。
そして、わたしと薬師寺先生は時に脱線しつつ、昼休みの残り時間の全てを使って、熱く語り合い、気持ちを分かち合った。多分今なら、かつてのように共にバスティーユ監獄を襲撃できる!いや、襲撃したことないけど。
心行くまで、無神経な男子に囲まれているのがいかにストレスであるか激論をかわしたのちに、先生はぽつりといった。
「でも久賀院さんがうらやましい」
先生は結局自信なさげだ。
「ここから見ているけど、久賀院さんはそれでも楽しそうよ」
まあ、わたしのストレスは主に梓と理事長からのみ与えられているもんなあ。蓮もアホだけど我慢できないほどじゃないし、一成君は優しい。
もー、本当に理事長はなんとかならんのか、と思う。未だに理事長はわたしの部屋の前で野営をしているのだ。しかも、この間それがデラックスになっていてまたうんざり度を上げた。どこぞのキャンピング用品の店から買ってきたらしい。設置はなぜかわたしも手伝わされた。いい年した独身男が、日曜をそんなことでつぶしていいのか。人生の無駄だ。そのうちそこで飯盒炊さんとか始めたら非常に困る。
「久賀院さん、告白とか沢山されてるでしょう?」
「そんなことないんです」
わたしはまた机を叩いた。また落書きのドラえもんがつぶされた。
「やっぱり後ろ向きオーラがでてるんですかねえ。入学して一月たつのに全然なんです」
これだけ紅一点なのに、確かにわたしは誰にもそんなこといわれていなのだ。なんかせっかく可愛くしてくれた梓に少し申しわけなく思う。少しだけ。
「そうなんだ……ごめんなさい。私。教師なのに自分の話ばかりで、久賀院さんに話を全然聞いていなかったわね」
「いいんです。先生とはなんだか気が合いそうな気がします」
後ろ向きも二人揃えば逆に前に進めるかもしれない。
「わたしももう少し可愛ければ、好きな人に告白できるのに……」
ぽつりと麗香先生は言う。その切なさにわたしは先生をまじまじと見てしまった。
「先生、好きな人いるんですか」
「……うん」
髪で覆われて確認できる部分はわずかだったけど、多分、麗香先生は頬を染めた。
「えー、誰ですかー!」
「い、いえないわ、そんなこと」
「この学校の人ですか?」
王理学園に入学して初めての恋バナ。アドレナリン出てきた!
「そうだけど……」
「ええ、先生教えてよう!」
「だめよ。だって私なんかには雲の上の人だもん……。ちょっと強引で乱暴だけど、でもほんとうは優しいと思うの」
そんな王子、いるか?
先ほどまでの先生とわたしの主張との違いに首を傾げたくなったが、まあ恋とは大概盲目だから仕方ないか。王子様も信じられないような世知辛い世の中はいけません。子どもが夢を持てる社会でないと少子化はとまりませんよ!
「あまりゆっくりと話すことも出来ないけど……」
まさか!
わたしは息を飲んだ。
まさか、麗香先生の好きな人って、理 事 長 ?
理事長はここに来ることになれているみたいだった。もしかしたら二人は結構お話とかしているのかもしれない。理事長も、麗香先生には気を使っていたみたいだし。
この話題になってから麗香先生はずっとうつむいてしまってこれ以上話をしてくれそうにない。でももし、麗香先生と理事長がうまくいったら……?
もしかしたらいろいろ都合いいかも、ニヤリ。
麗香先生と理事長が付き合えば、麗香先生も自分に自信が持てるかもしれない。それに理事長だってちゃんと女の人と話せば、あの時代錯誤な考え方も治るかもしれないじゃないですか。理事長のあのアホな考えが改まれば、この高校に女子がはいりやすくなるかも。そうすれば、わたしも梓に対して鼻高々!
わたしは心のなかで邪悪に笑う。すこし梓が感染った気がしてちょっと自分が怖い。
「先生、告白とかしないんですか?」
「しないわ。できないもの……」
「しましょうよ!」
「だってわたしに言われたって、嬉しくもなんともないわ。こんな可愛くもない女だし」
「一人、手伝ってくれそうな人間がいます。行きましょう!」
「え。久賀院さん?」
わたしは麗香先生の手を掴んで、美術室を飛び出した。
「どこに行くの久賀院さん!」
「化学の梓先生のところ。あいつ美の神なんです!邪神だけど!」
「だめよ!」
ぎゃーとか、後ろで麗香先生が叫んでいる。まあ確かに梓の性格の悪さを思えば拒否したいと思うのも無理はない。でも。
目的のためなら手段を選びません。
わたしは廊下をひた走った。




