13-9
体育館からはかすかにマイクの声が聞こえていた。
「いい天気でよかったねえ」
抜けるような青空を教室の窓から見上げながらわたしは蓮に言った。
入学式日和だ。
体育館に向かうのは今日入学式の新一年生だけじゃない。入学式とつながって、生徒会が中心になった新入生歓迎会があるので、二年生三年生も、体育館に入る予定。
一成君はその準備で忙しくて今日は朝からろくに話していない。そしてさすがののらりくらりの生徒会長も今日は一年生に挨拶しないといけないから、結構ばたばたしているみたい。
「そうだな」
わたしと蓮だけがのん気だ。
「で、どうだったの、春休み」
蓮が目をそらしながら言う。おっ、わたしにそれを聞く?聞くの?聞くんだね。
「遠慮なくのろけていい?!」
「遠慮はしようぜ、一応!」
ため息つく蓮にわたしはどうしてもにやけちゃう顔を向けた。
「たくさん遊んでもらった。十郎も四月になって仕事が始まったら忙しくなるからって、すごく時間つくってくれたんだー」
「さようですか」
「映画とね、水族館とね、遊園地にも行った。あとリベンジでボーリングに行って、十郎に勝った。ドライブにも行ったし、歩くときはちゃんと手とか繋いでくれるし。十郎、超優しいんだよーう」
「思いやり皆無!」
蓮が投げてきた消しゴムが、ぽこんとわたしの額にあたった。
「いいじゃん、心ゆくまで語らせて!まだまだ話したいことたくさんあるの!大河長編と思ってくれていいから!だって蓮のおかげでなんとか上手くいったわけだし、ありがとう!だから報告させて!心ばかりのお礼!」
「そんな御礼はいらねえよ……」
ああ、でも、と蓮は少し眉を寄せた。
「でも本当に遠距離だな」
「うん。だけど、どっちにしても平日は遠距離じゃなくてもみんな会えないしね。週末が休みとは限らないけど、それは仕事上仕方ないし」
「連絡とれないし、いろいろ寂しくない?」
「ふっふっふ」
わたしは笑って鞄からそれを取り出した。
「十郎が買ってくれました!」
出したのはパールピンクのスマートフォンだ。最新機種だよー。
「買ってもらったの?」
「うん。ラインのやり取りしている。十郎も毎日くれる。最近スタンプのやり方も覚えたみたい」
「スタンプ!?あのおっさんが……あんなちまちましたもん打つのか……恋ってすげえ……。ところでそのヘボいカエル何?」
「ヘボくない!」
携帯にぶら下がっているのは十郎がくれたカエルのマスコットだ。ビーズで作った紐で携帯ストラップとして再生しました。可愛い!
「今週末も会うんだよ」
「へえ」
「反応が薄い!」
「いや、これ以上どんな反応しろっていうんだよ。おい鮎川!この外道になんか言ってやってくれ!」
通りかかった鮎川君に蓮が泣きつく。鮎川君は困ったようにわたしに言った。
「くがいんさん、ちょっとはきをつかってあげようね」
「超棒読みじゃねえか!」
「いや、俺も北原さんと付き合いなおしているから。のろけたい気持ちはすごくわかる」
「えー、付き合っているんだ、今!よかったね!」
「うん。北原さん、やっぱり優しくてさ」
「お前らなんて友達じゃねえよー!」
蓮が机に突っ伏した。情緒不安定だけど大丈夫だろうか。まあ季節の変わり目だしね。
「梅乃ちゃん」
教室に困った様子で入ってきて、声をかけたのは一成君だった。
「悪いんだけど、ちょっと手伝って」
「どうしたの?」
「生徒会長が消えた。もうすぐ新入生歓迎会だっていうのに」
「麗香先生のとこじゃないの?」
推理するまでもない。
「だって薬師寺先生からは正式に美術準備室訪問禁止されたらしいよ?」
「え、なんで?」
「『けじめ』だって。それでここ一週間ぐらい高瀬先輩泣き暮らしていてさ。うざくて仕方ない」
それは確かに筆舌につくしがたいうっとおしさだ……。熊井先輩いなくなってからタガがはずれた部分はあるな……。
じゃあ探しに行けばいいのかな、ってわたしは立ち上がった。そうだなあ、あと行きそうなところってどこだろう。とりあえず鮎川君と話している蓮は置いて、わたしは一成君と教室を出た。いつもより少し騒がしい廊下を歩く。でもその騒がしさは新しい空気みたいで、なんだか楽しい。
この忙しい時に高瀬先輩が消えたにも関わらずなんだか一成君は落ち着いている。
「そういえば、担任が誰になるか聞いた?」
「あ、そうだね、呉先生は定年退職しちゃったもんね」
「仲良くしような、ウメ」
突然背後から頭を鷲づかみされた。ぎゃって言って立ち止まる。
「あ、梓せんせー?」
出席名簿を持って梓は立っていた。……その名簿に二年A組って書いてるように見えるのは気のせいか。気のせいだよね。
「呉先生から、くれぐれも元一年A組を頼むといわれたからね、僕も頑張ってびしびしやらせてもらうよ」
うへえ、こんな楽しそうな梓、始めて見た……。
「なんで、梓が担任なの!?」
わたしは一成君を見る。
「王理の中枢の人、なんとかしてこの人事!」
「まーまーまー」
一成君は特に驚きもなく梓に笑いかけた。
「だって梓先生、授業上手だし。いいと思うけど?」
「いやだよ、平日も顔見て、休日だって家に来るんだよ、梓!」
「え。なんで休日に」
「それは僕がウメのお母さんに超気に入られているからだ」
うちの母さんは義理堅いから……。梓を殴り飛ばしたことはそれはそれとして、昨年一年間のわたって結果的にうちを助けてくれたことにかなり感謝しているみたい。しょっちゅう御飯食べに来るんだ。お父さまもなんだかんだ言って梓を信用しているしさあ。久賀院家の暗黒魔王と渡り合うってすごいよ?梓の黒魔術は限界を突破したんだ、絶対。もう伝説の三種の神器を集めないと梓を倒すことはできないに違いない。
「ちょっと!それ抜け駆けだよね、梓先生!あの時あの料亭で三人で抜け駆けしないって約束したじゃないですか」
「それがなにか?」
「……やられた……」
なに、料亭って……。あのホテルの料亭のことか、もしかして!そういえば、一成君は蓮を誘って梓に奢ってもらうとか言っていた。ねえ一体どんな三者会談が行われていたんだ。
何も言わないけれど、梓はなんだか楽しそうだ。それがかなり怖い。
「ま、仲良くしような」
鷲づかみされたまま頭をわしわし撫でられる。うう、首もげる。
「行こう、ウメちゃん」
一成君はわたしの手を引いて歩き始めた。笑っている梓を置いて階段を降りる。
「あのおっさん……」
一成君はため息をつく。
「梅乃ちゃんが轟十郎と別れるまでは、みんなで見守ろうって言っていたのに、どう考えても梓先生はフライングする気満々だ……梅乃ちゃん、寮とか学校では俺と蓮が牽制しているけど、実家では気を抜かないでね。うっかり押し倒されたりしないでね。ああ、心配だー」
実家で気を抜かなかったらどこで抜くんだ。
そもそも十郎とわたしが別れる前提で話をするとは何事じゃ!
きぃと怒ってみようかと思ったけどそういえば高瀬先輩を探していたんだっけ。大分時間も迫っているし。
一成君と二人で校内をあちこち探してみたけど、見つからない。麗香先生に途中であったから聞いてみたけど、やっぱり知らないみたい。
麗香先生はなんだか春休み中に綺麗になったみたいだ。ど、どうなんだろう、高瀬先輩となにか進展あったのかなあ。いや、なんだか大して進んでいる感じじゃないけど。
そんなわけで、新入生歓迎会開始まであと五分ってところでわたしと一成君は体育館に戻った。副会長と書記の人が和やかな顔をして話をしている。ええ、もうちょっと焦ろうよ!
「ああ、久賀院さん」
「生徒会長、見つからないんですけど」
「そっかー、それは困ったねー」
のほほんと話す。すでに新入生も上級生も体育館に入って、司会役がマイクを取るところまで至っているし。
「うーん、困ったなあ王理」
「そうですね、困りましたね。最初の挨拶はやっぱり重要ですから、適当な生徒にやらせるわけにもいきませんしね」
「こりゃ困りますね」
まったくもう、高瀬先輩ときたら、この忙しいときにどこうろついているんだ。マイペースにもほどがある。
「ああ、ナイスアイデアを思いついたんだが!」
副会長が手を打ち鳴らした。
「やはりここは久賀院さんに代理でやってもらうのがいいと思う!」
「さすが副会長!」
「俺もそう思います、先輩!」
……は?
唐突に出てきた自分の名前にわたしはぽかんとしてしまった。
「なんでわたし……?」
「前年初の女子生徒だったら十分インパクトもパンチもあるしね!」
「いや、わたしは通りすがりの善良な一生徒で、生徒会にはまったく参加してないのですが……」
「生徒はみんな生徒会の一員だよ、梅乃ちゃん」
まさに担ぎ上げられる、という勢いでわたしはステージの方に押されていく。まてまてまて、なにかしら、この謀られた!感は。わたしは梓の呪縛から解けたから、もう学校守り立てるために死力を尽くす必要はないんですよ!
「ちょっと待ってくださいよ!本当にわたし、無理ですって!カンペもないし!」
「大丈夫だよ。去年、カンペなくてもいい新入生挨拶したじゃん梅乃ちゃんは」
しれっと言う一成君だけど、原因がどの面下げてそう言いきるか!
「それに、どうでもいいようなむさい生徒に挨拶されるよりは、やっぱり可愛い女の先輩に迎えてもらった方が嬉しいって」
えー、可愛い先輩かあ……どうしよ……えへへ。
って笑っている間に紹介されてステージに突き出されてしまったではないか自分!バカ!一年たってもお調子者っぷりは全然なおってないよ、わたし。
マイクを持たされてわたしはおろおろしながらステージに出てしまった。そこで信じられないものを見つける。
体育館二階通路でライトを調整しているのは高瀬先輩ではないか!
ああ、自分のスタンスが今ばっちりわかった。
『やっぱりさー、挨拶は女の子のほうがいいよね。そのほうが絶対面白いって』って言ったんだ、高瀬先輩が!聞いてないけど一字一句間違ってない自信があります!
面白いか面白くないか、そして麗香先生だけが全ての基準の生徒会長め……!
めっちゃご機嫌でわたしに手をふっている高瀬先輩を、心の中でとりあえず呪い倒しながら、わたしは並んでいる生徒に笑顔を向けた。内心大パニックだ。
うわあ、どうしよう。なんていえばいいんだ。
わたし、去年はなんて言って挨拶したんだっけ。
……ううん、ちょっと違う。去年は去年、今年は今年。だってわたしは今、迎える側なんだもん。でも、去年はなんて言ってもらいたかったのかな。わたし、どんな気持ちだったんだろう、迎えられる側だったときは。
そして受け入れてもらった時は。
わたしはマイクを握る。
「二年の久賀院梅乃です。ええと、みなさん……」
次の言葉は次の瞬間にまた考えよう。とりあえず今はこの言葉だ。
「王理高校にようこそ!」
こちらで完結となります。
サイト時代からお付き合いいただいた方、初めて拙作をご覧いただいた方、皆様ありがとうございました。
感想、レビュー、ポイントなど頂戴できれば嬉しいです。次作への励みとなります。
それでは、また別の話でお会い出来たら幸いです。




