Ep16 怪人
「管理長官への直談判や議論は規約に則り、不正のないよう全て公開される。今から行う会話は怪人地区全てに放送される」
青崎は自身の個人端末を取り出すと、クロキに見えるように掲げて見せる。
「この端末から僕の権限で全てのスピーカー、モニターにこの場を放送する。……勝負怪人、発言内容によっては自身の首を絞めるぞ。僕を糾弾しようとした結果、僕の正当性を証明してしまうこともあるだろう。その場合、この件に関して全ての怪人は僕に逆らえない。そんなの聞いてない、の一言が言えないからだ」
「つまり、俺一人に怪人地区の全てが懸かっていると?」
「わかっているじゃないか。それでも続けるのか?」
クロキは苦笑して、それから青崎に好戦的な笑みを浮かべる。
「わかりきったことを。とっとと放送しろ。……勝負だ、青崎」
端末が点灯し、放送を開始する。クロキは一方的に勝負を宣言すると、そのまま青崎より先に切り込んだ。
「表で暴れている機械人形は、お前が操作している。そう見て良いな?」
「……あぁ。僕が操作している」
クロキはまず、確定している事の言質を取った。これにより、あれは暴走した結果で自分とは関係ない、などと言った安い言い逃れを塞ぐ。
「その必要性は何だ? あの機械を使用する目的と、理由を明確にしてもらおう」
破壊行為や機械を暴れさせる理由。そこに正当性など存在しない。だが青崎は表情を変えずに返した。
「機械人形か。それをリセットと呼ぶが、このリセットは管理官の管理対象に含まれる。今回このリセットの起動を確認したため、その危険性及び有用性を確認するためのテスト運用を行った。新しく発見された道具がどんなものか、それを確認するのは管理長官の職務範囲と言えるし、それについて何ら許可を必要とはしない」
あくまで破壊そのものが目的ではないと言い切る青崎に、クロキは犬歯を見せるように笑った。こうでなくては、勝負する甲斐もない。
「ならテスト期間を明確にしてもらおうか。現に家屋を中心として被害が出ている。もうテスト運用は充分だと見えるが、まだ何か試す事があるのか?」
「当然だ。次は機械の連続稼働時間をテストする必要がある。加えて耐久テストも考えている。動く限り、その能力を確認する」
青崎とのやり取りの中でその主張を破壊し、矛盾を突き付けることができなければ青崎を止められない。
互いに互いが屁理屈や言い訳の類を並び立てることを前提とした議論である。これは本来行われるべき議論から主旨を大きく逸脱している。しかしそれでも、ヒト回路によってこの戦いは成立している。
クロキは青崎を睨み付け、続けた。
「テストと言うが、住民に対する人的被害はどう釈明する? 完全に暴力行為、それも行き過ぎたものだ」
決して無視できないカードのはずだったが、青崎は切って捨てるように疑問符を置いた。
「人的被害とは?」
「リセットの破壊行為による怪我人、あるいは死者についてだな」
「そのような報告は受けていない。人的被害があると言うなら、その証拠を持って来なければ応じられないな」
「……そこの壁から下を見れば、いくらでも証拠があると思うが?」
「見れば、な。いや正確には、見てそこで人的被害があれば、だ。僕はそんなことをしない。壁の穴に近寄って、お前に突き落とされたらどうする。僕は勝負怪人を信用していない。確実にリセットによる被害者である人物がいると、信頼できる情報元からの報告を受けない限り。その人的被害とやらは僕の知る所ではない」
見なければ、それは存在しないのと同じ。そんな子供じみた解答で応じる青崎に対し、クロキは舌打ちを一つ。
「これで終わりか? 勝負怪人」
「……まだ、まだだ!」
青崎の放つ冷たい視線を切り払うように、クロキは片手を振って見せる。
「性能テストと言ったな? なら建物への被害はどう捉える。まさかこの破壊音を聞こえないと言うつもりじゃないだろうな? 壁まで行かなくても、ここからでも破壊音は聞こえるぞ。加えて、操作をしているお前が建物の倒壊を認識していないとは言わせない。もし認識していないなら、その程度の操作性で運用テストを行ったことに対し、別口で苦情を言わせてもらおうか」
「それは怪仁会による爆撃が原因と考えられ――」
「――ない。何故ならお前の操作画面に怪仁会の動きが見えているからだ。怪仁会の攻撃は全て、リセットにのみ注力している。それはお前自身が見て確認している内容だ」
「……」
青崎は眉間に皺を寄せると、不快そうに首を捻った。
「釈明してみろ。不当に建造物を破壊したことを否定できないなら、その時点でお前の不正行為が確定する。論理崩壊待ったなし、俺の勝ちだ」
だが青崎は一拍置いて答える。
「……建造物の破壊が事実として。だとして、そこに問題はない。全ての建造物は人類によって管理された物だ。怪人の所有物ではない。よって、その如何は管理長官の権限が及ぶ範囲にある」
「つまり、俺のモノをどうしようが俺の勝手だ、と言いたいのか?」
「どう受け取っても構わない」
クロキは一歩踏み出してやり取りを続ける。
「……さっき、人的被害は確認できなければ無意味だと言ったな。なら人的被害が予想される運用テストを行った責任はどうする。告知なく建造物の破壊を、それも意図して行ったと認めた以上。人的被害を予測していないとは言えないぜ」
「……人的被害か」
「あぁ。お前は認めないが、事実こうしている間にもそれは起きている」
「……」
青崎は壁から見える青空に視線を送り、それから俯いた。
「さぁ、答えろ! 青崎!」
しかし青崎は肩を震わせていた。そして静かに聞こえたのは笑い声である。
「くく、くっくく……。面白い事を言うじゃないか、勝負怪人」
顔を上げた青崎は口角を上げ、口を開けて笑った。
「まるで、死んではいけない者が死んだような口ぶりだな」
ははは、と笑う青崎。その言葉の意味が理解できなかったクロキは、青崎の次の言葉を待ってしまう。
「問おう。この地区に住まう者は全て何者か?」
青崎は笑顔の形に歪んだ口元を押さえると、元の表情のない顔を作り直した。
「この地区にいる者は全て、怪人である。人類とは一線を画す、人権のない者だ。人権のない怪人が何人死のうと、その責を問う法律などありはしない。仮に咎められるとしても、それは管理長官の職務における管理不行き届き。仕事上のミスに過ぎない。ミスとして確定する前の現時点において、僕を罰するルールはないし、何のルール違反も犯してはいない」
「お前……!」
怪人地区を怪人ごと粛正する。ツムギの言った言葉は真実であったと、クロキは改めて理解した。
そしてツムギの言葉を聞いた時にクロキが推測していたのは、青崎にとって致命となる事実。青崎がこれを否定することは不可能で、恐らく必殺の一手になる。
「なら……。お前もまた、その適応範囲だ……」
クロキは鋭く睨み付け、青崎の反応を見る。様子を見るに、この事実に気が付いていない。であれば、ここで決着をつける。
「青崎。お前……」
クロキの右手が上がり、突き付けた指が告げる。
「本当は、怪人だろ」
青崎の瞳が大きく開き、クロキはその推測が正しくあることを確信した。
きっかけはツムギの言葉だった。青崎は怪人地区を粛正し、怪人を皆殺しにしようとしている。
その言葉を聞いた時、クロキは小さな違和感を覚えた。
青崎は人類であり、完全にヒト回路の制御下にある。暴力も、モラル違反も、法律違反も、闘争も、全て不可能のはずである。その青崎が怪人を皆殺しにするというのは些か信じられない。
道中ツムギから聞き取った話では、青崎の操る機械兵器はヒト回路の制御下にあっても暴力を行使できる代物である。確かに人類である青崎が目的を達成するために選ぶなら、これは道理に適ったもので間違いない。
もし仮に青崎が人類でなく怪人なら、自身の怪人特性でヒト回路を突破し、自ら殺戮を行えば良い。そのための武器くらい簡単に入手できたはずである。
一見して何の矛盾もない。だがそもそも何故、青崎はリセットを欲してまで殺戮を望んだのか。
順法精神に満ちた人格でありながら、願ったのは殺人による粛正。
そのちぐはぐな事実に対し、クロキは邪悪に笑った。
「当ててやろうか。お前の正体を」
「僕が、怪人だと? そんなバカな事が……」
一歩、二歩と後退する青崎。クロキは追いうちをかけるように、告げる。
「正義怪人アオザキ。それがお前の正体だ」
「正義、怪人……?」
青崎が後退した分だけクロキは距離を詰める。
「よく出来た怪人特性だ。人類領域にいても、誰も気づきゃしないだろう。自分でも自覚がなかっただろうな。だがお前の偏執的なまでのルールへのこだわり、そして俺たち怪人に対する攻撃性。挙句、忌み嫌う怪人地区に自分から来ておいて勝手に粛正だの何だのと殺戮を始める。こんなことを計画し、実行するのは怪人の特徴だ。これが人類なら、怪人を殺してまでという発想は浮かばない」
「僕が、怪人……?」
「あぁそうだ! お前も結局、こっち側だったんだよ!」
クロキの言葉は青崎に浸透し、逃さない。
青崎は震える手で自身の心臓を確かめるように触れ、その鼓動を確認する。自身が怪人であったなどという事実は、怪人でありながら管理長官に就いていたという法律違反をヒト回路に認識させる。
青崎の肉体は、これまでの怪人に対する嫌悪と相まって論理崩壊を引き起こす。
そのはずであった。
「僕は、僕は……!」
青崎は生まれて初めて、その怪人特性を発現させる。
「僕は、怪人ではない!」
正義を成す。そのために青崎のヒト回路は動作を止めた。その一瞬で、即座に自己弁護を組み立てる。
「怪人の定義とは! 人類の定めるそれによって認可を受けた者の事だ! 僕は怪人認定を受けていない! よって、ルールに則り人類であると断言できる!」
「なんだと!」
「僕に怪人の素質があるか否か、そんな事は問題ではない。僕は、怪人として登録されていない! この事実がある以上、僕が人類である事は誰にも否定できない! 僕が怪人認定を受けるその日まで、僕は現時点で人類だ!」
それは青崎が初めて見せる表情だった。激情に燃え、その目に激しい炎を宿す。全てを焼き尽くすその視線は、クロキにとっては見慣れたものでもあった。
青崎のその目は、怪人特有のそれである。
「何とも薄っぺらい理屈で挑んできたものだな、勝負怪人! 僕ならそうしない! おとなしく世界の片隅で這いずり回っていれば良かったものを!」
「……」
ごうごうと瞳を燃やす青崎は吠えるように叫んだが、その感情的な姿とは対照的にクロキは沈黙する。
何故なら、青崎は致命的なミスを犯したからだ。そしてそれは青崎もまた理解していた。その焦りを隠すように青崎は片手を振り、クロキを睨みつける。二人の視線が交差し、クロキは口を開いた。
「わかってるはずだ。もうお前は負けている」
「言葉遊びで世界が変えられるものか!」
ヒト回路は個人の認識を基とする。決して書類や法律ではない。つまり青崎がどれだけ書面上で、法律上で、ルール上で人類であろうと意味がない。重要なのは、青崎本人がどう認識しているかだ。そして今、青崎は自身が人類であるか否かをヒト回路ではなく、ルールを根拠としてしまった。
その根拠を主張するために、怪人特性を発現させた。その事実は誰あろう、青崎本人が最も正確に認識できてしまう。
己が人類ではないと、ルールではなく、己の魂が認識してしまう。
「ルールで決められた通りにヒト回路が動くなら、俺たちは怪人にならなかった。自身の在り方をルールではなく、自らに問うのがヒト回路だ。青崎、お前は……」
「怪人などでは、ない! 断じてだ!」
その叫びはまるで、魂から絞り出した悲鳴のようだった。
「怪人が! 邪悪が! ああああ!」
青崎は意識的に大声を上げる。出来る限り何も考えないよう、何も認識しないよう。少しでも人類でいられるよう。ソレを認識してしまうまでに残された時間で、事を成さねばならない。
「リセットよ! 邪悪を薙ぎ払え!」
青崎は操作盤に振り向くと、素早く入力。目の前の邪悪を消すため、正義の鉄槌を振り下ろさなければならない。何かを考えてしまう前に、そうしなければならない。
青崎は背後に立つ治安維持機構に行動を指示する。攻撃命令。対象の破壊を最優先。
「そいつは目視できないことを理由に使うことで、ようやくヒトを攻撃できる道具だ。それを目の前のヒト相手に使うなど、その意味をわかっているのか? 仮にお前が人類だったとしても、法律違反の現行犯だ」
クロキは青崎の指示で動き始めた鉄腕を視界に入れながら続ける。
「それを無視して出来るなら、それは怪人特性の使用を意味する。ルールや書類の話じゃないぞ。ここまでして、まだ自分を怪人ではないと言い続ける気か?」
「黙れ! 死ね!」
「フン! とうとう言い返す言葉もなくしたか!」
クロキは青崎が怪人特性を使ったことを受け、自身も怪人特性を発動させる。巨大ロボに襲わせようと言うのだから、これはそういう勝負だ。
内ポケットから二本のバタフライナイフを取り出すと、素早く投擲。空気を切り裂いて飛翔する刃は、青崎の頭部を容赦なく襲う。
「救助要請!」
しかし無情にも刃は落ちてきた鉄腕に弾かれる。
「クソが!」
短く悪態をついたクロキは、アカバネのグレネードランチャーくらい持ってくるべきだったかと考える。
「姑息な! 卑怯な! 邪悪め、邪悪め! 怪人が! 死ぃねぇぇ!」
顔を覆い、体をくねらせた青崎が絞り上げるように悲鳴じみた叫びを上げる。
「攻撃指令!」
それが合図だったように、治安維持機構は右腕を振り上げる。だがクロキはそれを見据え、迫りくる鉄拳に吠えた。
「救助要請!」
寸での所で、治安維持機構は行動を停止した。そしてクロキは素早く内ポケットに手を滑り込ませると、ソレを握って取り出す。
「こいつで終わりだ! 青崎!」
それはヒト回路がある世界において、使用できる人物はほんの一握り。黒く輝くその武器の名は、拳銃。ナイフしか見せていない青崎にとって、キノセ製の拳銃は完全に想定外であった。
救助要請をかけた治安維持機構は、一時的とはいえ完全に停止。引き金に指をかけたクロキは、勝利を確信した。
しかし、青崎はそれより早く告げ終えていた。
「管理者権限! 防御指令!」
迫る銃弾に対し、治安維持機構の右腕が壁のように立ちふさがる。銃弾は派手な金属音を上げたが、それ以外の結果を出す事は出来なかった。
「バカな……。管理者、権限だと……?」
全ての命令や指示、操作に対し、強制的に上書きして最優先指令を出す。青崎の持つ管理者権限によって、クロキの救助要請は塗り潰されていた。
「続けて、攻撃指令!」
その鉄腕が持ち上がる。改めて向けられたその拳は、今度こそ救助要請で止まりはしないだろう。また、拳銃を一度見てしまった青崎は治安維持機構の背から体を出そうとしない。
「クっソぉぉ!」
断末魔の悪態が口から噴き上げた。クロキは自分に落ちて来る銀色の鉄塊に対し、成すすべもなく睨み付ける事しか出来なかった。
青崎とのやり取りに間違いはなかった。このまま行けば、間違いなく青崎は自身を怪人だと認識し、そこから敗北に追い込めるはずだった。今度こそ勝てるはずだった。
敗因が何かと問えば、それは間違いなくリセットの差だ。青崎にはそれがあり、クロキにはなかった。
やはり一人では勝てなかった。
クロキの視界いっぱいに広がった鉄塊。死の間際の瞬間が引き延ばされ、ゆっくりと時間が流れるその時。
滑り込むように割って入ったのは、小柄な少女だった。
「えぇーい!」
「バカが! 何をしている!」
その姿を見て我に返ったクロキは、目の前に現れたツムギを突き飛ばそうと手を伸ばした。
「いいえ! 死なせません!」
逆にクロキの手を払いのけると、ツムギは両腕を広げて鉄塊と相対した。
「やれるもんなら!」
ツムギは一歩も退かず、堂々と叫んだ。
「やってみろぉ!」
その行動にどれ程の意味があっただろうか。あっけなくツムギの肉体は吹き飛び、クロキもろとも肉塊になってしまう。そんな未来を幻視したクロキは、驚愕と共にその光景を見る。
「そん、な……」
誰より驚いたのは青崎である。ツムギとクロキを吹き飛ばすはずの巨大な鉄腕は、あとほんの少しという所で急停止したのだ。
「ふ、ふふ……。なんとか、間に合いました……」
その声は僅かに震えていたが、その目には確固たる光が灯っていた。




