Ep11 暴力怪人
コーダとキノセ、そしてクロキの三人を先導してアカバネは言った。
「あたし一人が認めようと、他の奴らは納得しない。あんたは入会しないし、一人の方が上手くやれると思ってるし、リセットを使おうとしている。そのくせ自分の女は助けたいと言って、あたしらの作戦に途中から乗せてくれと言う。そんな奴をどうして信用できる」
吐き出す煙の行方を眺め、アカバネは続けた。
「だからあんたには、それでもなお連れて行くメリットがあると証明してもらう」
到着した場所はちょっとした広間になっており、その開けた空間には怪仁会のメンバーと思わしき人々がいた。皆一様にクロキを見て、何事かと囁き合う。
「おら、お前ら! この兄ちゃんが今頃来て仲間に入れてくれってよ! 試してやるから全員見な!」
腹の底に響くような大声でアカバネが叫ぶと、広間を囲むように大勢のヒトが集まってくる。そのうち半分くらいは状況をよく理解していない様子だが、クロキを知っている者から徐々に情報が伝播していく。ざわざわと話し声が取り巻く中で、アカバネは腕を組んでクロキと向かい合った。
「で? テストと言うからにはクイズでもするのか?」
「あぁそうともクイズさ。カンニングは出来ないから覚悟しな」
そのやり取りを見たキノセが、慌てて二人の間に割って入った。
「ちょ、ちょっと待って欲しいっスよ! クイズってそれまさか……」
「なんだいキノセ、わかってんのかい? ちょっとした禅問答さ」
「それはズルいっス!」
「へぇ……あんた、あたしに盾突こうってかい?」
「だ、だってそれは誰も出来たことないっス! こんなの、クロキさんに諦めろって言ってんのと同じじゃないっスか! 頭まで下げたヒトにこんなの、姐さんらしくねぇっスよ!」
キノセがそう言うと、アカバネは軽く首を振った。
「あたしはこいつを連れて行くのには最初から反対なんだ。いなくても困らない。どうしてもって言うからテストしてやるのさ。不可能をひっくり返す奇跡くらい見せてもらわないと、他の奴もあたしも納得は出来ないね」
「だからって……」
その時、キノセは肩を掴まれる。クロキの右手が乗り、そのままぐいと押されてバランスを崩した。
「どいてもらおうか、キノセ嬢」
「クロキさん! こりゃ最初から受けない方が良いっスよ! だってこれは……」
軽く手を振り、クロキはその先を止めてしまう。
「察するに、誰も正解した事がないクイズがあるのだろう? だがクイズには正解が存在する。まずは問題から聞かせてもらおうか?」
「良い度胸だ。コーダ! 準備しな!」
周囲のざわめきが大きくなり、クロキを包む。コーダだけがその輪から外に出ると、アカバネは数歩ばかしクロキから距離を取った。
「禅問答ってのを知ってるかい?」
「あぁ。興味はないがな」
「結構。普通の禅問答ってのは、弟子が高僧に質問するもんさ。だが今回の出題者はあたしだ。逆さ禅問答、と便宜上呼んでるよ」
「俺がその名前に興味を持つと思うか? とっととクイズとやらを始めろ」
「ま、慌てなさんな。コーダが今準備してっから、それまでルールの説明をしてやろうじゃないか」
もう何本目か、新しい煙草に火を点ける。
「ルールは簡単だ。あたしの出す問題に正解できれば良い。何度答えたって構わないよ。ただし、制限時間はある」
ゆらめく煙の向こうで、アカバネの視線はクロキを捉える。
「制限時間は、あんたがその場を動くまで。そこを一歩でも動けばそこで終了だ。動かない限りは何時間考えても良いし、何ならキノセと相談しても良い。どんな道具を使っても構わないよ」
そこまで説明し終えると、集まっていた人垣が割れる。そこには巨大な手斧を引きずるように持つコーダがいた。
「ところで勝負怪人。うちのコーダがどんな怪人か知ってるかい?」
「さぁな。ここにいる時点で碌な怪人特性ではなさそうだが、そいつに興味はない」
「そりゃ残念だ。だがせっかくだし、あたしから教えてやるよ」
アカバネの隣に立ったコーダはその手斧を振りかぶり、肩に乗せた。肉厚な鉄の塊が陽光を反射し、鈍く輝く。
「こいつは暴力怪人コーダ。怪仁会の切り札だ」
「ひぃっ!」
悲鳴を上げたのはキノセである。
「キノセ嬢はあいつが暴力怪人だと知らなかったのか?」
「し、知ってるっスよ! だから怖いんじゃないっスか!」
「だが今まで普通に話していたではないか」
「……普段は姐さんの言いつけがあるから、暴力を抑えてるんスよ……。姐さんが許可を出したら、コーダさんは……」
「なるほど。そういうことか」
怯えた様子のキノセを背に庇うように立つと、クロキはコーダを眺める。心なしかギラギラとした視線を放ち、こちらの首や胸などの急所を品定めしている様子だ。
「さて。ルールの続きだ」
「まだあったのか」
「あたしはこの問答の最中で、誰が何をしようと関知しない。仮にあんたの頭がカチ割れようと、知ったこっちゃあないってことさ。この前みたいに、あたしに対して救ってくれと言っても無駄。あたしはこの問答の間はあんたを救わないと宣言するよ。何かあっても逃げない奴が悪いだけの話だ。救われようとしない奴は救えない。これもまた、あたしの教義のひとつなんでね」
これでルール説明は以上。そうアカバネが締めくくると、クロキのジャケットをキノセが引いた。
「クロキさん、やめた方が良いっス。これはコーダさんにやられるか、それとも逃げて動いて終了になるか、そのどっちかって話なんスよ!」
「……そうか? あの斧が俺に命中する前に正解できれば良いだけだろう」
「何言ってんスか! これは今まで誰も出来たことないんスよ! わざと諦めさせるためにコレやってんスから!」
一向に慌てた様子を見せないクロキの態度にキノセは焦り、コーダとの距離を指して声を上げる。
「大体、コーダさんが三歩も進めば終わりなんスよ! その間に正解を即答するって、本気っスか? 変な意地張ってないで別の方法を考えた方が良いっスよ! つーか、あの子を助けるのはウチらに任せて欲しいっス!」
「まぁそう慌てるな。諦めるのは問題とやらを聞いてからでも遅くない」
淡々と頷いたクロキは、アカバネに視線を向ける。
「良いだろう。そのルールでやってやるから、早くテストを続けろ」
そしてクロキは邪悪な笑みを浮かべる。胸に湧いた歓喜が肺を満たし、とうとう言葉となって口から溢れる。
「さぁ、勝負だ」
その一言がきっかけとなり、アカバネは逆さ禅問答の問を繰り出した。
「今。この場に一つだけ嘘がある。それは何だ?」
その問を告げ終わると同時に、コーダがゆっくりと一歩踏み出す。
「く、クロキさん! にげ、逃げるっスよ! なんスか嘘って! ヒト回路があるんだから、そんな簡単に嘘なんか言えないっスよぉー!」
「ほう? キノセ嬢にしては賢い事を言う。実は誰ならば嘘をつけるのか、というのもヒントになっているのだが、そこまで気づいているか?」
コーダがもう一歩迫る。
「クロキさん! 早く逃げるっスよ!」
「あぁうるさいな。そうわめくな。問答の答えはもうわかっているんだが……。せっかくだしな。俺に逃げる必要などないことを一つ一つ解説してやるか」
そして次の一歩で、コーダの手斧がクロキの頭蓋目がけて振り下ろされた。
「まず」
そしてクロキは軽く頭を逸らすと、その目の前で斧が停止するのを見た。止まった刃を指で軽くなぞると、キノセに振り向く。
「この斧は俺に当たらない」
ぺたり、と尻餅をついたのはキノセである。
「今までの挑戦者はここでギブアップだったろう? だが、俺にこの手のまやかしは効かない。このコーダとは入り口で口論になったが、その時点で俺は暴力を受けていない。暴力怪人コーダは、暴力を行使する事ができない状態にあるはずだ」
「そ、それは姐さんが禁止してるから……」
「と、いうことだったな。だが俺はそこから疑問を感じていた。それは有り得ないからだ」
「ど、どうしてっスか……?」
コーダの表情は怒りと焦燥に歪み、額に汗の玉が浮いている。
「簡単な話だ。暴力を禁止することが可能ならば、怪仁会にコーダはいない。それはつまり、日常的に怪人特性を抑えておけるということだ。だがそんな奴が怪仁会に入会するとは到底思えない。抑えられるような奴は名誉人類でも目指して真面目に働くのが通常だ」
ここまで言えばキノセは察するだろうか、とクロキはぼんやり考えながら続ける。
「キノセ嬢は組み立てることを、あいつは好奇心を、俺は勝負を。誰かに禁止されたくらいで捨てられるのか? 暴力怪人は暴力を我慢できたりしないだろう」
おまけに補足するならば。
「何より、ヒトを救ってなんぼと豪語する修道女が殺人を選択肢に入れたテストを行うとは考えられない」
よって、とクロキは結論を言葉にした。
「この場にある嘘とは、暴力怪人の存在」
人差し指をアカバネに向けると、クロキは問への答を返した。
「答えは、コーダが暴力怪人というのは嘘である」
そしてしばしの沈黙が辺りを支配した。キノセの荒い呼吸音が耳につき、アカバネのマッチを擦る音が響く。
「……正解だよ」
はぁ、と悔しそうに煙を吐き出したアカバネはじろりとクロキを睨む。
「あんたのせいで、もうこのテストが出来なくなっちまったな……。おいコーダ! もうそんなモン引っ込めな! 兄ちゃんの勝ちだよ!」
「ぐ、ぬぬ……」
アカバネよりも更に悔しそうに、奥歯を噛みしめたコーダは手斧を下ろす。クロキはゆったりと辺りを見回す。
「さぁ、俺の力を見ただろう! 勝ったのは俺だ! 俺は勝負怪人クロキ! 好奇怪人の奪還作戦に力を貸してやろう! まだ俺の力を見たい奴がいるなら、何人でも束になってかかって来い! 好きなだけ勝負してやるぞ!」
「だ、そうだ。全員見たな! この兄ちゃんを奪還作戦に参加させる! 文句がある奴ぁ今の内に言いに来な!」
クロキの言葉をアカバネが後押しし、怪仁会とクロキは正式に協力する事となった。いつの間にかクロキを品定めする囁きは消え、今度はクロキが全員をゆっくりと眺めていた。
「あ、一個だけ良いっスか?」
ふとキノセの声が上がる。
「ダサコーデのくせに、俺とやる気か?」
「おしゃれバトルならいつでも受けて立つっスけど、そうじゃねーっス」
キノセの視線はコーダに向けられている。
「暴力怪人じゃねーなら、コーダさんの怪人特性って何だったんスか?」
クロキとキノセだけではない。今まで暴力怪人として扱っていた大勢の視線がコーダに向けられた。
辺りを見て、最後にアカバネを見るコーダ。しかしアカバネはゆるゆると首を振って、観念しろと一言だけ告げた。
「俺は……」
コーダは躊躇いがちに言った。
「……愛猫怪人コーダだ」
猫好きの度を越えたコーダの怪人特性は、猫の関わる事であればヒト回路を無視して行動できるというもの。
そして身に纏った筋肉の鎧は暴力怪人であると印象づけるためのもので、猫とは無関係である。コーダは今日で筋力トレーニングから解放され、その時間を猫との時間に充てる事が出来る。
「愛猫怪人……」
キノセは両手で口を覆った。
「つ、つまり……。コーダさんは荒くれ暴力男じゃなくて、鍛えてるだけの猫好きお兄さんだった……って事っスか! あぁっ! 言われて見れば確かにコーダさんって猫いっぱい飼ってたっス!」
驚きはしゃぐキノセと反対に、クロキは急速に興味が失せるのを感じ、コーダを無視してアカバネの前に立った。
「猫でも犬でも何でも良い。それよりわかっているな」
「なんだい? ウサギでも飼いたいのかい?」
「俺の怪人特性を強化してもらおう。元々それが目的でここへ来たんだからな」
「あぁ、何だったか、そんな話をしてたね。どうするつもりだい?」
「大したことではない。俺とお前で、ひとつ勝負をしてもらう」
そしてクロキが詳細を伝えると、アカバネは感心したように目を開いた。
「へぇ、そんな方法があったなんてね」
お前と勝負をしない。そう相手に宣言されても、怪人特性を失わずにヒト回路を無視する方法。クロキのそれは、アカバネの協力によって成立した。
「いいよ。その勝負、受けてやろうじゃないか」
クロキは自らの怪人特性に力が宿るのを感じた。ヒト回路の制約を感じない。これで戦える。勝負が出来る。
「待っていろ青崎……。今度こそ、勝負だ」
クロキは獰猛な笑みで、遠くに見える管理塔を睨み付けた。




