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怪人地区  作者: 蛇子
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Ep10 怪仁会



 怪仁会の縄張りは、怪人地区の中でも管理塔から離れた一角にある。陽光を背景に、クロキはその入り口に立った。

 そこは一見しただけでも異質だとわかる。灰色に統一され、同じような形と大きさの建物が並ぶのが怪人地区だ。その中でそこだけは、色があったのだ。

 通り一本を挟んで、その先の建物は外壁や屋根がそれぞれ好き勝手に塗装されている。どころか、装飾品や置物などと言ったものもあちこちに見える。この辺りに住む怪人は皆、ルールを守る気が一切ない。自分たちのやりたいように生活しているのだろう。


「工場で会った彼がこれを見て、何と言うだろうな」


 邪悪と混沌が渦巻く怪仁会の縄張り。まともな感性の人類ならそう見えるだろうが、その様子はクロキにとって何だか心地良い景色でもあった。こっちの方が落ち着くじゃないか、と皮肉めいた笑みを浮かべる。

 そして堂々と道の真ん中を歩き、縄張りに入ってやや歩いた所でクロキは立ち止まった。見覚えのある男が道を塞いでいる。


「待った。この先は怪仁会の会員だけを通している。お前が名誉人類でも、俺たちを殺しにきた訳でもないことは知っている。だがそれでも、ルールはルールだ」


 いつだったか、アカバネがコーダと呼んだ男だった。


「ルール? 怪仁会にそんなものを守る気概があったとはな。……さりとて俺は怪人だ。怪人らしく、目の前のルールは押し通るまでだ」


 楽しそうにクロキが言った辺りで、クロキがナイフを取り出すよりも先にコーダが動いた。


「お前とは勝負をしない」

「なっ……!」


 そして懐に入れた手が固まるのをクロキは感じる。


「全ての名誉人類にはもう通達されている。当然、俺たちの情報網にも入ってくる。勝負怪人は一言で封殺できるってのは、もうバレてるんだよ」

「……」


 クロキは奥歯を噛みしめ、それから次の一手を考える。と、同時に背後から声をかけられた。


「あれー? クロキさんじゃないっスか! おひさしーっス!」


 トラックスーツの上にスカジャンを着た女性が、ぴょこぴょことステップを踏んでクロキの隣に立った。


「麗しのキノセ嬢か。久しぶりだな。相変わらずのダサコーデで安心するよ」

「……とか言っても、ウチ的にはクロキさんの真っ黒コーデも大概にヤバいと思ってるんスけどね」

「黒は何者にも染まらない誇りある色だ。それに高級感もあるぞ」

「そんな話してないっスよ。全身真っ黒がヤバいって話っス。もしかしてクロキさんって割とバカなんじゃねーっスか?」

「ほう……。貴様とは一度オシャレ談義をする必要があるな。完膚なきまでに叩き潰してやる。泣いても知らんぞ」

「そん時ぁ姐さんに言いつけてボコボコにしてもらうっスよ」


 唐突なキノセの登場に、何気ないやり取りを交わす。そしてクロキはキノセの話から、当初の目的を思い出す。本来であればここでコーダと争う必要などない。


「そうだ。その姐さんに会いに来たのだ。キノセ嬢、案内してくれないか。このマッチョが道を塞いでいてな。どうにも困っていた所だ」

「あー……。コーダさん、このヒトは別に良いんじゃないっスか?」

「い、いやしかしキノセ、ここは防犯上誰も通すなとシスターが決めて……」

「わかったっスよ。んじゃーウチとクロキさんが見張り交代するんで、コーダさんは姐さんを呼んで来て欲しいっス。それなら良いっスよね?」

「だ、そうだ。俺では頼りないだろうが、お前があのイカれシスターを呼んでくる間くらいは門番を務めあげて見せるとも」


 クロキは友好的な笑みでコーダに近寄ると、その肩にポンと手を置く。


「早く行け。言っておくが、俺の怪人特性を封じただけで勝てると思うなよ。押し通るだけなら手段はいくらでもある。全員で協力して正義執行から生き延びているお前らとは、経験が違うんだよ」


 体格差をものともせず、クロキはコーダを睨み付けた。


「勝手な事を……!」


 しかし、横からキノセがのんびりと仲裁する。


「まぁーまぁ、どのみち喧嘩しても良いことぁねーっス。それに姐さんに用がある人はまず見張りに言って呼んでもらうって、それ自体はルール通りっスよ。クロキさんはルール通りっス」

「それは、わかる、が……。何だか釈然としないな……」


 ぶつぶつと口の中で何事か言いながら、コーダは渋々と奥に消えて行く。クロキとキノセは、そこでアカバネがやって来るのをしばし待つ。


「そういや、聞いたっスよ。怪人特性を封じられちゃったらしいっスね。それでもコーダさんを倒す方法があるなんて、さすがは不死身怪人っスねぇ」

「何の話だ?」

「え? だって今、そう言ってたじゃないっスか」

「あぁ……。なんだお前、本気にしたのか? そんな手などあるものか。あんなマッチョ相手にどうにも出来んさ」

「えぇ? じゃああんなに勢いよく睨んでおいて、全部ハッタリってことっスか?」

「ブラフと言え」

「どっちでも変わんねぇっスよ」


 そんな会話をしていると、コーダを連れたアカバネが奥から姿を現す。以前クロキが見た時と同じで、修道服とブーツ、それからポケットには恐らくナックルダスターが入っているのだろう。グレネードランチャーを抱えて来なかっただけマシだな、とクロキは感想を抱いた。


「よぉ……。怪仁会に何か用かい?」


 ポケットに手を滑り入れたアカバネに、クロキは警戒しつつ答える。


「あぁ。ちと、頼みがあってな」

「そうかい」


 ポケットから出て来たアカバネの手を注視。しかしそこにはナックルダスターではなく、煙草とマッチが握られていた。


「んで? 頼みってなぁ何だい? あたしらも実は忙しくてね。あんまり長話をする気もないんだよ」


 煙草をくわえ、マッチを擦る。紫煙をくゆらせ、アカバネは続ける。


「うちに入会希望だってんなら、まぁ話は聞いてやるよ。そうじゃないなら、帰った方が賢明かもね」


 クロキの目的は入会ではない。端的に、クロキは要件を伝えた。


「実は、俺の怪人特性を取り戻そうと思ってな」


 アカバネは眉根を寄せて疑問符を浮かべた。


「あぁ? そういやあんた、一言で止められるらしいね。それをどうするって?」

「その一言を無効化する手段がある。だがそのためには、お前の協力が必要だ」

「へぇ……。何をどうするかは知らないが、対価次第かねぇ……。でもあんたは危なっかしい奴だからね。怪人特性を取り戻して、それからどうしようって?」

「相棒を迎えに行く。怪人特性は、管理長官を倒すのに必要だ」

「相棒を、ねぇ……」


 アカバネは肺を膨らませて煙を吸い込み、一際大きく吐き出してから言う。


「やめときな」

「ほう?」

「殺気立つな。勘違いするんじゃないよ。あんたが体を張らなくても、怪仁会がやるって話だ」


 切りつけるように睨むクロキに、アカバネは肩をすくめる。


「あの子、リセットの秘密に相当近づいたんだろう? 恐らくは今頃、リセットを動かすために利用されてんじゃないかってのが、あたしらの予想だ」

「動かすために? ……リセットが管理塔にあるという話は本当だったのか」

「おや? 好奇怪人はそこまで気づいてたのか。大したもんだね」


 ひゅう、と心底感心したようにアカバネは口笛を吹いた。


「でも怪仁会としてはリセットを使わせる訳には行かない。実力行使、武力行使で好奇怪人の奪還作戦を計画中だ。だから怪仁会に任せて、あんたは帰りな」


 煙草の灰が地面にゆっくりと落ちる。


「怪人特性の事はこのヤマが終わったら聞いてやるよ。今は忙しいんだ」

「そうか」


 クロキはそこで、にやりと笑みを浮かべた。


「それは好都合。その奪還作戦だが、俺も参加させてもらおう」

「なんだって?」

「約束をしたんでな。行かない訳にもいかないのさ。奴を倒し、あいつを取り戻す。そこまでは互いに協力できるはずだ。お前らは俺にリセットを渡したくないのだろうが、それはあいつを取り戻した後の話だ」

「へえ……。勇敢なことだが、あんた怪人特性が役に立たないんだろう? 連れて行って得があんのかい?」

「さっきも言ったが、お前の協力さえあれば俺の怪人特性は復活する」

「ふーむ……。話はわかったよ」


 アカバネはくわえていた煙草を地面に落とし、靴底で踏みつけた。


「ただ、一つだけ問題がある」


 そしてクロキを品定めするように見て言う。


「あたしはね。ヒトは一人だから強いとか、一人の方が良いとか、そんな奴を信用して手を組む気はない。しかもそんなことを言って、目の前で自分の女を奪われて、手も足も出ずにやられたんだろ?」


 青崎との間に起きたことについて、その概要くらいはアカバネも把握していた。


「怪仁会はみんなで助け合って成立してるんだ。そこを突っぱねて、今更一緒にやらせてくれって? 随分と誠意のない言い方じゃないか。えぇ? おい」


 アカバネはクロキを睨む。するとクロキは一歩下がり、アカバネと正対する。


「なるほどな。お前の言い分は正しい。俺は怪仁会に入会するつもりもないし、リセットを譲る気もない。そして今までの己を間違っていたと言うつもりもない。手を組めないと言うのは納得できる話だ。しかし、その上で言わせてもらおう」


 そしてクロキはジャケットの襟を正すと、怪人地区に来て初めて人前で腰を折って見せた。


「あいつを取り戻したい。力を貸してくれ。……俺一人では、勝てない。……お願いします」


 ぎこちなく頭を下げたクロキに、アカバネはくるりと背を向けた。


「図々しい奴だよ。……ついてきな。テストくらいはしてやる」


 どんなことをしてでも、どんな手を使ってでも、クロキは前に進む必要があった。そのために出来る事は何でもやる。既にそう決めていた。

クロキはしっかりとした足取りで歩を進めた。



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