閑話アイリス② 転生ヒロインの蠢動
「ぜんっぜん上手くいってないじゃないのよぉ！」
一人になったアイリスは盛大に悪態をついた。
「せっかく好みのイケメンがいっぱいいる『あな嫁』の世界に転生したのに！」
アイリスには日本人だった前世がある。
そこそこ可愛い容姿だったので、大学時代はオタサーに入って男子にちやほやされていた。だが、調子に乗って色目を使いまくって男達に貢がせまくっていたら、痴情のもつれで刺し殺されてしまったのだ。
まさに自業自得、因果応報、身から出た錆。
アイリスは知らないが、葬式では知人女性達からザマァと涙を流す者は一人もいなかった。まったくもって一片の同情の余地無し。
ところが何の因果か、前世で遊んでいた乙女ゲーム『あなたのお嫁さんになりたいです』とそっくりな世界に転生したのである。
「前世はちょぉっと失敗しちゃったけどぉ……」
アイリスはクルッと一回転すると、制服のスカートがふわりと飜る。
「こ〜んな可愛いヒロインに転生できたんだからプラマイゼロよね」
大きな瞳の可愛い容姿にスレンダーな身体。アイリスはヒロインと呼ぶに相応しい愛らしさだ。
「神様が私を憐れんで再び与えてくれたこのチャンス、ぜぇったい物にするんだから」
前世でやらかしてもなおめげないアイリスのド腐れ根性は呆れを通り越して感心すらする。
「だけど問題はあの悪役令嬢どもよ」
ヒロイン転生したと知ったアイリスは憧れの制服に身を包み、ウキウキ気分でマルトニア学園の門を潜った。
さあ、これからオープニングイベントが始まるわ、と期待に胸を膨らませ入学式へと向かった。のだが……
「なんで新入生代表を中ボスのウェルシェがしてんのよ！」
オープニング強制イベントを起こす為にアイリスは遅刻して講堂へと入った。これによって悪役令嬢イーリヤ・ニルゲに在校生挨拶を邪魔されたと睨まれるはず。
ところが勇んで扉を開けてみれば目に入ってきたのは美しい白銀の妖精。一瞬、アイリスは別の世界に紛れ込んだのかと錯覚したほどだ。
その妖精とは新入生代表で挨拶をしていたウェルシェ・グロラッハ。その存在感は圧倒であった。
「だいたいウェルシェってゲームであんなに美人だった！？」
まず、ゲームでは入学式代表になるほど頭は良くなかったはずだ。そして、あんな儚げな美少女ではなく、容姿は整っているもののぽっちゃりタイプだったはずである。
それが、会場の全てがウェルシェに心を奪われ、アイリスの事など気づく者は誰もいない。せっかくのオープニングイベントなのに主役のはずのアイリスが完全空気だった。
しかも、続けて在校生挨拶に登場したのは悪役令嬢イーリヤではなく、名も知らぬ生徒会のモブ。多忙なイーリヤは学園に来てもいなかったのだ。
「おかげでオープニングイベントが台無しよ！」
それでも最初はゲーム知識を活かし、クラインやケヴィン、サイモンを皮切りにコニールとオーウェンを順調に攻略していった。
オーウェン達イケメンを侍らせご満悦のアイリスだったが、人間の欲望とは際限の無いもの。自分の取り巻きの中にもっともっと色んなイケメンを入れたくなった。
他にもお気に入りのイケメンを攻略しよう。もともとケヴィンはエーリックルート解放の為に堕としたのだし。そう考えたアイリスはさっそく行動に移した。
「ちゃんとフラグは回収したのに」
ところが、エーリックのイベントが一向に発生しない。
「これもイーリヤが学園に来ないせいよ」
忙しいとかでイーリヤは滅多に姿を現さず、アイリスも未だに出会ったことがないのだ。これでは悪役令嬢として全く機能していない。
「中ボスのウェルシェもぜんぜん仕事しないし」
そして、ケヴィンルートとエーリックルートの悪役となるウェルシェの様子もおかしい。
ゲームでは悪役令嬢ウェルシェとエーリックの婚約は政略によるもので互いに好ましく思っていない。ウェルシェは学園に入学するとケヴィンと出会い一目惚れする。
その為、ケヴィンルートではウェルシェがヒロインの前に立ちはだかるのだが、それがエーリックルート解放のきっかけとなるのだ。
ところが、ケヴィンを攻略中にウェルシェが邪魔してこなかった。それでケヴィンは障害も無くあっさり攻略できてしまったのだが、これではエーリックルートが解放されない。
「冗談じゃないわよ。従順なエーリックは絶対欲しいイケメンなのに」
前世ヤンデレに刺し殺されたアイリスは同じくヤンデレキャラのケヴィンを好きではない。あくまでエーリックを攻略する為に仕方なくケヴィンを攻略したのだ。
「今度こそ自分好みのイケメンで逆ハー作るつもりなのに」
イライラしてアイリスは親指の爪を噛む。
「まあいいわ。動かないのなら動かせばいいのよ」
アイリスは口に手を当てて少し思案した。
「逆にケヴィンをけしかけてみましょ。ウェルシェはあなたに気があるんだって言えば女好きのケヴィンは乗ってくるはず」
どうせケヴィンはエーリックルートの為だけに攻略したのだ。捨て駒にしたってアイリスには痛くも痒くもない。むしろ、エーリックさえ攻略できればヤンデレのケヴィンは不要どころか邪魔でしかない。
「これってエーリックを手に入れてケヴィンを廃棄できる一石二鳥の妙案じゃないかしら」
口の端を吊り上げアイリスはほくそ笑んだ。
