ミルヒアの真意 1
城の規模は正確にはわからないけど、迷路のような印象は受けた。
正面玄関から入るとホールがあり、そこから二階へ行くことができる構造になっている。
左右、正面に幾つも扉があり、標識も看板もないため、その扉がどこへ向かっているのかほとんどわからない。
二週間前を思い出すと、確か左の廊下を進み、途中の一室で待たされたはずだ。
謁見の間は城の中央奥ではなく、案外奥まった場所にあった。
襲撃された場合、即座に踏み入れられないためなのだろう。
その理由からか、王都の正門から城への道も入り組んでいる。
真っ直ぐではなく曲がりくねっており、城は見えるが、真っ直ぐ進めば着けるわけではない。
「こちらです」
門衛に案内されて向かう場所は左側。
待合室に通されるんだろう。
そこで数十分待たされて、その後に謁見の間に行くって感じだろうか。
しかしただの報告なのに、毎度謁見の間に女王が移動するはずもない。
僕だけのためにそんなことをするわけもないだろう。
二週間前は僕への指示や、僕の顔を見ること、後は叙位にあたり、文官や貴族などの人間に僕の存在を知らしめるために、謁見してくれたんだろう。
名誉貴族の息子である僕に、二侯の爵位を授けるなんて簡単なことじゃない。
女王の目論見や考えは一切合財わからない。
ただ何となくそうなのかな、程度しか判断がつかない。
未だ、女王である彼女は僕にとって遠い存在のままだ。
お近づきになりたいと思うほどの野心もないので、むしろそれでいいとは思うけど。
二侯爵になったとなれば、そうもいかないかもしれない。
何かの意図があって叙爵に至ったはず。
ならば今後、僕に何かしらの命を与えることもあるだろう。
怠惰病と魔族に関しての対応。
詳細は、バルフ公爵に聞いたこと以外はまだ判然としないので何とも言えないけど。
とにかく話を伺うことには始まらない。
「どうぞ。こちらでお待ちください」
以前来た待合室だ。
案内をしてくれた門衛は一礼をすると扉を閉めて立ち去っていった。
残された僕は部屋の中で、椅子に座りながら時間を待つ。
十数分すると扉が叩かれた。
「お待たせいたしました。女王様がお待ちです。こちらへどうぞ」
侍女が数人、迎えに来てくれた。
彼女達に連れられ、僕は待合室を出る。
廊下を何度か曲がり、本棟から別棟へ。
謁見の間の方向ではない。
どこへ行くんだろう。
螺旋階段を上り、更に廊下を進むとようやく幾つかの部屋に辿り着いた。
入り口からかなり遠い場所だ。
簡素な絨毯が廊下に伸びている。
燭台が等間隔で置かれており、シャンデリアも同様に天井からぶら下がっている。
ただし本棟に比べると飾り気は薄い。
女王がいる場所にしては煌びやかさはあまりないが。
廊下を真っ直ぐ進むと突き当たり、正面に扉が見えた。
厚みのある扉。何かがありそうだと思えるような見た目をしている。
そこに入るのかと思ったら、侍女たちは左側に身体を向ける。
え? そっち?
そう考えた瞬間、侍女たちは鈴の音のような小気味よく、適度な声音で扉に向かって話しかける。
「お連れいたしました」
「入れ」
侍女たちは左右に避け、僕に入室を促す。
どうやら自分で開けろということらしい。
彼女達は入らないのか?
そんな疑問を消化する前に、僕は扉の取っ手に手をかける。
簡素な扉。街中にある何の変哲もない扉と遜色ない。
しかし中から聞こえた声は間違いなく女王のものだった。
僕は扉を開いた。
視界が開ける。
中は書斎だった。
壁一面にびっしりと本棚が敷き詰められている。
入った瞬間に、本独特のすえたニオイが鼻腔に届いた。
部屋の広さは三十畳くらい。
その中に本棚と机と、なぜか奥の方に小さなベッドがあるだけ。
小さな窓は天井付近に幾つもあったけど室内にあまり光は届いていない。
ほんの日焼けを防ぐためだろうか。
しかし室内は暗くはなく、昼過ぎだというのに部屋中にある燭台には火が灯っていた。
背後でゆっくりと扉が閉まった。
侍女たちが閉めたらしい。
部屋の中にある僅かな気配を探りながら、僕は歩を進める。
雑多としていて、死角が多く、良く見えない。
「こっちじゃ、こっち」
軽い調子の声が奥の方から聞こえた。
そちらの方に進むとやがて一つの机の前に辿り着く。
そこにいたのは女王……だよな、この人。
そう疑問を持った理由があった。
まず身なりが酷かった。
彼女は薄手のシャツを着崩していて、しかもパンツルックだった。
髪はぼさぼさだ。
それに表情が何と言うか、ズボラな三十代のOLが前日に飲みすぎて二日酔いになり、頭痛に悩まされている、みたいな顔をしている。
覇気がない。二週間前に会った女王の顔を思い出すと、別人である。
美人ではあるんだけど、凛々しさは皆無だ。
そして問題は彼女の所作だ。
机には適当に本が十数冊も積んでおり、それがいくつもあった。
奇妙なバランスで保たれた本の柱は、彼女が本のページを乱暴に捲ると、ぐらぐらと揺れた。
頬杖をつき、だるそうに欠伸をし、目を擦って、またページを捲る。
これがリスティア国の統治者である女王の姿であると誰が信じるだろうか。
「あー、来た来た。ほら、こっちじゃ」
ひらひらと手を振るOL……じゃなくて、女王に向かい、僕はぺこりと頭を下げた。
あまりに軽い調子だったため、僕も得意先の社員に街中で偶然遭遇してちょっと気まずい時と同じような対応をしてしまった。
「あ、どうも」
「ん。そこ、座れ」
「は、はい」
言われるままに僕は机の横にある椅子に座った。
緊張はしている。
しかしそんな感情よりも、疑問が無数に浮かび上がり、脳の処理能力の大半はそちらへ割かれた。
「あ、あの、ミルヒア女王……ですよね?」
「んー? 何を言っておる。二週間前に会ったじゃろうが」
「あ、会いましたが」
あまりに違う。
見た目は、確かに女王そのものだ。
しかし態度や服装が違いすぎる。
彼女が女王と同一人物であるというより、彼女が女王と双子であると聞いた方が信じられる。
「ああ、なるほど、そういうことか。うむ、妾は、普段こんな感じじゃ。
まあ、知っておる人間は極一部じゃがな。信じられんなら、女王しか知らぬことを話すか?
そなたが千年前のルグレ戦争で滅んだルグレの末裔であるとか。
或いはそなたの育ての父親であるガウェインが昔、妾に仕えておった時の話でもするか?」
このわずかな間に、一部の人間しか知らないであろうことを口にした。
まあ考える間でもなく彼女が女王であることは間違いないわけで。
ただ驚いただけだ。
彼女はそういう人だった。
そういう風に自分の中のデータを書き換えればいいだけ。
よし書き換えた。
「いえ、信じます。失礼いたしました」
「よい。初めて見た人間は大概そういう反応をするからな。
すぐに対応できない人間の方が多い。そなたは順応が早い方だ」
そりゃ女王様が普段は、だらしないということを受け入れるのは難しいだろう。
誰でもある程度の先入観はあるだろうし。
「この場所は妾の書斎。図書室とは違い、妾が個人的に蒐集した書籍を集めた場所じゃ。
普段、多くの時間をここで過ごしておる。
ここならば人はあまり立ち寄らんし、邪魔が入らん。
謁見の間ではまともに話もできんからな」
「それでここに呼んだのですね」
「そういうことじゃ。報告は聞いておるし、ここ二週間のことについては知っておる。
じゃが本題に入る前にすべきことがある」
女王は佇まいを但し、僕に向き直った。
すると驚くべきことに僅かにだが頭を下げた。
「すまなかった。こちらの不手際で迷惑をかけたな」
まさか一国の王が頭を下げるとは思わなかった。
王は人に非ず。
王であるならば人ではいられず、人としての生は歩めない。
王は誰とも同列ではおられず、頭を下げるということは一大事だ。
国のトップが謝罪するなんて、一人の人間に対してされることはまずありえない。
口だけの謝罪ならばする可能性はあるが、頭を下げるなんて前代未聞のはず。
しかし彼女は頭を垂れている。
僕はむしろ何かしらの罰があるかもしれないと思っていたのだ。
僕がどのような存在であろうと女王の命令に背けば、特別扱いはされない。
一般人と女王は別格。
生きる世界が全く違うのだから。
そんな常識があったからか、僕は動揺してしまい、思わず聞いてしまう。
「あ、あの、ということは僕は処罰されたりしないんですか?」
女王は顔を上げ、きょとんとして僕を見る。
まるでその質問はそう指定していなかった、と言いたげな顔だった。
「護衛隊の隊長として任命したフリッツを吹き飛ばしたことじゃろう?
その上、アドン帝国の上流貴族へもかなり高圧的な態度をとったらしいが、気にする必要はない。
通常、妾の命に逆らえば処罰は免れん。余程の理由がない限りな。
それに他国の、しかも帝国の要人に不遜な態度を取り、しかも蔑ろにしたとなれば、下手をすれば極刑じゃろうな。
じゃが、そんなことにはならんし、何も罰はない。約束しよう」
処罰、極刑。
そんな言葉が飛んでくるが、気にする必要ないという言葉が前提としてあった。
「それは……僕が怠惰病治療をできる人間だからでしょうか」
特別扱いされている、ということならば心境は複雑だ。
自分は特別視されているから何をしてもいい、好きにしてもいい、意見を強引に通せる。
そんな考えで僕はあの時、行動したわけじゃない。
もしも特権を持っているから、強気に出ていたというのなら偉そうな貴族と一緒だ。
彼等は己の行動に責任を持ち、信念を以て行動しているわけじゃない。
偏見を持ち、他人を虐げたいだけだ。
自分の立場が上だから優越感を抱きたいだけだ。
そんな奴らと一緒にはなりたくなかった。
図らずも他人の威を借りていたとしても、やはり受け入れたくはない現実だった。
だが。
「いやそれは関係ないな」
女王はあっけらかんと僕の言葉を否定した。
「か、関係ない、のですか?」
「ない。そもそもだ、妾は『アドンの貴族を優先して治療させよ』とは言っておらん。
怠惰病治療を受ける許可をしてやっただけじゃ。
シオン、そなたの指示に従ってという言葉も付け加えておいてな。
それをフリッツは勝手に『帝国の貴族なのだから優先して治療させるべき』と考え、しかもそれを妾の命だという虚言を吐いたのじゃ。
彼奴には以前から平民を見下しすぎるきらいがあってな。
恐らくはその歪んだ思想から出た言葉であったのじゃろう。
彼奴は女王の命を湾曲し伝え、その上で権力を行使しようとした罪で、謹慎処分に加え、降格処分になった」
「そ、そうなのですか。殴ったのは僕なんですが……」
「そなたに非は……まったくないとは言えんが、今回に至っては問題はない。
アドンの貴族に関しても同様じゃ。
元々、他国の人間の治療に関して、特別な理由がない限りは先んじて治療はしない、と確約を取り付けておる。
リスティア国民以外の治療に関しては優先順位を定めないという話はすでに各国としておる。
じゃから、シオンに怠惰病治療の研修会を開かせることになっておるわけじゃからな。
表面上は対等に扱うためにな。それはアドン帝国に関しても例外ではない」
「つまりあの貴族は……ミルヒア女王の計らいで治療することになっただけということですか?」
「そうじゃ。ただこれはアドンだからという理由ではなく、他国に関しても同様に一定数の許可は出しておる。
突然の訪問に関しては許可を与えないようにしておるから、平等性は保たれておる。
故に妾はシオンの指示に従え、という指示を出した。
だがフリッツが勘違いし、貴族も治療の妨げをした。
彼奴からすればまさか貴族よりも平民が優先されるとは思わなかったのじゃろう。
アドンの貴族の治療に関しては先の問題により、本来なら治療を許可したことさえ破棄もできるが、シオンの温情でしなかった、ということになっておる。
この状態でまだ何か言ってくることはないじゃろう」
「どうしてでしょう? アドン帝国は、その、大国なんですよね?
例え治療に関しての条件を定めていたとしても、アドンの貴族に対して無礼を働いたという事実を相殺できるんでしょうか?」
約束だから守ってよね! という言葉が守られるには条件が必要だ。
相手との信頼関係など、色々な要素があるが、まず第一に『対等であること』が重要だ。
別に裏切っても問題ない相手との約束を、きちんと守る人は多くはない。
約束を破る人間は、相手のことを軽く見ているということは揺るぎない事実だ。
もしもどうしようもない理由で約束を違えた場合は誠意を以て謝罪するか、許しを請う方法を考え、行動に起こすものだ。
それは国と国でも同じことだ。
「うむ。小国であるわが国はアドンどころか他の国にも劣っておるほどじゃ。
今までであればこれほど、強固な姿勢はとれなんだ。
だが状況は一変しておる」
「一体、どんなことが?」
「何を言っておる。そなただ」
あごをしゃくる女王は、呆れの表情を浮かべていた。
僕?
え? 僕なの?
「何を驚いておる。当然のことじゃろうが。
そもそもそなたもそれを承知でこの地を踏んでおるのじゃろうが。
そなたがおらねば怠惰病は治療できん。今のところは、じゃが。
怠惰病は世界中に広がっており、比較的停滞しているが、完全な治療を終えておるわけではない。
わが国でも王都とイストリア以外にも怠惰病に罹った人間がおる。
十数万規模の人間が病に伏せ、何もできない状態なのだ。経済的にも大きな打撃になっておる。
しかも魔族に対抗できる手段は魔法だけじゃ。
一方的に魔族に攻められることを考えれば、そなたの存在は唯一無二。
これに関しては交渉材料にはまだ使えんが。
以上の理由からそなたを重宝して当然じゃし、他国にとってもそれは変わらぬ。
解決できるのはそなただけ。己がどれほど重要なのか理解できるじゃろう」
女王の言葉に驚きはなかった。
だって僕は理解していたから。
元々、それくらいは知っていた。
じゃあ、なんで僕はこんなに驚いているのか。
それは多分実感がなかったからだ。
言葉や文字では想像しかできない。
だからわかっているように感じても、実感はなかった。
でも実際、リスティアの女王に直接言われて、理解させられてしまった。
僕の存在価値を。
「魔族に関しては……はっきり言って、他国の人間で信じている者は少ないじゃろう。
イストリア内での出来事じゃし、リスティア国内でも魔族という存在は噂の域を出ん。
そもそもそなたの力、魔法のことも同じじゃ。実際に見た人間はごく一部じゃからな。
そなたが何かしらの方法で街を救ったという噂が流れておるだけ。
今のところは、その状態を維持させるつもりじゃが」
僕は衝撃を受けたままの脳みそを強引に働かせた。
「ど、どうしてでしょう?
魔族の存在や僕の魔法の力に関して、噂を広めた方が、他国の人達も信じるでしょうし、次の赫夜の際に警戒を促せるんじゃないでしょうか?
他国の人達は赫夜のこと、ルグレのこと、魔族のことを知らないんですよね?」
「大半は、そうじゃな。極一部の人間はもしかすると、千年前のことを知っているやもしれん。
妾は千年前の王の残した書籍で知ったが、他国でも同様の歴史書がないとは限らん。
じゃが、それはあくまで歴史。ルグレであるシオンが存在していることも、魔族が再び現れることも、そやつらが知ることはできん。
当然、次の赫夜に関してもな。
前回の赫夜の時、魔力を持つ人間の多くは怠惰病に罹り、意識がなかった。
そして赫夜の赤い空とレイスのような魔力がなければ見えない存在を認識できたのはシオンや協力者のローズとやらのような極一部の人間。
そんな少数の人間の言葉を信じることはないじゃろうし、何より魔族の存在を直接見てはおらんはず。
エインツヴェルフ以外の魔族の出現はイストリア以外では報告がなかった。
つまり魔力を持つ人間が赫夜に気づいても、空が赤い、程度の認識で済んでしまうということ。
あるいは他国のどこかで魔族が出現し討伐したが、わざわざ隠しているとも考えられるが、そうなると誰が魔族を倒したのかという話になる。
現時点で魔法を使えるのはルグレであるシオンだけ。
魔力がある人間もいるのじゃから、魔法を使える人間もいるやもしれんが、シオンほどではないじゃろうし、魔法の成り立ちを考えれば、まず使える人間はおらんじゃろう。
シオンのように小さな疑問から技術に昇華させられる人間はそうはおらんからな。
つまり二度の赫夜とレイスの存在を知っている人間は他国にはほぼおらん、と考えられる。
極僅かに認識している者がいたとしても、その者が危機を訴えようが国を上げて行動を起こすような自由にはなり得ん。
他の人間には見えないのじゃからな」
僕は思考を巡らせる。
女王の話を聞きつつも、すべてを鵜呑みにしないためだ。
彼女は僕の味方か、敵か、あるいはどちらでもないのか、まだわからないからだ。
「では余計に情報を伝達するなりした方がいいのでは」
「先の話を覚えておるか? 妾は過去、他国に対して強固な姿勢はとれなかったと話した。
それは何も他国に対して優位な立場をとろうとしたわけではない。
リスティアは小国じゃ。他国に侵攻されればひとたまりのないほどにな。
千年もの間、一度として大きな戦争は起きなかった。
じゃが魔物の存在は少なくなり、現在では討伐隊をある程度派遣すれば対処できるほどとなった。
そのため今度は魔物の脅威は少なくなったのじゃ。そうなると次にどうなるか、わかるか?」
「……人間同士の領土争い、ですか」
「領土に限らんが、ほぼ正解じゃ。千年前、各国の力は拮抗しておったらしい。
そのためか戦争が絶えず、常に争いは起こり続けた。
じゃが魔族が現れたことでその時代は終わり、各国が力を合わせることとなった。
共通の敵が出現すれば、自然と手を組むことになるからな。
そしてルグレの力添えがあり、魔族は封印された。
封印されなかった『弱い魔物達』は世界に残り繁殖を続け、人間達との争いを続ける。
その数は人間を超え、魔族封印後も人間達は協力し、魔物達を討伐するために奔走したのじゃ。
しかし千年の間に、各国の情勢は変わっておった。
リスティアは国力を失い、アドン帝国は国力を増した。
そして他国にも同様の変化が生まれ、それぞれの国としての特色を色濃くした。
魔物が討伐され、形ばかりの平和が訪れると、人は再び争いを始める。
そして真っ先に狙われるのは最も近く、侵攻の妨げになり、軍事力の少ない国。
世界大陸中央付近に位置しておる国――」
「リスティア、ですか」
地理や歴史には大して詳しくはないが、それくらいは知っている。
母さんに教えてもらってはいるけど、あんまり興味がないんだよね……。
「うむ。元は大陸を中央西部に位置していたリスティアじゃったが、魔物侵攻と同時期に行われたアドン帝国の領土拡大に伴い大陸中央へ縮小。
半ば冷戦状態になったのじゃ。数年もすればアドン帝国の植民地になることは明白じゃった」
リスティアが小国であることは知っていた。
しかしそこまで追いつめられていたとは知らなかった。
「アドン帝国がその気になれば、リスティアは抗う術を持たない。
帝国の植民地になれば圧政と重税を強いられることは間違いない。
妾はそれだけは阻止しようと他国との同盟やアドン帝国内の有力貴族達との接触を図り、情報を探っていたが、最早打つ手はなかった。
じゃが、幸か不幸か怠惰病が発症し、魔族が現れた。
そしてその治療と討伐にシオンが関わったと知ったのじゃ。
この機を逃す手はなかった。つまり妾は――そなたの存在を使い、他国と取引をしている。
故に『まだ』そなたの魔法のことや素性などは明確に知られるわけにはいかん。
噂が真実であると多くの人間や他国の上層部に知られることだけは避けなければならん」
「だから魔法を使うな、と?」
「うむ。そなたが現時点で魔法を使え、そして怠惰病治療が確実に行えるとわかってしまえば、そなたの誘拐を強行する他国の人間が現れるやもしれん。
現在においてはそなたが魔族に対抗できる唯一の存在であるとは知られておらん。
そして怠惰病治療に関しても魔法を介して治療するということも知られておらん。
二週間で治療を行ったため徐々に、手を触れただけで治療したという、不可思議な治療方法は周知されるが、それもすぐにではない。
徐々に浸透し、やがてそれは魔法という力なのだと知らしめ『次の赫夜に近い時期に入った段階で』他国にもそなたの力を理解させる必要があった。
つまり次回の赫夜において、魔族の存在がより明確に世界中に広まるという段階で、そなたしか魔族を倒せないと効果的に知らしめるということだ。
そうすることで『そなたの重要性と必要性』そして『リスティア国にその権利がある』ということを周知させる必要があったからじゃ。
現段階で、そなたが魔法を使え、魔族に対抗できる唯一の存在であると話しても信頼性はない。
それはつまりそなたの重要性を知らぬということでもあるわけじゃな。
現時点では誘拐される可能性は低いとは思ったが護衛をつけたのじゃ。
国内も一枚岩ではなく、あのような人間しかつけられなかったのじゃが……。
色々と人員が足りておらんのじゃ。
他国から集結した、選ばれし者達の護衛などにも多くの兵を割かねばらなかったのでな。
そのため手が足りず、そなたの王都移動の護衛はバルフ公爵に託したというわけじゃ。
王族でもない、一人の人間の護衛に数百の兵をつけること自体、異例のこと。
それくらいは気づいてはおったのだろう?」
「な、何となくは」
僕は女王の話を少しずつ噛み砕く。
彼女の言葉が、徐々に僕の理性に纏わりつく。
僕はリスティアだけでなく他国をも巻き込む騒動の渦中にいる存在。
それを強引にわからされている気がする。
わかっていたはずなのに。
知ると見ると聞くと体験するでは違う。
僕は今、まだ体験していないのだろうか。
それでもこれだけの衝撃なのだ。
いや、今は考えるべきじゃない。
話の続きを聞こう。
「さて、これで我が国や他国との情勢について、フリッツやアドンの貴族について、そして魔法の使用を禁止した理由を話したが。
他に疑問点はあるか? あまり長話はできんが」
女王の問いに、僕は思考を巡らせる。
正直、聞きたいことは沢山ある。
僕の出自についてとか。
僕を連れてきた女のこととか。
しかし、それは今、聞くべきことなのかどうかはわからない。
国の当主であるミルヒア女王と話ができる機会はあまりないだろうし、この会話に割ける時間も多くはない。
僕は数秒だけ考えて、口に出した。






