第一章:03
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(天津め。どこにいる?)
大戦闘員、キープ・フェイスは内心舌打ちしていた。
迂遠なやり方で大改人たちを本拠地からこの海底基地へ追いやり、
長々とろくろを回して時間を稼ぎ。
こんなしちめんどうくさいことをしているのも、天津に褒章――
"三大改人を、己の手で殺す"という約束を果たさせるためだ。
天津にとって、三大改人は因縁深いもの。奴に水の精霊を宿らせ
育てさせ、さらに人間側に対フェイスダウン組織を作らせアルカーを
管理するよう総帥フルフェイスが強要したとき、見返りに天津が
求めたのが、その条件だった。
フルフェイスはそれを受け入れ、以来この二十年間天津はよく働いた。
確かに、奴が果たした役割は十二分なものだったろう。
が、キープ・フェイスからすればそんな約束、反故にしてしまえば
よいものを……と、思うのだが。
(存外、妙なところで義理堅いからな、奴は)
胸中で嘆息しつつも、素直に従い改人どもを引き止めている。
だが、天津は合流予定の時間を過ぎてもあらわれない。
そうこうしているうちに――アルカーの襲撃だ。
いったいどうやったものか、海を割ってこの海底基地をあらわにし
単身乗り込んできたようだ。
まったく、精霊というもののデタラメな力には辟易する。
こきり、と指をならす。そのわずかな動きに改人たちが反応し、
わずかにあとずさる。
本能的に、悟っているのだ。キープ・フェイスが――
この場にいる全改人をたった一体で仕留められる実力をもつことを。
(スペックが違うんだよ)
胸中であざける。
人間を無理矢理いじくりまわして、ついでに兵器を搭載した改人たち。
それに対し、フェイスアンドロイドの祖たるキープ・フェイスは
一から設計され、全てを計算されつくしてなお成長の余地を残した
究極の人造生命体。
文字通り根本からして、出来が違う。
彼は、自身の性能に絶対の自信を持っていた。
そのスペックに頼むだけでなく、作られてから百数十年もの間――
その性能を活かすために習熟をつみ続けてきた。
その経験を基に、フェイスアンドロイドは完成した。
そして今もなお、生産されつづけている。
フェイス戦闘員は、完成された存在だ。
その性能を全て活かせれば、改人などものの数ではない。
"改良"……"改悪人類"でしかない連中に対し、"戦闘員"の名は
伊達ではないということだ。
(だというのに……不甲斐ない連中だ)
欠点としては、連中は感情を持たずに生まれてくることだろう。
機械的に肉体を操るため、精緻な動きはできるが機微に富んだ
所作は難しい。
戦いにはある種の芸術性が現れる、とキープ・フェイスは考えている。
もっとも、彼の考える芸術は荒々しく泥臭いものだが。
改人たちには自壊装置、というスイッチがあるがそんなものを使って
相手を始末するのは、彼からすれば気に食わない。これまで改人を
殺すにも、全て自身の手を直接下してきた。
このシステムは――どちらかと言えば、天津のために導入された
ものと言ってもいい。
単なる人間に過ぎない奴が、三大改人を殺すために必要なもの。
わざわざそこまでお膳立てしてやったというのに!
いったい、いつまで人を待たせると言うのか。
(チッ……)
キープ・フェイスが苛立っているのは実のところ、自身が
アルカーの方へ向かいたかった、という面が強い。
あの不出来なジェネラルに三大改人を任せるのは荷が重いため
奴にアルカーの抑えにまわらせたが、本音を言えばようやく
表に出てこれたのだから手合わせしたい、と思う。
(さっさと来い……)
こんなくだらない野暮用、とっととすませてそちらに回りたい。
未だ姿を見せない天津に、フラストレーションが溜まる。
「……おのれ……ッッッ!!!」
ストレスが溜まっているのは改人どもも同じようだ。
雌型の大改人――シターテ・ルがはぎしりして構える。
だまってにらみ合っていても仕方ないと判断したのだろう。
あるいは、単に痺れを切らしたか。
(……まぁ、いいか)
苛立ちを投げ捨て、ぽきりと指をならす。
どうせ天津が欲しいのは三大改人。他の改人どもはさっさと始末し、
残った三大改人と軽く遊んでやればいい。
総帥が奴に果たした約束は、『三大改人を己の手で殺す』こと。
――手足をへし折ってやったところで、反故にしたことにはなるまい。
怒りに歪み、未だ格の違いを理解し切れていないその高慢な顔を
叩き潰してやろうと、一歩前に足を踏み出し――
飛び退る。
一瞬の後、巨大な水柱が床を貫いて立ち上る。
天井をも容易く貫き、極太のウォーターカッターのような威力だ。
「な……なんだ!?」
ヤソ・マがみぐるしくうろたえる。ヤク・サもこちらの動向から目を
離さぬまま、突如噴出した水を見つめている。
(……これは?)
もっとも疑問を抱いているのはキープ・フェイスも同様だ。
アルカーではない。アルカーは施設の右翼方面を移動していることが
通信から伝わっているし、なにより奴の力は"炎"だ。
水を操るのは――
(……"水"、か)
何が起きたかを察し、わずかに気分が高揚する。
はたして――勢いがおさまった水柱の中から現れたのは……
見たことのない、アルカーだった。
青いプロテクターに身を包んだ、冷たきアルカー。
間違いない、"水"の精霊の力を装身した存在だ。
「こ……今度はなんだ!? アルカー……第四の、アルカーだと!?」
ヤソ・マが狼狽するが、水のアルカーはちらりと一瞥をくれただけで
すぐにこちらへと視線を向ける。
キープ・フェイスにはもう、このアルカーが何者なのかわかっている。
「……そいつら三大改人を殺すことが、貴様の望みではなかったかな」
「二十年も経ったからな。心変わりもするさ」
飄々と答えるその声は――やはり、組織の走狗となっていた天津稚彦のものだ。
水の精霊を宿していたのは奴なのだから、当然と言えば当然だ。
「とはいえ、オレも驚いた。貴様はエリニスとは違い、ただ精霊を育てるだけの
役目だったはずだ。まさか貴様が装身するとは」
「無理に精霊を適合者以外に宿す研究を続けたばかりか、"地"の精霊に
人々のエモーショナル・データを無理矢理注ぎ込む。
そんな無茶をすれば、こういう弊害もでる。
……貴様らの総帥どのが、余計なことをしたということだ」
耳の痛い話だ。
だからやめろと言ったのだが。
もっとも、この展開は悪くない。キープ・フェイスからすれば
強敵が現れるのは、望むところだ。
自身の性能を十全に発揮できる機会は、多ければ多いほどいい。
……とはいえ、馬鹿正直に正々堂々と挑む、などという武士道精神は
持ち合わせていない。軽く、揺さぶってみる。
「……心変わりした、ということはその愚図どもを助命しようという
ことだろうが……忘れたか? 奴らのスイッチは、このオレが
握っていることを」
「……ぐ……!」
鬼型大改人が呻く。連中が動かなかった一因はその体内に仕込まれた
自壊装置の存在もあるだろう。
が、天津は動揺すら見せない。
こうして目の前に直接姿を現した以上、対策はしてきただろうとは思っていたが。
「あいにくだが……そのスイッチはつい先ほど、私がいただいた」
「なに……?」
ごばぁっ! とキープ・フェイスの脇の壁が砕け散る。
慌てるでなく飛散した瓦礫を弾きながら、首を軽く傾けてそちらを見やる。
そして巨大な拳を、片手で受け止める。
「む……」
「改人どもを内から破壊する、自壊装置。
――それを制御している中枢施設、私が奪取した」
こともなげに言う天津に少し驚く。
いや、正確に言えば――目の前に現れた怪物もあわせて、だ。
改人やフェイスたちの二倍から三倍もある背丈の、化け物。
爬虫類とも両生類ともつかない肌に、見覚えのある機械が
鎧のようにまとわりついている。
その巨大な顔面には六つの目が光り輝いている。
半分はぎょろり、とこちらをねめつけ、もう半分は改人どもを
睥睨して威圧する。
「な、なによ、この化け物は……」
「貴様らの体内にある自壊装置、それを発動させる制御中枢だ」
立て続けに変わる局面にもはや許容量を越えたか、茫然とつぶやく
シターテ・ルに天津が答える。
「……命なきものに"命"を授ける、"炎"の精霊――ファイアーバードの力。
それを使い、その制御装置に命を与えた。今奴は、私の制御下にある」
ぐるり、と首を回して天津が改人たちにふりむき、宣言した。
「貴様らの生殺与奪権は、たった今この私に譲渡された。
死にたくなければ、この"イザナ・ミ"に従い、ここを脱出しろ」
「なっ……! なにを、いきなり現れてえらそうに……!」
「死にたくなければ、さっさとしろ」
にべもなく切り捨て、ふたたびこちらに向き直る。
その視線を真っ向から受け、久方ぶりに味わえそうな獲物が現れてくれたことを
相手に感謝して睨み返してやった。
「この大戦闘員は――"アルカー・ヒュドール"が抑えてやる。
わかったのならさっさといけ、下妻」
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