⑫ 重ねた人は……
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悲鳴が上がったのは離宮の中庭の方からだった。
茶会をするにも、うってつけの場所。
ミネレーリがその中庭に転がり込むように到着したとき、ミネレーリ以外にその場には三人いた。
「テーヴィア殿下! レヴェリー殿下!」
二人きりでとミンティが言っていたのだから、テーヴィアとレヴェリー以外に人がいるのはおかしい。
そのこの場にいてはいけない人物、青年は、少し乱れた髪と薄汚れた元は煌びやかだっただろう装いを全てぶち壊す狂った瞳をしていた。
「バルムヘルツ様……!?」
その青年に相対させられる形で向き合っていたテーヴィアが口にした名前に、ミネレーリはさすがに驚きを隠せなかった。
バルムヘルツ・ヴィ・ブラインド。かつてのレヴェリーの婚約者であり、ブラインド王国の元王太子。
あの騒動の後、王太子として廃嫡され、生涯幽閉の身となったはずの人物がなぜクララウスにいるのか。
けれど、考えるよりも先に動かねばならない現状が目の前にある。
バルムヘルツはあろうことか短剣を持ち、テーヴィアに詰め寄る格好でいた。
そんなバルムヘルツとテーヴィアを見ながら、バルムヘルツの後方でレヴェリーは膝をついて呆然としている。
バルムヘルツは今ここに来たミネレーリに一向に目を向けることもなく、じりじりとテーヴィアとの距離を詰めようとしている。
「迎えに来たんだ! テーヴィア姫! さあ、僕と共にブラインドへと行こう!」
愛おしげに差し出される手にテーヴィアの肩が震える。
「テーヴィア殿下!」
「ミネレーリ様……!」
ミネレーリ自身驚くほどの動きでテーヴィアの前に躍り出ていた。
背に隠したテーヴィアは、ミネレーリの腕を掴むが、微かに震えが伝わってくる。
「誰だ!? 貴様は!? 僕とテーヴィア姫の時間を邪魔するな!」
正気の色を持たない瞳で激昂してくるバルムヘルツに、けれどミネレーリは恐怖を覚えなかった。
体がすくむこともなく、ミネレーリは口を開く。
「私はクララウス公国公爵家のミネレーリ・ガルテンと申します。貴方こそどちら様でしょうか? ここは王宮ですよ」
「どちら様だと!? 僕はブラインド王国の王太子・バルムヘルツだ! テーヴィア姫の前からどけ!」
力の限り叫ぶバルムヘルツに、ミネレーリは首を傾げる。
「ブラインド王国の王太子様はそのようなお名前だったでしょうか? 私の記憶では違うお名前だったような」
「……バルムヘルツ様から第二王子様に王太子は変わっています。ミネレーリ様の記憶違いではありません……!」
怯えながらも必死に告げてくるテーヴィアだったが、バルムヘルツが納得するはずもなかった。
「なにを言っているんだ! 僕がブラインド王国の王太子だ! お前! 不敬罪で捕えるぞ!」
血走った眼でミネレーリを睨みつけてくるバルムヘルツに、ミネレーリはまともな会話は不可能だと察した。
同時に疑問が浮かぶ。どうして廃嫡された王国の王太子が公国にいるのかと。
そして、疑問はすぐにある結論へと達し、ミネレーリはバルムヘルツの後ろで未だ動けないでいるレヴェリーを見る。
「まさか…………レヴェリー殿下…………ブラインド王国から逃げ出してきた、この方を匿われたのですか?」
「姉様……!?」
そう考えると色々な辻褄が合ってくる。
ミンティは最近城に上がる度に、ブラインド王国の使者がいると言っていた。
それは蟄居を命じたバルムヘルツが逃げ出したことで、公国にも連絡を再三入れていたとすれば。
なによりも先ほどのレヴェリーの、あの笑顔。
一日に何度もバルムヘルツの名を叫び暴れていたレヴェリーが大人しくなった理由。
「…………バルムヘルツ、さま…………」
今までレヴェリーの口から聞いたことのない、想像すらできない、か細い声がもれる。
「…………愚かなことをして、気付いた、と…………。真に愛しているのは、わたくしだと…………おっしゃって、くださいましたわよね…………? テーヴィアに、謝りたいと、おっしゃって…………だから」
「ああ、好いているよ、レヴェリー」
バルムヘルツの言葉にレヴェリーは曇っていた顔を輝かせたが、
「僕を愛して、なんでも言うとおりにしてくれる都合のいい君をね。笑いたいぐらいに!」
嘲って声を上げるバルムヘルツの顔は醜く、そして汚い生き物のようにミネレーリには見えてしかたがない。
同時に胸の内に激しく荒ぶる波があるのを感じたミネレーリは、その初めての感情に途惑う間もなく、口から低く唸るような声が出ていた。
「どこまで……! どこまで貴方はレヴェリー殿下を愚弄しているのですか……!」
バルムヘルツは己を慕い、盲目なほどに愛をそそぐレヴェリーを笑った。その眼は顔は、愚かだと罵っている。
ミネレーリにはバルムヘルツが父に重なって見えた。
母に見向きもせず、最悪な方向へしか物事を進ませられなかった父。
母はあんなに待ち焦がれていたのに!
父しか見ていなかったのに!
「黙れ! たかが貴族令嬢風情が! そこをどけ!」
どくことなどできるはずもないし、する気もない。
バルムヘルツを睨みつけるミネレーリの態度が気に食わないのか、じりじりと距離を詰めてくる。
その時、バルムヘルツの後ろでなにかが陽の光に反射してきらめく。
レヴェリーの姿を認識して、あっという間の出来事だった。
「ごふあっ!!?」
深々と目の前で腹を剣につらぬかれたバルムヘルツは、口から血を吐き出した。
まるで劇場で演劇を見ているように、ゆっくりとその光景が動いて、目に焼き付く。
腹から剣が抜かれた瞬間、崩れ落ちるバルムヘルツを血に濡れた剣を持ったレヴェリーが空虚な瞳で見つめていた。
「きゃあああああああああーー!」
テーヴィアの悲鳴が、まるで遠くから聞こえてくるような気がミネレーリにはした。
剣を放って倒れたバルムヘルツに駆け寄ったレヴェリーは、満面の笑みを湛えている。
「レ、ヴェ……リー!」
「大変ですわ、バルムヘルツ様。手当をしないといけませんわね」
そう言って、バルムヘルツから短剣を奪い、レヴェリーはそれをおもいきり掲げる。
「レヴェリー殿下!?」
振り下ろした瞬間、ぐちゃっと嫌な音が耳に残る。
「ぐうっあっ!!?」
「……姉様……!?」
「テーヴィア殿下!?」
ミネレーリの腕を掴んでいたテーヴィアの手が離れ、体が後ろへと傾いたのをなんとか支えたミネレーリは、テーヴィアが気絶しているのを確認して、そっと身体を綺麗だと思われる場所に横たえた。
そしてレヴェリーに振り返ったミネレーリは、そっと手を伸ばす。
「…………レヴェリー殿下、その剣を私にお渡しください」
バルムヘルツの心臓を破壊したであろう短剣は、未だレヴェリーが握っていた。
手を伸ばすミネレーリなど眼中にないのか、レヴェリーは歌を口ずさんでいる。
バルムヘルツの体から流れる血は、レヴェリーの美しいドレスを赤に染め上げていく。
「レヴェリー殿下……!」
「ほんとうはね、わかっていたのよ」
ふふっと楽しそうにレヴェリーは笑う。
「わたくしが一番ほしい愛をくれるのは、テーヴィアだけだと。でも、ほんとうにほしい人からでないと満足できないの。わかってくれるでしょう?」
「レヴェリー殿下!」
最早ミネレーリの口から出るのは悲鳴に近い呼びかけだった。
一刻も早く手にしている短剣を捨ててほしい。
レヴェリーがなにを思っているのかわかるのだ。
だから、早く……!
「だめよ」
軽やかに唄うようにレヴェリーは言う。
「わたくしを誰かと重ねている人の手はとりたくないわ」
刹那、ミネレーリは伸ばしていた手が体ごと震えた。
瞠ったミネレーリにレヴェリーは幸せいっぱいの表情で微笑む。
レヴェリーの首筋から血しぶきがあがったのは、ミネレーリが逡巡している僅かの間だった。
笑顔のままバルムヘルツの体の上に折り重なるレヴェリーを見たのが最後だった。
意識は急に暗転して、ミネレーリを呼ぶ声が聞こえた気がしたが、わからなくなった。
急激に薄れていく中で思い出したのは、母の姿。
冷たくなった母の顔は、レヴェリーと同じように確かに笑っていた。
更新が遅くなり申し訳ありません。
もう少しで完結です。
それまで、もしお付き合いいただけたら嬉しいです。




