私は女の子
すみません、まだ終わりません。
※一旦、視点が変わります。
「同級生ってことは頭も良いんだよね」
「え?……ああ、それはもう。僕なんか全然敵わないくらい」
彼が大きく頷くのを見た途端、何だかものすごく恥ずかしくなってしまった。
ちょっと雰囲気を変えてみようと思い立って選んだ黒縁の伊達眼鏡。出掛ける前に鏡を見た時は(うん、けっこう似合ってる……!)なんてワクワクしていたのに。本物の賢い女性を目の前にして―――自分が『賢く見える装い』をしていることに、どうにも耐えられなくなってしまったのだ。
「……眼鏡、外しちゃうの?」
キョトンと私を見つめる彼の視線からそっと逃げるように眼鏡ケースに目を落とした。分かってるんだ、目の前の彼はそんなことで私を馬鹿にしたりしない人だって。だけど……
「うん。ちょっと目が疲れちゃった」
「そっか」
彼はただ、私を気遣って優しく頷いてくれる。その優しさが、今は少しだけ重い。だって、気付いてしまったんだ。
私―――彼に賢く見られたかったのかもって。
そう意識した途端ぶわっ……と、全身に鳥肌が立った。
彼の可愛い同級生。頭が良いのに、綺麗で。
それでいてお洒落。ナチュラルって言うか自分の魅力をちゃんと分かった上で素の素材を活かしていて―――そう、目の前の彼と並んでも私よりもずっとシックリくる。
自分が好きでしている格好を、これまで恥ずかしいなんて思った事は無い。お洒落するのが楽しくて色んな冒険をするのが好きで、女子として『モテ』を意識したら着れない服やメイクだって―――それは自分が楽しくてしているから満足していた、のに。
同級生の女の子が、彼の腕を引っ張った時に思い出した。大学のベンチで彼を待っている時に声を掛けてくれた女の子だ。とても綺麗でしっかりしていて賢そうで……それでいて気を使える優しい人。
彼女達が去った後、足元からメラメラと恥ずかしさが込み上げて来たんだ。ポッと心の隅に小さく灯っていた対抗心に気付いてしまった。いつも自分の気持ちに正直に、お洒落して来たのに……!その素直な気持ちに、不純な物を混ぜ込んでしまったような気がしてうろたえてしまう。
「あの、それ……」
グルグルと自分の考えに夢中になってしまった私の耳に彼の声が飛び込んで来て―――ハッと我に返る。現実の世界が目の前に戻って来たみたいに。
「すごいね、それってどうなってるの?」
最初は分からなかった。彼が何のことを言っているのか。
「その模様!緑の……」
「あ、これ?」
彼の視線を辿ると、カップを握る私の指先が目に入った。
小さくて丸っこい爪は、ずっと私のコンプレックスだった。女性らしい細くて形の綺麗な爪だったら、ピンクやベージュの素材を引き立たせるだけのナチュラルなネイルでも美しく映えるのになぁって。だけど私の爪はそうじゃないから……だからある時思い切って赤とかオレンジとか、時には紺とか空色とか思い切って遊んじゃえば良い!なんて頭を切り替えた。
そしたらイメージがたくさん湧いて来るようになってワクワクし始めて。まず出来ることから始めよう!って思い直して、ネイルを綺麗にムラなく仕上げることに専念した。理想の爪には程遠いかもしれないけれど、今の私の爪をちょっとでも可愛くしたほうが、理想に合わないってウジウジしているより断然楽しいって気が付いたから。それからネイルアートにも凝るようになったらドンドン楽しくなって来て……今では友達にお願いされてネイルをすることもあるくらい上達したと思う。
今日もネイルを描きながら、ワクワク気持ちを盛り上げて来たんだ。楽しみな気持ちを込めて、丁寧に描いたの。
夜の空を表した紺色をベースに、キラキラと星のラメのグラデーションをあしらって。左手の薬指には緑色の小さなツリー。それから中指にはサンタの赤い帽子。右手の薬指と小指にも黄色い星をバランス良く散りばめて。
『うん!なかなかのデキ!』……なんて完成作を眺めながら、今日のこの日を楽しみにしていた。
指先を眺めていたら、俄かにその時のワクワクした気持ちが蘇って来る。
だけどこれって―――あんまり『モテ』ないネイルアートだと思う。
女の子らしく見られたいなら、それこそ賢い学校に通っている知的な彼の横に立つなら、もっとおしとやかな派手じゃない色や柄を選んだ方がきっとブナン。例えそれが『単純過ぎてつまらない』って今まで自分が感じていたとしても、彼に似合う『女の子』でいたいならそちらを選んだ方が良かったのかも。
なんて―――今までそんなこと、考えたことも無かったのに!
そんな風に不安な気持ちになってしまうのは……彼のことが大好きだから。
嫌われるより好かれたい。普通に好かれるより、もっとたくさん気に入られたい!そんな風に欲張りな自分がいるなんて驚いてしまう。そしてチョッピリ臆病にもなってしまう。
ゴクリと唾を飲み込んで、恐る恐る彼の前に両手を広げて差し出してみる。
でもこのネイルを作っていた時、楽しみにしていたワクワクは―――私にとってとても大事な大事な感情。だけど彼はどう思うのかな?女の子らしい清楚で、彼にピッタリな同級生の彼女達のように、私に装って欲しいと思っている?
「あ、クリスマス柄だ!」
はしゃいだような第一声に、トン、と肩を押された気がした。
「これってシール?」
興味深げに彼は私の爪に描かれたネイルアートをしげしげと覗き込む。
「……ううん、シールじゃないよ。自分で描いたの」
「え!自分で?!」
まん丸な瞳。これでもかってほど驚きに目を見開いて私を熱心に見つめてくる。
その真っすぐな視線が……私の中にあった固まった粘土みたいな物をポロポロと解きほぐしてくれた。
ああそうだ。やっぱり彼って―――こんな人だ。真っすぐで優しくて……素直な人。
だから彼を応援したいって思ったし、一緒にいたいって願ったんだ。
私はこっそり胸を撫でおろしつつ、頷いた。
「うん、そうだよ。マニキュアで」
すると彼の瞳がキラキラと輝いた。
「マジ職人?!うますぎるよ!」
本当に思わず、と言ったように彼がそんな風に叫ぶから、心に籠っていたモヤモヤの残りかすもその途端吹き飛んで、笑い出してしまった。
「『職人』って、大袈裟!普通だよ、これくらい」
掛け値なしの褒め言葉に、ザワザワと体の内からこそばゆくなる。
「いや、スゴイよ。ひょっとして米粒にも文字、書けるんじゃない?!」
可愛くて自分では気に入っているけど―――色気のイの字も無い私のネイル。それを見ながらクリスマスデートでそんな事を真顔で言い出す彼氏ってきっと他にいないよね?って考えた。その時心の底からこう思ったの。
ああもう―――ホントにホントにこの人のこと、大好き……!!!って。
次こそ最終話(の筈)です。




