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美容室で髪を切ったらモテました。  作者: ねがえり太郎
おまけ3 僕から見た彼女2
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彼女は女の子6

 二人の女の子達はカフェの入口から出る時一瞬こちらを振り返る。そして揶揄うようにニヤリと微笑みを浮かべ手を振った。僕はそれに、苦笑いしながら手を上げて返し、席に戻る。


「『邪魔してゴメン』だって」

「えーと……?」


 彼女は首を傾げて戸惑う仕草で僕を見上げた。その時漸く気が付いた。彼女達の紹介をしていないことに。うわー僕、まるで気が利かない!


「同じ科の子なんだ」

「あ、それで……」


 彼女は何か了解した、と言うように大きな目をパチパチと瞬いた。


「僕の学年、ほとんど男ばかりでね。女子はあの二人だけなんだ」

「男の子はどのくらいいるの?」

「百人ちょっとかな。美容師の専門学校はどう?ウチと逆で女子ばかりだったりする?」

「うーん、私が通ったクラスは半々だったよ」

「え?そうなの?」


 意外だった。てっきり女子高みたいな感じだと思い込んでいたんだ。


「ヘアメイク科になると九割女子だけどね。美容師を目指すヘアスタイル科はそんな感じ。……どうしたの?」


 軽いカルチャーショックに一瞬固まってしまった。思わずフルフルと頭を振って硬化の魔法から脱出する。


「『お洒落』とか『美容室』とか、そういうのって『女の子のもの』だと思っていたから」

「そう?ウチの美容室、店長も男の人だし美容師も男の人の方が多いよ」


 確かにそうだ。それにそこに実際僕も通っているのだし。―――たぶん僕は彼女ばかりに注目しているから、意識が他の美容師に及んでいなかったのだろう。どんだけ浮かれてるんだ!なんて思わず自分にツッコミを入れてしまう。


「あっ、でも友達の勤めている美容室は店長以外は女性ばかりだって聞いているよ。女性のお客様に力を入れてるからって言ってた」

「それは……女性同士の方が、気に入る髪型に出来るからかな?」


 例えば同性にしかピンと来ない『お洒落ポイント』があったりとか?僕の貧困な想像力じゃ、それぐらいのことしか思い浮かばない。


「どっちかと言うと女性のお客様はカットの善し悪しより、話しやすいかどうかで担当を選ぶ人が多いのかも」

「つまり、美容室に『お喋り』しに来ているってこと?」

「うん、髪型で冒険しない女の人だったら、余計にね」


 それはちょっと分かる気がしないでもない。僕も彼女が誘ってくれたから、美容室を使うようになったのだ。これがもし彼女のような真っすぐな女の子じゃなくて感じの悪い相手だったら、誘われてもきっと足を踏み入れずに終わったと思う。例えばあの、高校の時の派手な同級生とかだったら―――たぶん店の周りにも近寄らなくなると思う。


「初対面の人と喋るのって……疲れない?」


 口に出してから気付いた。もし頷かれたら―――僕の時はどうだったのか?なんて地味に気になってしまうかもしれない。墓穴を掘るような真似をしてしまった……!


「うーん……疲れるって言うより、ちょっと緊張するかも。でも、もともと人と接するのが好きだし知らない人と話すと新しい発見があるから、楽しみって言うのが大きいかな?」


 彼女らしい回答に安堵する。


 情けないが、僕だったら初対面の人と話す、なんてことになったら確実にビビリまくるだろう。しかも美容室に来るようなお洒落女子なんて……『話しかけんなよ!』なんてオーラ出されたら絶対委縮してその後無言で終わる。ただ『お洒落女子』と言っても目の前の彼女みたいな子だったら大丈夫かもしれない。と言うか、むしろずっと一緒にいたいくらいなんだけど……。




「ムズかしい顔、してる?」




 自分勝手な妄想に嵌りそうになっていた僕は、慌てて首を振った。


「ううん!いやその……ホラ『女の人とお喋り』って僕の一番苦手な分野だなって思ってさ」


 するとキョトン、と彼女は首を傾げた。


「さっき女の子と普通に喋っていたでしょ?」

「え?」


 女の子?一瞬考えて、思わず向かい合った彼女と同じ方向に首を傾げる。

 ―――あ!さっきの、二人ね。確かにあの二人も『女子』だよね。


「ああ、あの子達は……その『女の子』って言うより同級生だから」

「ええ?あんなにお洒落で綺麗で……どこから見ても可愛い『女の子』でしょ?」


 そう指摘されて、改めて考える。


 そう言えば僕も少し前までは、二人だけしかいない女子達に対して構えていたし話しかけづらいと感じていた。ただ高校の同級生の派手な女子達のように『怖い』とまでは思わなかったけど……それは当り前か。


 確かに彼女達は二人とも世間的にかなり可愛い方だと思うし、お洒落にも気を配っている。実際彼氏もいる……いや、片方は『以前いた』と言うべきか。女子の少ない我が科に色を添える、癒しと言うべき存在でもあると思う。だから僕も、最初は近寄り難いと思っていたんだよなぁ。だけど話してみたら結構気さくだし、同じ機械を専攻するだけあって中身はサバサバしていて付き合い易い人達なんだと気が付いた。と言うか女の子のうちの一人は科でトップを独走しているから、成績で敵わない僕が『女の子』扱いしちゃ失礼な気もするくらいだし。


 だけどいったいいつから僕は彼女達と接することに、特に違和感を持たなくなったんだろう?


「うーん、そう言われればそうなんだけど……」


 でも僕にとって『女の子』って言うのはこう……なんというか。


 そこまで考えてふと、気が付いた。そうか、そう言う事だ。女の子に対して気負いがなくなったのは―――目の前の彼女と出会ったから。


「同級生ってことは頭も良いんだよね」

「え?……ああ、それはもう。僕なんか全然敵わないくらい」


 また自分の考えに捕われて少し呆けてしまった僕は、慌てて大きく頷いた。すると彼女はちょっと困ったように笑って、掛けていた黒縁眼鏡を外す。それからフワフワした毛に覆われた小さな鞄の中から眼鏡ケースを出してしまい込んだ。


「……眼鏡、外しちゃうの?」


 可愛かったのに。―――と言う言葉が心の中だけ、響く。やはり素直に口には出せそうもない。


「うん。ちょっと目が疲れちゃった」

「そっか」

「……」


 すると少しの間、二人の間に沈黙が落ちた。


 いつもくるくると表情を変えて、楽しそうにおしゃべりをする彼女が口を噤んでしまうと、途端に辺りが静かになったような錯覚を覚える。それは僕があまりお喋りが得意じゃないからだ。いや、特定の話題なら幾らでも話せるけどね?ゲームとか漫画とか……ただ、あまりベラベラ喋って夢中になるあまり彼女に引かれたら嫌だな、と言うのもあって濃い趣味の話はなるべく避けている。僕が提供する話題と言ったら、学校とか友達の話くらい。


 それにどちらかと言うと、自分がしゃべるより彼女のお喋りを眺めていたいと思うんだ。彼女が楽しそうにお喋りしている、そのキラキラした笑顔を見るのが好きなんだよなぁ……その時間は他のことがどうでも良くなるくらい幸せな気持ちになれる。ってこの思考を読まれたら、恥ずかし過ぎて軽く死ねるかも。


 カップに目を落とす彼女の憂い顔に、ドキリとする。


 いつも元気一杯、全力投球!な彼女のそんな表情は稀だった。大人っぽい表情に、ああ彼女ってそう言えば僕より少し年上の社会人なんだ……って改めてそんな事実が浮かび上がる。何だかソワソワと落ち着かなくなって来た。


 何か、何か明るい話題を……この物憂げな雰囲気を晴らすような。じゃないとモヤモヤとした怪しい雲状のものが僕の中に発生してしまう気がする。邪な感情が抑えられなくなりそうな気がした。助けを求めるように彼女が両手で包み込んでいるカップを見た。あっ……!




「あの、それ……!」




 さきほど尋ねかけたことを思い出した。女子二人に声を掛けられる前に聞こうと思っていたんだ。すると彼女が顔を上げて、こちらを見てくれた。


「すごいね、それってどうなってるの?」

「?」

「その模様、緑の」

「あ……これ?」


 彼女の華奢な指の先、爪に施されている模様に驚いたのだ。彼女はカップから手を放し、一度自分の目でそれを確認した後、ゆっくりと掌を開いてテーブルの上に両手を差し出した。


「あ、クリスマス柄だ!」


 彼女の左手の、中指と薬指の爪にそれぞれ描かれているのは、小さなツリーとサンタの赤い帽子。それから右手の薬指と小指にも黄色い星が描かれていて、キラキラと証明の光に反応して輝いている。


「これってシール?」


 にしては完成度が……ものすごく緻密だよ。


「ううん、シールじゃないよ。自分で描いたの」

「え!自分で?!」


 驚愕した。これ、自分で描いたって?


「うん、そうだよ。マニキュアで」

「マジ職人?!うますぎるよ!」


 思わず感嘆の声が出てしまった。本当に真剣に、感心したのだ。


「……」


 僕の大袈裟過ぎるリアクションにポカンと呆けた顔をしていた彼女が、次の瞬間笑い出した。その瞬間一気に場が、はじけるように明るくなった。




「『職人』って、大袈裟!普通だよ、これくらい」

「いや、スゴイよ。ひょっとして米粒にも文字、書けるんじゃない?!」




 僕の興奮冷めやらぬ言葉は、たぶんちょっと的外れだったかもしれない。だけど混じりけない賞賛の気持ちだけは、伝わったような気がした。だって彼女が一瞬纏っていた、憂いを帯びたような雰囲気はいつの間にか掻き消えて何処かに行ってしまったから。




 目の前の彼女は少し恥ずかしそうに、それでいて嬉しそうに頬を染める。その可愛らしい様子を目にして、ある考えが閃いた。


 そうか、これはとても単純な話だ。


 『可愛い』とか『綺麗』とか、そう言う軟派な言葉で表現するのは、正直今の僕にはハードルが高い。だけどそう言う事に拘ってしまって、思っていることを伝えないのはきっと駄目なことなんだ。


 カッコつけないでも良い。思ったことを、素直な気持ちを伝えることが―――大事なのかも。それさえ出来れば―――彼女は屈託のない笑顔を、返してくれるから。

あと一話で終わります。(……のはずです。たぶん)

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