彼の彼女 【最終話】
最終話となります。
※注!本日二話投稿しております。前話未読の方はそちらを先にお読み下さい。
工学部棟の傍にある池と言うか沼の傍に、幾つかベンチが設置されている。
その一つに黒っぽいワンピースに編み上げブーツ、金髪の女の子が座っていた。
あ、彼の『彼女』だ。
その素朴なベンチ、淀んだ沼にまったくそぐわない違和感ありまくりの光景に、学生達が奇異な視線を向けて通り過ぎて行く。きっとコスプレイベントか何かだと考えているかもしれない。コスプレと言われても違和感のない非現実的な佇まいが、彼女にはあった。
私は周りの通行人と同じくその場を通り過ぎようとして。
二、三歩進んだ所で立ち止まり、引き返した。
彼女がソワソワとスマホを出して、時間を確認しているような素振りをしたからだ。
「あのね、もうちょっと掛かるよ」
「え?」
俯いてスマホを見ていた彼女が顔を上げた。
目―――でっかっっ!!!
私は衝撃を受けて固まってしまった。勿論メイクの効果もあると思う。でもこの、おそらく天然物であろうバサバサの長い睫毛に縁どられた、円らな瞳の大きさったら……!そして相対効果もあるに違いない。だって頭が……とっても小さいんだものっ!ツルツルお肌に薔薇色ほっぺ。アイメイクとかリップの色は濃いけれど、お肌が綺麗。肌の感じを見るとファウンデーションはかなり薄いに違いない。この子……素材がかなり良い!
何で、こんな格好しているんだろう??後輩ちゃんみたいな男受けファッションしたら、かなりの美人ちゃんに仕上がっちゃうんじゃないだろうか。この格好、男受けむしろ悪いよね?
あっそーだった、美容師さんだから……ただ、こういうお洒落が好きなのかも。『男受け』とかどう見られるかじゃなくて、こういう格好をしたいんだよね、たぶん。まぁ、美容師さんにも色んなタイプの人がいるのだろうけど。
「えーと、私、機械工学科で……たぶん貴方の彼と同じクラスなの。彼、先生に捕まって荷物運び手伝わされてたから……予定より十分くらい遅れるかも。急かされてたからスマホ触る暇も無かっただろうし」
「そうなんですか!」
するとパッと彼女は立ち上がった。
「ありがとうございます!」
そしてニッコリと笑顔でお礼を言ったのだ。
わぁ……可愛い……。
そして、ちっさ……!小柄!こつぶ……!リアル人形!
遠めに見たら、確かにハデ。
だけど近くで笑顔を見たら、可愛いし感じが良いし本当に良い子そう。演技とかじゃなく。……これは、ああ……
敵わないなぁ。
心の中の自分が、白旗を上げた。
私はそれから苦笑を一つ落として「じゃね」と手を振り、そそくさとその場を離れたのだった。負け犬は去るのみ。あーあ……彼の彼女、本当にイイ子そう。思った以上に可愛いし……。
私が彼の事を告げると、本当に嬉しそうにニッコリと笑った。どうやら彼が騙されているって言う可能性はほぼ零に近似しているようだ。彼の為には喜ばしい事だけど―――付け入る余地、全くなさそう。彼女の誠実さについて、既にキッパリと彼に断言されていたと言うのに、一縷の望みを抱いていた邪な私の本心は―――この日ガックリと肩を落とす羽目になったのだった。
さて、白旗を上げた私はその後新しい恋に向けて恋活中―――なんて事は無く。片想い続行中!横恋慕かもしれないけれど、彼と話すと楽しいし元気が出る。奪おうとかそう言う気持ちは―――まあ、下心は全く無いとは言い切れないけれど……無茶な手練手管を行使するつもりは無い。そう言うのって後輩ちゃんみたいに結局バレちゃうものだと思うし、何より彼に対してそう言う狡い手口は使いたくない。
恋愛はそんな感じで停滞中だけど、それも良いかなって最近は思うようになった。
だって学生の本文は勉強だし……!あれ?これ前も言ってたかな?
希望のゼミに入れるように、しっかり真面目にお勉強中。サークルも辞めていない。よく遊び、よく学ぶ。だって私の人生はこれからずっと続くのだから。自棄になって生活を崩したり出来ない、シッカリ者の私。以前は何処かそんな自分の性格を、卑下しちゃう所があった。
でも彼がそんな私を肯定してくれたから―――このまま、不器用なちょっとイイ子ちゃんの自分でも良いかもしれない、そう思えるようになったんだ。
そして講義を真面目に受講した後、私は我が科のアイドルと中央食堂でランチをしている。彼女はカレーライス、私は豚みそ焼き肉丼をチョイス。新メニューを試しに選んでみたけど……うん、まあまあイケる。
「ここ、空いてる?」
「あ、はい」
慌てて荷物を寄せるが、聞き覚えのある声に顔を上げるとそこにはトレーを持った元カレが笑顔で立っていた。
「……あっちも空いてますよ」
我が科のアイドルが私越しに、彼女にしては珍しくツンとした態度で遠くのテーブルを指さした。
きっと私を振った元カレの、空気を読まない親し気な態度に腹を立ててくれているんだろう。キッパリ拒絶を示した私の中では、もう彼との事は無かった事になっていたのでそれほど嫌悪感がある訳じゃないのだけれど……友人に大事にされているような気がして、彼女の助け舟は何となくちょっと、嬉しい。
しかしそんな彼女の不機嫌をスルーして、元カレは私の隣の席にストンと腰を下ろしてしまった。私と彼女は視線を交わして黙り込む。まあ、そっちが勝手にするなら、相手にしなければ良い話だ。うん。
「なあ、今日講義の後、空いてる?」
「そっちは空いてない」
「つれないなぁ」
「当然でしょ?」
面倒な事になりそうなので、サッサと食べて席を立つ事にする。我が科のアイドルも無言でカレーライスを平らげて、私と一緒に立ち上がった。
「もう行くのか?」
「うん、じゃね」
トレーを持ったまま素っ気なくそう言って、下げ口へ向かった。それから食堂を出て、次の講義の為に工学部棟に向かう途中、隣を歩く彼女が呟いた。
「あっちから振ったくせにシツコイね」
「サッパリした奴だったのに、おかしいなぁ……」
アイツも私と一緒で、振られた相手に執着するような人間じゃ無かった。あのカフェですっぱりと拒絶を言い渡した後も、同じサークルの仲間としてサークルにいる間は話し掛けられれば普通に話している。用事があればちゃんと伝えるし。サークル外で二人で話すとか、そう言う事は全くしていないんだけど。通りすがれば挨拶くらいはする程度の付き合いに落ち着いた筈だった。
元カレはどうやら後輩ちゃんとやり直すつもりは全く無くなってしまったようで、懲りずにアピールする後輩ちゃんに対して事務的にしか対応しなくなった。二人切りで会う事も無くなったみたい。最近後輩ちゃんはサークルに顔を出さなくなった。彼女の友達が言っていたように、目当ての男の人に振られたらサークルに顔を出す意味が無い、と考えているのかもしれない。
そんな感じで暫く過ごしていたある時、サークルの飲み会の場で、元カレに私の片想いの行方について尋ねられた。
私は正直に、金髪の彼女が実際あの彼と付き合っていて、望みは薄そうだと言う事を告げた。すると彼は私に再度復縁を申し出て来たのだけれど―――同じ科の彼を好きな気持ちは変わらないので、今は彼氏は必要ないのだと再びキッパリと断った。
『まあ、もう信用出来ないしね~』と冗談めかして言うと『そうか……』と肩を落としていた。ちょっぴり可哀想な気もしたけど、仕方が無い。私もいい加減な気持ちで彼氏を作るのはもう止めたのだ。
その時はそれで終わったのだけど、その後何故だか彼の中で前向きな気持ちの変化が起こってしまったらしい。
「もう一回信用して貰えるよう、頑張る」
「は?」
私は耳を疑った。と言うか、根本的に間違ってる。『信用』も大事だけど、私が好きなのは同じ科の彼で、もう元カレの事を恋愛対象として見れないのだ。
「じゃあ、友達で!なっ!」
「ええ~……」
心底嫌そうな声を出すと、彼は真顔で私に詰め寄って来た。
「お前だって、好きな子のいる男と友人付き合いしているんだろ?それに好きな気持ちは消さないでいるんだし。―――俺だってそうしたって良いだろ?」
「う……それはそうだけど、でも……」
「そう言う事で!よろしくなっ」
グイッと手を掴まれて、無理矢理握手させられてしまった……。
モテる彼の事だから、その内また誰かにアプローチを受けて可愛い女の子と良い感じになるだろう……なんて楽観的に考えていたのだけれど。
一年経った今でも彼はまだ諦めていないようだ。モチロン私も好きな人は変わっていない。平行線が続いていて、元カレのアプローチに嫌な顔をしていた我が科のアイドルも、ちょっと彼を気の毒に思い始めるようになって、今では食堂で鉢合わせても普通に元カレと世間話するようになってしまった。
最近は私も元カレの出現に慣れてしまって苛立つ事も無く、冗談を言って馬鹿笑いするようになってしまった。復縁と言うより、本当に普通の、気の合う『友達』になりつつある……。
そしていつの間にか私の好きな彼の隣に歩く彼女の髪の毛が、明るい茶色に変わっていた。
すると違和感ありまくりだった二人が、しっくりとお似合いのカップルに見えるようになった。いまだに仲良く付き合っている彼と彼女をみると、少しだけ胸は痛むけれど……でも同時に、嬉しくも思う。
どうか、彼と彼女がずっとずっと続きますように。
なんてふと願ってしまう私は―――愚かなのかもしれないし、偽善者なのかもしれない。けれどそんな風に思える自分って『案外嫌いじゃない』なんて、この頃は思うんだ。
やっと最終話に辿り着きました。初めの方で『終わる終わる詐欺』みたいになってしまって、結局十話も続いてしまいました。ホント、スイマセン。あらすじ時点で分量がちゃんと予測できるようになりたいです。計画的な人間に……うん、やっぱ無理かな。
最後まで何とか登場人物の名前を出さずに終わる事が出来ました。ちょっと苦しい箇所がところどころありましたが、何とか誤魔化して終わらせる事が出来てホッとしております。
見放さず見守っていただいた方々、ここまでお読みいただき誠に有難うございました。




