彼女の特技
前回おまけ投稿の際、収まりを考えて省いたエピソードを追加します。
「おまけ」の更におまけ、短い小話です。
目的地は人気のスープカレー店。札幌駅前に在る農業協同組合の大きなビルの地下には、小さな飲食店が数店並んでいる。本店は円山近辺にあるのだが、最近支店が僕の大学と彼女の職場から近いそこに出店したと聞いて気になっていたのだ。
「わ!スゴイね」
「まだ昼までだいぶんあるのに、もうこんなに並んでるんだ……」
狭いオフィスビルの地下通路にびっちりと人が並んでいる。受付表に名前を書いて事前に見られるメニュー表を手に取り最後尾に並んだ。建物も地味で、お堅い味気ない内装のオフィスビルの地下。本来なら昼時でもあまりひと気が無い筈なのに、急にそこだけ人だかりになっていて、夢の中にいるような不思議な気分になる。
何となく込み具合を予想してたものの、実際それを目にしてしまうと若干引いてしまった。
しまったなぁ……かなり待つ事になりそうだ。
デートの行先選定、間違っちゃったな。普段立ち仕事が多い彼女を疲れさせるつもりは無かったのに。
「でも、待つぐらいでちょうど良いかも。メニューが多いから、すぐには決められそうにないもんね!」
胸が熱くなった。
何て可愛い事を言ってくれるんだろう……!
しかも気を使った様子も無く、彼女は素直にそう思ってくれているようだった。僕はどうしても物事をネガティブに捕らえがちだから、こうしていつも彼女が何気なく言ってくれる明るい見方に何度も救われているのだ。
彼女の笑顔に気を取り直して僕は―――メニュー表を彼女に見せつつ覗き込む。
「普通のスープもあるけど、やっぱり奥島商店と言ったら海老のスープが有名だよね。僕は初めてなんだけど……食べた事ある?」
「ううん、私も初めて!」
「僕は海老スープにするけど、どうする?」
「私もそうしようっと。あー、でもそれでも具材に色々種類があるんだね、迷う……!」
そんな感じで笑いながら肩を寄せ合いメニューを検討していると、二人の女の子が重いガラスの扉を開けて地下街の廊下に入って来た。そうして列を眺めたりスマホの画面を見たりしながら……何やら行きつ戻りつしている。
顔を上げた僕の視線を追って、彼女も二人の女の子を見た。どうやら二人はアジア系の外国人らしい。この町ではこういう外国人観光客は珍しくない。評判を聞いてこの店まで辿り着いたのは良いが、どうして良いか迷っているのかも、と思った。
声を掛けるべきか?うーんでも、きっと日本語じゃ無理だよな、英語かぁ……聞くのは出来るけど話すのはちょっと苦手なんだよな……。
「Would you like to eat something in this soup curry shop ?」
隣の彼女が突然、ピョン!と一歩踏み出し彼女等に話しかけた。すると二人の女の子はパッと笑顔になって返事をする。
「「Yes!」」
「OK. You need to write your name on that paper, and wait in line after us!」
「Thanks a lot!」
「That's so kind of you!」
「You’re welcome!」
そうして二人の女の子に手をヒラヒラと振って―――またピョン!と僕の横に戻って来て、ニコッと可愛らしく笑う。
僕は唖然として一瞬言葉を発するのを忘れてしまった。
「えっと……英語しゃべれるんだね?あ、そうか。おばあちゃんイギリス人って言ってたもんね」
「あ、うん。ちょっとだけね」
「スゴイ、通訳とか出来るんじゃない?」
リスニングは出来るので、彼女が『紙に名前を書いて私達の後ろに並んで!』と言ったのは分かった。だけど彼女の英語が随分スラスラと違和感なく滑り出て来たので……呆気に取られてしまった。
「まさか!ムリムリ!私いっつも英語、赤点だったもん」
「ええ?あんなに流暢なのに?」
「文法とかよく分からないの。間違ってても通じれば良いなー、くらいの話し方しかできないし」
「いや……僕よりずっと上手だよ」
留学生や外国人の先生と話した経験はあるけど、自分から話しかけるなんてとんでもない。話しかけられて受け答えするのが精一杯なんだ。言ってるコトはかろうじて聞き取れるんだけど、自分から話しかけるって……全然頭に浮かばないんだよな。あ、でも英語に限らないか。僕は日本語でも、知らない人に、しかも女の子に気軽に話しかけるなんてまず無理なんだよな。だからさっき踏み出す事が出来なかったんだ。
「従妹と直接話したくて漫画とかアニメで覚えたの。向こうも同じように日本語勉強してくれてるから、適当な英語と適当な日本語同士、ごちゃまぜで話するんだ。それにホームステイの子が偶に家に来るから、普通のこと話すのだけは何とかね。でもちゃんと話せてるかは……自信ないなぁ、キチンと勉強してないから」
「僕は逆だよ。受験英語とか小説とかは読めるけど……会話はさっぱり」
「私は文章はさっぱり!人と話すのが好きだから、そう言うのは頑張れるんだけど、読み書きは無理~!」
そう言えば彼女は接客業。初対面の人にでも臆せず話しかけられるんだ、僕と違って。
「すごいなぁ……僕もああいう時、声掛かられるようになりたいな」
何だか人見知り気味な自分がカッコ悪いような気がしてきた。
だけど思わずポツリと零した言葉に―――彼女が目を丸くして、ブンブンと首を振った。
「駄目!私が話すから……他の女の子に、気軽に話しかけないで!」
そう言ってプッと膨れる彼女を見て―――くすぐったくて僕は思わず噴き出してしまった。
「何で笑うの!真剣に言ってるのに~」
ジタバタして真っ赤になる彼女を目にすると、笑いが止まらない。
僕ばかりが―――嫉妬している訳ではないらしい。
何だか嬉しくて、その日は一日中ニヤニヤしてしまったのだった。
彼女の特技は英会話でした。
英語の台詞は超適当ですが……彼女の英語が自己流と言う設定なのでお許しを。
こちらで本当にネタ切れなので、完結表示とさせていただきます。
お読みいただき、有難うございました!
※誤字修正 2017.12.27(Penwhale様へ感謝)




