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天才魔道剣士は、異世界からきた聖女を手放さない(仮)  作者: 堂島 都


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 耳はまだ元に戻らない。

「アリステッド…?」

 自分の声が遠い。


「りな」

 女王様の声も遠い。


「みな い ほう が い い」

 キーンとした耳鳴りが続く。

 女王様の声も遠い。

 それと同じくらい、言葉の意味も遠い。


(え? だって、さっきまで、しゃべってたじゃない。見ないほうがいいって? どういう…)

 なんだかぼうっとしてしまう。


 土埃が風でどこかに行ってしまうと、信じられないくらい地面が大きくえぐれているのが見えた。

 アリステッドの姿は見えない。

「!!」

「リナ!」

 遠く吹き飛ばされていたレオが、走って戻ってきた。


「リナ。近づくな。まだ稲妻が残ってる!」

 ふらりと一歩踏み出そうとしたリナを、レオが止めた。

 確かにパシパシという大きな破裂音と光が見える。


「でも、あそこに、アリステッドが…」

「あの落雷を食らっては助からない」

「え?」

「魔王の高位魔法を食らっては…」

 リナは段々と聞こえるようになってきた言葉を、今度は頭で理解できない。


(魔王様を三百年苦しめた罪。魔王様には仕返しする理由がある)

 冷静に頭に浮かんできた言葉。


 確かに、魔王様の苦しみを受け取ったリナには、十分すぎるくらい理解できることだ。

 あの苦しみ、あの痛み、あの恨みの量。

 リナの力でなんとか正気を取り戻すことは出来たが、狂ったまま命を落としてもおかしくなかった。

 アリステッドを許してほしいなんて、軽々しく言うことは出来なかった。


(私も、こんなところなくなればいいって思ってた。でも、さっきまで話してた人が…)

 ガタガタと膝が震える。


(これで終わりなの?)

 父と似た顔の、父と全然違う笑い方をする、あの人を食ったような話し方の、父と母を知っている唯一の人で、自分の両親のことを共有できる人。


(もういないの?)

 ほとほとと涙が零れ落ちる。


「聖女様…」

 モーラが抱きついて慰めてくれる。


「すまないな。聖女リナ。これ以上、天空都市に囚われる魔族を出すわけにいかない。天空都市は無くしたほうがいい」

「魔王様…」

(その通りよ。また天空都市の核に使われるために魔族が捕えられるようなこと、絶対だめだもの)


 アリステッドが最後の4枚羽の天使だというのなら、アリステッドがいなくなれば異世界から人を召喚するものがいなくなる。

 この天空都市を運営するものがいなくなる。

 これ以上、天空都市に囚われる魔族がいなくなる。



(……リナフェリックス)

 風に乗って、声が聞こえる。


(ああ、リナフェリックス。聞こえるといいんだけど)

「アリステッド!?」

 リナも周りの人たちも反応した。

 皆にも聞こえるようだ。


(僕もう、肉体を保てない…。聞こえるなら聞いて)

「うん」

(君は天使にならないよ)

「え?」

(君の体見たけど、変なところなかったって言ったでしょ?天使になる兆候はなかった。…だから安心していいよ)

 アリステッドが採寸の時にジロジロとリナを見ていたのは、天使になるかどうかを確認していたのか。


「体を見た?」

 レオはそこに引っかかったらしいが、アリステッドの言葉を遮ることはしなかった。

 その代わり、ぎゅっとリナを抱きしめる。


(僕のリナフェリックス。君なら僕の欲しいものくれると思ったんだけど、僕のこと選んでくれなかったから、もういいよ。ここはもう誰も入れないようにする。バイバイ)

「アリステッド?」

 呼びかけても、もう返事は返ってこなかった。


「アリステッド…」

 うわーんと泣き出してしまったリナを、レオが抱き上げる。


「リナ。ここを離れよう」

「レオ…レオ…」

「ああ。終わったんだよ」

 影犬にリナとモーラを乗せて、地上に飛び降りる。


 女王様と魔王様はモーラをはじめ、行き場のない天空都市に住んでいた子供たちに声をかけて、希望者を北の大地に連れていくことにしたようだ。比較的小さな子供が多かった。


 一部の子供や大人たちはなかなか頭を切り替えられない様子で、呆然としているものが多かったが、魔族を悪魔と嫌うものが多いので、どこか住みやすい場所に自分たちの集落を作るのではないかと思う。


 山に刺さった格好になっていた天空都市は、魔王様を閉じ込めていた場所からどんどん崩れて、主要な場所がほとんどなくなって、小さな小島が残るばかりだ。


「あの天使が最後にきちんと片づけたんだな」

 レオは振り返って小島を見てから、女王に借りた馬に乗り換えた。


「リナ。北に帰ろう。子供たちも心配してる」

「うん…」

 しくしくと泣き続けるリナを優しく抱いて、おでこに口づける。


「レオナルド!リナ!」

 ギャリーとグリッドの2人が駆け寄ってきた。


「本当にすごいことしたな、お前さんは」

 グリッドが小島を見上げてため息交じりに言う。


「後始末は春の王がやろうだろうよ。ほとんど寝ているような王だが、流石に動くだろう。俺は仕事がありそうだからここにしばらくとどまるぜ」

「グリッド、ギャリー。助かった。礼はまたいずれ」

「楽しみにしてるぜ」

「リナ。無事でよかった。また会おう」

 2人となんとか挨拶を交わして、ぎゅうとレオに抱きついて、北の大地に向かって走り出した。


 リナはほとんど話さず、レオにしがみついたまま、目を閉じていた。


「リナ。俺が愛する。安心していい。一生涯、リナを愛するよ」

「レオ。私も、レオが好き。愛してる」


 リナは久しぶりに嗅ぐレオの匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。



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