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中庭には2人が使った魔法でぼこぼこと地面がえぐれている場所がたくさんできた。
アリステッドの稲妻を操る力は強大だ。
「ほう。あの天使、戦い方を知ってるな」
「どちら も つ よいです ね」
魔王様と女王様はすっかり2人の決闘の観客となって、楽し気だ。
当然、魔法や物理攻撃を防ぐ魔法を使って、リナに攻撃が流れてこないようにガードしてくれている。
流れ弾のような石つぶてや魔法の残滓が、魔法陣の外側でパリパリと弾かれている。
戦っている2人はまだ決定的な怪我もなく攻防が続いているらしいが、アリステッドが地上で戦っている。
ほとんど空を飛ぶことがない。翼を動かすのは風魔法を使ってレオと距離をとる時くらいだ。
アリステッドが飛べば、状況は大きく変わるんじゃないかとリナはそわそわする。
(現実で、まさか私が『私のために戦わないで』をやるとは思ってなかった…マンガじゃあるまいし)
リナも、自分で何ともできない状況になって、暢気な感想しか出てこない。
「おらああああ!!!」
隙をついてアリステッドに蹴りを入れたレオが雄たけびを上げる。
アリステッドは地面を滑るように吹っ飛んでいく。
「ううう…」
「アリス! レオも、もうやめて! 止まって!」
2人が離れたところでリナが叫ぶ。
「こいつがリナを諦めるというまでは止まらない」
レオはため息をつきながら、恐ろしい声を出した。
リナもびくりと肩が動いた。
「じゃあ、殺しあうしかない。僕はリナフェリックスを諦めないからね」
「おお。気が合うな」
二人の意見は合致しているようだが、リナは了承できない。
「私の!! 話も!! 聞いて!!」
リナの大声は効いた。
「私の人生でしょ?どうして勝手に2人で決めちゃうのよ!!」
「リナ…」
「まず、私はアリステッドと結婚しません!」
「リナフェリックス…」
「これはアリステッドが大前提、私の叔父さんだから、私の価値観ではナシよ」
「そんなぁ…」
アリステッドが残念そうに言う。
「天使は血縁関係が近くても全然問題ないって言っても? 兄妹で結婚する人もいるよ?」
「ナシです!」
リナはきっぱりと言い切る。
「アリステッドが叔父さんだっていうなら、私の唯一の家族なの。家族として見守ってほしい」
それはリナの心からの言葉だった。
「私のこと、連れ去る時しか無理やりに名前の拘束使わなかったでしょ? アリステッドは私の言うこと聞いてくれるって思って信じてるから」
ふんすっと自信ありげにリナが言う。
「じゃあ、家族にはなってくれるんだね」
にこにこ顔のアリステッド。家族という言葉でも十分嬉しそうだ。
「そうよ。もう家族よ」
「じゃあ、家族として言わせてもらうけど、影鬼と結婚はナシだよ」
「どうして?」
急なトーンダウンに面食らってしまった。
「影鬼は子どもを影の中で出産して、影の中で育てる。君が普通の人間だったら無理だよ。影鬼の影の中は不可侵だ。君が死んじゃう」
「…私、レオの影の中に入れるけど…?」
「はあ?」
アリステッドが素っ頓狂な声をあげる。
リナがさっと視線をレオに向かわせると、ちょっと目線をそらされる。
「レオ?」
「いや、確信はあったんだよ。俺の魔力を全然感じてないからな。俺の影にも入れるって、確信はあった。うん」
それにしてはしどろもどろに感じるが。
(もしかしなくても、あれって危ない場面だった?)
「影鬼の影は特殊な空間だからね。魔力も特異だ。本当に、それに適合できたの?」
(なんだか、レオの影の中で寝ちゃってたって、言わないほうがいいレベルの話?これ)
今度はリナが目をそらす番だ。
「そもそも、リナは天使の血を引く異世界人だからな。存在自体が奇跡だよ。その奇跡が俺と出会って俺を愛してくれたんだから、俺は絶対にリナから手を引かない」
「レオ…」
「り な」
「はい」
「りな は れおな るど が やっぱりすき?」
「はい」
「れおなるど と けっこ ん したい?」
「はい」
「おとうさ ま」
「うむ。聖女リナ。北の大地でレオナルドとの結婚式を準備しよう」
「しろ の ど れす きてね」
魔王様と女王様は話をサクッとまとめてしまった。
本気で決闘の行方次第だと思っていたようだったが、魔王様と女王様はリナのことを一番に考えてくれた。
「4枚羽の天使。貴様ら天使がやったことは許しがたい。レオナルドとの決闘がなくなったなら、その罰は受けてもらう」
魔王様が手を挙げると、空に浮かぶ雲が集まってきたように見えた。
この場の上空にだけで、春の町はお天気そのもの。
これが魔法なのかとリナが思っていたら、黒雲がバリバリと帯電し始めた。
ひゅ
魔王様が天にあげていた手を思いっきり振り下ろすと、アリステッドに向かって特大の落雷があった。
地面が揺れ、大きくえぐれるほどの。強烈な落雷。
魔法防御をしていたにもかかわらず、レオが遠く吹き飛ぶほどの威力。
もうもうと土煙が上がって、アリステッドの姿が見えない。
「アリステッド!」
リナは体がすくんで動けない。強烈な音に、耳が遠くなっている。女王様がリナを抱きしめてくれた。
「アリス…?」
キーンとしか聞こえない。自分の声も遠い。天空都市は静寂に包まれている。
死んでしまったのではないか?
いくらなんでも生き物が生きていられると思えないくらいの、強烈な魔法だった。
リナは風が土煙を吹き飛ばしてくれるのを、震えながら待つしかなかった。




