54
「…落ちる!!」
ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!
砂煙、地響き、人々の悲鳴は強烈で、恐ろしく、リナは震えが止まらなかった。
天空都市は、春の地の一番高い山、ヤーソル山の山頂に刺さるようにぶつかり、小さな山々を支えに山の上に島を作る形で止まった。
地面に墜落して、春の町を壊すようなことにならなくてよかった。
天空都市の人も逃げている姿が見えてほっとしたリナは、全身に入っていた力が少し抜けた。
しかし、天使たちの様子がおかしい。
「天使が…!」
「そうだね。天空都市からもらっていた聖力が足りないとこうなる」
戦っていた天使たちが力尽きたように、バタバタと倒れている。
「わかってたの?!」
「そりゃそうさ。あいつらは自分の体で聖力が作れない。天空都市が機能してるから生きてる。北の魔王は解放されてしまったしね。死ぬしかない」
「…そんな…」
「どうせ自我のない人形みたいなものだし、そんなに悲しむこともないだろ?」
けろりとした言い方にぞっとする。
遠くではまだ魔王が叫んでいる。
このままでは春の町に降りて行って、暴れてしまうんじゃないかというくらいの興奮状態だ。
「リナーーー!祈れ!魔王と心を通わせろ!!」
影犬を出して、跨りながらリナへと叫ぶレオ。
影犬を走らせて魔王が暴れる場所へと駆けていく。
「アリス! 私を魔王様の近くへ連れて行って!」
「いいよ」
アリステッドは素直に頷いて、リナを連れて魔王の近く、攻撃の手が届かないくらいの所へと飛んでいく。
(魔王様。魔王様。檻は壊れました!!)
一生懸命に祈る。
(魔王様。私の話を聞いてください!! 聞こえますか!?)
(××……×××……)
なにか話しているようだが、言葉になっていないためわからない。
魔王は焼け爛れた全身を晒して、大きく空に向かって叫んだ。
目をそむけたくなるような姿。
悲鳴のような声。
「ひどい……」
涙がこぼれてしょうがない。
「リナフェリックス。魔法を張るよ」
アリステッドがそういうと、多面体の球体が大きく魔王を包み込む。魔法が現れたのだ。
「リナフェリックス。これで話しかけてごらん」
「うん」
(魔王様! 魔王様! 聞こえますか!?)
(グ…リン ベッド…×…×××…)
言葉になってきた。
「女王様!! 魔王様が呼んでます!!」
「りな ありが とう」
女王様は巨大影犬の上から魔法を全力で口から出した。
うわんっと空気が歪むくらい強烈な魔力の塊をぶつけている。
きっと回復の魔法だ。
(魔王様! 女王様も回復できるように魔法を使っています! 受け入れて! お願いします!)
祈って祈って祈って、リナはキズの回復が早く進むように全力で祈った。
爛れた真っ赤な皮膚が、回復してゆくと共に、魔王の大きさが小さくなる。
(魔王様!! 気をしっかり持ってください!!)
(……聖女、か…?)
(そう呼ばれています)
(そうか。助けられた。礼を言う)
(魔王様。女王様が助けにいらっしゃってますよ)
(グリンベッド。わが娘。大きくなった…)
(娘!?)
(そうだ。グリンベッドは愛しの娘だ)
話していると、魔王様の意識がはっきりし、落ち着いてきたのが分かる。焼けただれた皮膚も修復しつつある。
「リナー!!」
魔王様が落ち着いたので、こちらへと戻ってきたレオ。
「天使! リナを離せ!」
「嫌だね。リナフェリックスは僕のお嫁さんだよ」
「リナは俺のだ!!」
「俺のだ、だって。リナフェリックスは生まれた時から僕のだよ。ずっと見てたんだ。リナフェリックスは兄さんからもらった贈り物さ」
ぷはっと噴き出してから、アリステッドは驚くようなことを言った。
「アリス、あなたが執着してるのって、私じゃなくて父さんなのね」
「そうなのかな?自分ではわからないけど、兄さんの宝物を兄さんが守れないなら僕が守るんだ」
「要らないわ。アリステッド。私はもう子供じゃないもの」
「子供の時に助けなかったのを恨んでるのかな?ごめんね。その時はまだリナフェリックスをこちらに呼ぶことができなかったんだ」
随分とリナの状況を細かく知っているようだ。
「アリスデッド、とにかく一度下ろして。ずっとぶら下げられてたら苦しくなってきたわ」
「…逃げない?」
「逃げないわ。話をしましょう」
「わかった」
随分と素直に応じてくれたものだ。
アリスデッドはすすすと高度を落としてリナを地面に立たせた。
「ふう」
やっと一息つけた。ずっとお腹を持たれていたので苦しかったのだ。
「やめて! レオ!」
レオがアリスデッドに飛びかかろうとしてるのを止める。
「何故だ?! こいつが全ての元凶だろう?!」
「待って。話がしたいの。先に魔王様を回復させて、女王様と北の大地へ戻ってもらいましょう。女王様も子供たちを置いてきてるでしょ?」
「それは、そうだが…」
レオはテキパキと場を仕切るリナに面食らって変な顔をしている。
「魔王様の状態、回復するかしら」
「リナの祈りで回復するはずだ。祈ってやってくれ」
「わかった」
リナは心を落ち着けて、手を組んで祈った。
(魔王様の傷が良くなりますように…)
リナの組んだ手が輝く。
「リナ…!?」




