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「…出て行ってもらえませんかねぇ」
「どうして? リナフェリックスの結婚式の準備でしょ? 僕も見ていたい」
リナは今、ほとんど下着のようなシュミーズ姿で天使たちに採寸されているところだ。
結婚式の時に着るウェディングドレスのためらしい。
「私、こんな格好なんですけど」
「下着、着てるじゃない」
「着てるけど、ほとんど裸で恥ずかしいから、出て行ってください」
背中越しに懇切丁寧に説明しても、アリステッドは理解してくれない。
「裸が恥ずかしいの?」
へーっという風に、余計ジロジロ見ているのが鏡越しに見える。
「ちょっと!」
「リナフェリックスには変なところないから恥ずかしくないよ」
(話が通じない…)
リナはもうアリステッドの同席は免れないのだと、ため息をついた。
「リナフェリックス。今日はそれが終わったら楽しいところに遊びに行こう」
「楽しいところ?」
そんなところ、この都市にあっただろうか。
リナとモーラは散歩と称して天空都市をたくさん見て回った。
もちろん護衛天使もついてきたが、ほとんどフリーパスのような状態で、天空都市の端から端まで見学出来たように思う。
娯楽室のようなところも見て回ったが、特に楽しく遊びに行きたいところなどあっただろうか?
「ほら。気になってきたでしょ? 頑張って準備終わらせてね」
ソファに座って、リナを眺めながら紅茶を楽しむアリステッド。胡散臭いにこにこ顔はいつも通りだ。
リナが採寸を終わらせ服を着ると、アリステッドは護衛天使をつけずにリナとモーラを連れて部屋を出た。
「モーラも連れて行っていいの?」
「見せたいでしょ? 別にいいよ」
アリステッドはリナたちに歩みを合わせてゆっくりと歩く。
入ったことのない通路を歩き、大きな扉を何度かくぐる。
アリステッドが魔法で通路のランプに明かりをつけるが、薄暗く、しんとしていて寂しい場所だ。
「さあ。ここからは階段だから気を付けてね」
薄暗い階段。
モーラは怖くなったのか、もじもじしていたのでリナは手をつないで安心させるように笑って見せた。
ぐるぐると回るような螺旋階段は地下へと続いて、先が暗くてよく見えない。
柵があるから落ちる心配はないけれど、リナでも少し怖い。
10分くらいゆっくりと歩くと、アリステッドが振り向いてきた。
「ここからなら、はっきり見えるよ」
アリステッドが魔法でその場の明り全てを全開にした。
カッと明るくなり、一瞬目がくらんだ。
「…なによ、あかるくできるんじゃな…い」
リナは何度か瞬きをして、目の前に現れたものを見て、声が出なくなった。
「びっくりした? これがこの空中都市の燃料だよ」
アリステッドはいたずらに笑った。
リナは巨大な炉のような中で燃える、全身を小さな檻の中に閉じ込められた「前代の北の魔王様」と思われる巨大な魔族の血走った目と目が合って、気を失った。
「聖女様…」
自室のベッドに寝かされて、うなされるリナの汗をモーラがタオルで優しく拭く。
「ああ、君」
アリステッドがモーラに話しかけた。
モーラは慌てて跪いて頭を下げる。
「あそこまでの道、ちゃんと覚えてる?」
モーラは声に出さずにうんうんと頷いて見せた。
「それならいいよ。リナフェリックスがもし熱を出したらこの薬を」
ポケットから出した小さな小瓶をベッドサイドのテーブルにコトリと置き、アリステッドは部屋から出て行った。
「うぅ…」
リナはうなされている。
モーラは身長差で炉の中身を見ることが出来なかった。
燃料だとアリステッドは説明していたが、よほど怖いものを見せられたんだろう。
(天空都市の燃料…)
確実にこの天空都市の一番大事な核だ。
何故アリステッドはモーラにまで丁寧に案内して見せたんだろうか。
考えてもわからないが、モーラはきちんと聖女様に役に立つように動かなければならない。
今日通った道順を、絶対に忘れないようにしようと心に決めた。
(レオ。レオ。助けて…。ここから早く出して…)
リナは燃料にされている前代の北の魔王の苦しみを、一瞬目が合っただけで受け取ってしまった。
北の女王を守るために天使に捕えられた三百年前の戦い。
引き裂かれた2人。
それから絶え間なく続く苦痛。
(耐えられない…。早くこんな場所、壊して!!)
リナの悲鳴に、地上にいるレオは唇を噛んだ。
各地に散らばった教会の信徒が、聖地へと巡礼を始めた。
春の地で、聖女と大天使が結婚するため、天空都市が民を選んで天空都市への門を開くのだという天啓があったのだという。
「聖女様が我々を天空都市へと招いてくださる!!」
教会の関係者は、なんとか自分が選ばれようと急いで春の土地へと向かっている。
レオは巡礼者の服を手に入れ、女王から借り受けた黒馬に跨り春の土地へと急いで走った。
(リナ!! いま迎えに行く!!)




