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食事を再開し、モーラの世話をしたりされたりしてる間に、だいぶ元気を取り戻したリナ。
すると、不思議なことに、眠っているときだけでなく起きているときにもレオの声が聞こえるようになった。
(リナ。愛してる。もうすぐだから。心を強く持ってくれ)
(わかってる。いつでも逃げれるように準備してる。愛してる、レオ)
幻聴なのか、本当にテレパシーのようなものなのかはわからないが、日に何度もあるレオの励まし。
リナもあきらめるわけにいかない。いつレオが迎えに来てもいいように準備する。
食事をきちんとし、広い部屋を利用して軽い筋トレをして、心と体を健康な状態に戻すのだ。
「聖女様。何をなさっているのですか?」
「トレーニングよ。健康的になるために、適度に運動するの」
柔軟体操をして、体をほぐす。
「健康的に、運動ですか…」
「ええそうよ。ここで閉じこもっていたら体が訛って弱ってしまうもの」
「それはよくありませんね! 天使様に聞いてみます」
モーラは部屋を出て、また何かを天使にお願いしに行ってくれたみたいだ。
「聖女様。都市の中をお散歩してみませんか?」
「え? いいの?」
アリステッドはここにリナを入れた時に「しばらく監禁」と言っていたと思ったが。
「聖女様の健康が大事なのです。天使様が護衛につきますので安心ですよ」
(天使の監視付きか…。でも、外を何も知らないよりいいわよね)
「ありがとう、モーラ。じゃあ早速案内してもらいましょうか」
「わかりました」
モーラもついてくるのかと思ったが、モーラは天使の居住区には入れないのらしい。
モーラの目が、何かを訴えてる。
「モーラは私のお世話がかかりなのに、入れないところがあるなんておかしいわ! 私は聖女なんでしょ? 尊い天使の花嫁になる私がいうのだから、ちゃんとついてきて!」
「はい! 天使様にお伺いしてきます!」
ぴゅうっと走って部屋を出て行った。
これでよかったはずだ。
「大天使様からの許可が下りました!」
「大天使? アリステッドのこと?」
「そうです。大天使様は私が聖女様によくお仕えしていると褒めてくださいましたので、特別だそうです」
「そうね。モーラと過ごしてから元気になってきたわ」
「ありがとうございます!」
モーラももう汚れた格好ではなく、清潔にしているし、食事も3度。だいぶ健康的になった。
くすんだ茶髪だったと思っていたが、洗ってみれば美しい赤毛の持ち主で、頬の高いところには可愛いそばかすが散っていてチャーミングだ。
(できればモーラたちも解放したい)
リナはそのためにできることをしなければならない。
「じゃあ、行きましょう」
「はい!」
天空都市の天使居住区は清潔で、簡素で、白くて、まるで病院のようだった。
リナとモーラは2人の天使に前後を挟まれて、きょろきょろしながら歩く。
大きな庭園には色とりどりの花。噴水がしつらえてあり、天使たちは思い思いに過ごしている。
本を読んでいる者や昼寝を楽しんでいる者もいたが、リナが近づくと、みんな起き上がって頭を下げた。
聖女という立場がどれだけ強いのかわかる。
天使はアリステッドのように4枚羽ではなく2枚羽ばかりで、髪は金色で統一され、似たような顔つきだ。
きれいな顔というのはバランスの取れた顔ということだ。バランスが平均的に整っていれば顔つきも似てくるのだろう。個性がないといえばいいのか。
そして思う。
自分の父親もやっぱりこの集団に似ている。
父親が天使だというのも、もう納得できてしまうのだ。
父はこの楽園ともいえる場所を捨てて、母と駆け落ちした。
『純粋な天使は異世界ですぐ死ぬ』とアリステッドは言っていた。
死ぬのが分かっていても逃げたかった場所。そんな場所から自分も早く逃げだしたい。
「聖女様。お加減はいかがですか? 少し顔色が…」
「ええ。ちょっと休憩しようかしら。急に外に出たから…」
(この天使の集団に慣れない)
モーラはリナを支えてベンチに座らせて、急いで水をとってきた。
「ありがとう」
礼を言って飲む。
冷たくて美味しい水だ。
「今日はもうお部屋に戻られますか?」
「そうね…。でも気分転換になったわ。モーラ。ありがとう」
青い顔で礼をいうリナを、痛々しい顔でみるモーラ。よほど顔色が悪いのだろう。
モーラを見習って、何でもない顔をしなければ。
「歩くのがつらいなら、運んであげるよ」
「……アリステッド」
「アリスと呼んでほしいなぁ」
能天気な声が急に割り込んできた。
周りにいた天使たちは皆、跪き、頭を垂れている。
「僕の名前を呼べるのは婚約者の君だけだよ」
「それはそれは、光栄なことです」
抑揚のない声で言うと、楽しそうにあははと笑われる。
「さあ。運んであげるよ」
「結構よ。歩くために散歩に出たのだから…」
頭がくらりとする。
「おっと」
リナは真っ青な顔で足元をふらつかせ、アリステッドの胸に飛び込む形になった。
「さあ。無理しないで」
アリステッドはリナを横抱きにしてスリーピーの魔法をかけた。
「うーん。元気になってきたと思ったんだけど、結婚式、もう少し待った方がいいみたいだね」
お付きの天使が頷く。
「でも、待ってる間にいろんなことしてくれそうだから、見ていて飽きないよ」
アリステッドは無邪気に笑って、リナを部屋に運んだ。




