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リナが食事をとらずに3日たった。
召使の天使は無感情で、リナに食事を出し、食事をしていなくても、だいたい1時間後に下げに来る。
そして、次の食事の時間になれば、また食事を出しに来る。それを繰り返していた。
アリステッドは特に気にしていないのか、3日間一度もこの部屋を訪れなかった。
用意された食事を無駄にするのは気が引けたが、お腹が減らないのだ。
とろとろとした眠りの欲が強く、半分寝たような状態でベッドにずっと横になっていた。
少なからず、精神的にはショックなことだったんだろうか。
脳が体に休め休めと言っているようだ。
5日目、とうとうトイレに立つのにも苦労するくらいフラフラになった時に、食べなければと思ったが、どうも食事に気が向かない。
アリステッドはリナに子供を産むことを望んでいるので、変なものを食べさせたりはしないだろうが、信用できないという気持ちも、少なからずある。
誰とも話さず、声すら出してない。
孤独に潰されそうになった時、部屋をノックされた。
今は食事の時間ではないはずだ。
アリステッドが来たのかと身構えたが、外から声がする。
「聖女様。入ってもよろしいでしょうか」
緊張した子供の声だ。
「聖女様。軽食をお持ちしました」
トントン
天使の召使はノックして、リナの返事を待たずに入ってくる。
どうせ鍵は外からかける扉で、リナには拒否することもできない。
「聖女様?お休みですか?」
「……入って」
久しぶりに声を出したので、自分の声じゃないみたいにかすれてた。
「失礼します」
かちゃりと鍵を開ける音がして、小学校低学年くらいの子供が入ってきた。
ぼさぼさの伸びっぱなしの髪。汚れた服。明らかに世話をされていない様子だ。
子どもは恥ずかしそうに部屋に入って一礼した。
「聖女様に軽食をお持ちしました」
コロコロと食事を運ぶカートを一生懸命ゆっくり押して、テーブルに食事を並べる。
緊張しているのか、手が震えている。
「聖女様。お食事を召し上がってないと聞きましたので、おかゆです。食べてください」
「いいわ。いらない」
「私が食べさせるように言われてます。少しでも食べませんか?」
(やっぱりこういう手に出たか)
子どもを使えばリナは言うことを聞くと思ったんだろう。
「私が食べないと、どうなるの?」
「……どうも、なりません」
「あなたは、どうなるの?」
「なにも、ありません」
「怒られたり、いじめられたりしないの?」
「しません」
(嘘だ)
子どものウソぐらいすぐ見破れる。
痩せて世話されてない子供が、言いつけられたこともできずに何もお咎めがないとは思えない。
「あなた、名前は?」
「モーラです!」
「そう。モーラ。モーラが私の世話係になってくれるなら、食事をしてもいいわ」
「よいのですか? 聖女様」
「ええ。モーラがいいの」
「わかりました! 天使様にきいてきます!」
モーラは部屋を飛び出して、すぐに戻ってきた。
「聖女様。私が聖女様のお世話係をすることが許されました!」
「そう。なら、食事するわ」
「体、起こしますね」
「ありがとう」
体を起こすのにも介助が必要なくらいに弱っている。
モーラはリナを起こして素早く背中にクッションを入れて、楽に座れるようにしてくれた。
その間、モーラのお腹がぐうぐう鳴っているのが聞こえてくる。
「モーラ」
「す、すみません!」
「私には果物をちょうだい。残りはモーラが食べて」
「ダメです!」
「それこそダメよ。残すのがもったいないの。モーラが食べなさい」
「あ、ありがとうございます……」
カットされた果物を二切れリナが食べて、「もういらない」といったので、モーラは残りをものすごい勢いでかきこむように食べた。よほどお腹が減っていたのだろう。
こんな子供を飢えさせるとは。何を考えているのだ。
「今度から食事は2人分。モーラの分も用意して一緒に食べて。それから、世話係なんだから私の部屋で過ごすこと。天使の許可がいるなら取ってきて」
「いえ、聖女様のお言葉があるだろうからと、すべて許可されています」
(アリステッドめ。私が何をするかよくわかってる)
「私、ちょっと寝るから、モーラは好きに過ごしていて。必要なものがあるならこの部屋に運んでもいいわ」
「はい」
食器を下げに扉へ向かうモーラの背中に声をかけて、リナはすーっとまた眠りの世界へ行ってしまった。
(リナ)
レオの声がする。
(リナ。必ず助けに行くから安心しろ)
(でも、私、不安で…怖くて…)
(愛してる。リナ。俺を信じて)
(私も愛してる。愛してる。レオ)
目を開けたら、泣いていた。
「聖女様」
ハンカチでモーラがリナの涙を拭いてくれているところだった。
「聖女様、食べて、元気でいてください」
「ええ。そうね……」
「元気でいないと――」
モーラは続きの言葉を発しなかった。
その代わり、手のひらをこちらへ向けて、くるりと手の甲を見せるジェスチャーをした。
「偉大な天使様と結婚するのですから、元気でいないと」
「そうね。元気でいないと…」
手を裏返すジェスチャー。
なにか意味があるんだ。
「夜のご飯までまだ時間があります。もう少し休んでください」
「ありがとう」
リナは再び目を閉じた。




