42
レオの影から影犬が2匹ドンと飛び出して、後方に向かって飛び掛かっていった。
「おっと。危ないなぁ」
暢気な声。
自分がやったことを何とも思ってない声。
あのスマホから聞こえてきた、虫唾の走る声。
「レオーーーー!!」
レオがゆっくり倒れるのを見て、リナは叫んだ。
続いて走りだそうとして、ローガンに後ろから羽交い絞めにされる。
「リナさん!だめです!ここにいてください」
バサリ
4枚の羽根が動いて風が起こる。
影犬が真っ二つにされ、どさりと地面に落ち、どろりと地面に溶けていった。
「リナ。こんなところにまで来て。ダメじゃないか」
レオが倒れた後に立っていたのは、金の髪。4枚の羽根を生やした天使。
美しい顔をしているが、酷薄な笑顔。全然目が笑ってない。
「僕は迎えに行くといったよ。待っててくれなくちゃ」
血の通った生き物とは思えないくらい、真っ白の肌。
見れば見るほど、魔族とは違った生き物なのだと感じる。寒気がする。
「レオ…レオが…」
「れおな る ど!!」
女王が叫ぶと口から魔法陣が幾重も吐き出される。
魔法陣がレオを包むと、刺さっていた槍がボロボロと朽ちて落ちた。
傷口と思われる背中の傷からモヤが見える。
「リナさん!落ち着いてください。女王様がレオナルドさんの傷を治しています」
「ブフーーーーー!!」
トーマスがレオのそばにいる天使へと突っ込んでいく。
「なんだ? 獣ばかりだ」
トーマスの角を避けて、天使が手を挙げようとした瞬間、リナが叫んだ。
「やめて!!トーマスを傷つけないで!!」
天使の手が止まった隙に、トーマスは天使を退け、レオの服を咥えて引きずった。
「レオ!」
女王の魔法陣にレオが入った。
「レオ!レオ!」
わあっと泣き出したリナがレオの背に覆いかぶさる。
「リナ。血で汚れるからやめなさい」
天使は片方の眉毛をあげて、不愉快そうに言う。
「て ん し」
「薄汚い悪魔の女王。リナを隠していた罪人。罰を与える」
女王の口からは魔法陣がまた吐き出され、天使の羽の右側を焦がす。
しかし、天使は気にせずばさりと羽を動かすと、傷が治ってしまった。
「悪魔!どのくらいそこの悪魔の子らを守れるかな?」
バリバリと稲光のような光が空間を引き裂くと、天使と思われる羽の生えた金の髪の男たちがぞろぞろとやってきた。
「うわーーーーーん!」
子どもたちが我慢できずに泣き出してしまった。
ローガンは気を失っているレオの腰にある剣を抜いて、魔法陣から飛び出そうとする。
「ローガン!だめ!子どもたちを守って!」
レオは強い。隙をつかれることなどない。そんなレオがいきなりやられた。影犬も反応できなかった。
そんな戦いでローガンが傷つかないわけがない。
「……リ、ナ」
「レオ!!」
レオがぐぐっと頭をあげた。
「リナ。ま、りょくを分けて、くれ」
「どどど、どうやるの?」
「手を握って、俺を、愛してると、祈ってくれ」
「祈る?」
「心から、強く、祈ってくれ」
「はい!」
(レオ。愛してる!愛してる!私の魔力をあげる!全部あげる!傷を治して!お願い!)
必死に祈った。
ここまで真剣に、何かに祈ったことはないというくらいに祈った。
「ああ。ありがとう」
レオは柔らかい表情になった途端、すっと立ち上がる。
「!?」
血を吐いた人が立ち上がったのだ。
リナは目を丸くして驚いた。
「流石、リナの愛だ。よく効く」
レオはローガンが持っている自分の剣を受け取って、魔法陣から出ようとした。
「レオ!?」
「戦わなければこのままだ」
「待って、向こうは私を迎えに来たって言ってた。私が行けば――」
「リナ。お前は渡さない」
「レオ!子どもたちもいるのよ?」
「女王が守る」
「り な ここ」
女王もリナを渡さないという。
「だめよ…」
またもリナの瞳からは涙がこぼれた。
天使たちは雷をドンドンと魔法陣に向かって放ってくる。
そのたびに魔法陣は自己修復を続けて堅牢さを増す。
女王の魔法陣には制限がないように思えるが、いつまで耐えうるものか。
「もう!リナいかにゃいっていっちぇる!!」
大粒の涙をこぼしながら、シーシが立ち上がって魔法陣の外に巨大なひつじの影を出して、天使を何人もまとめて吹き飛ばした。
「ううううう~!」
子どもたちも怒ってどんどん魔法を使う。
お化けのように透けた剣士が天使の首を切る。
影犬のような獣が天使に襲い掛かる。
天使たちも慌てているようだ。
こちらが優勢なように見えるが、天使はどんどん湧いてくる。それこそ虫のように。
「リナ。このまま勝てると思っているのか?」
4枚羽の天使がにこりと笑うと同時に、天から巨大な腕が現れ、女王の魔法陣を握りつぶそうと掴みかかってきた。
魔法陣の中の空気が重くなる。
まるで風船を掴んだ時のように、空間が歪んでいるのが分かる。
レオは自分の魔力を全開にして戦っている。
レオの魔力は全方位に攻撃的だ。リナにも少しは感じられる。びりびりとした静電気のような魔力。その魔力を纏っている間は、天使は手を出そうとしてもレオに近づけない。
レオは力強く剣を振るい、天使を殺す。
「この守りがつぶれたら、まず子供を握りつぶす。そして、女王をなぶり殺す」
4枚羽の天使が魔法陣に近づいてきた。
「レオがいたらそんなことにならない」
「気に入らないなぁ。なんでそんなにあの悪魔に魅入られてるの?」
「アンタが私をこの世界に連れてきたんでしょ」
「そうだよ!僕だよ」
「そのおかげで私はレオと出会って彼を愛することが出来たわ。ありがとう」
「…やっぱり気に入らない」
天使はため息とともに不機嫌を吐き出した。




