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いまリナは、庭に座って子供たちに囲まれ、もみくちゃにされている。
しばらく女王の深層世界に滞在して、元気になることを優先していたのだが、その間にレオが嫉妬するほど子供たちと仲良くなれた。
「リナー。抱っこして抱っこ」
「らめぇ!シーシのリナにょ!」
「シーシはさっきもしてもらってるだろ!!」
「あはは。順番にしましょうね」
リナは必死で膝に昇ってくる子供たちを抱きしめようとするが、いかんせん子供が多い。
膝にのれない子供は、背中にもピタッとくっついている。
「外の人が苦手って、何だったんだ?」
レオがぶすっとローガンに尋ねる。
「リナさんの魔力が変わってるから、ですかね?」
「子供にもわかるか?」
「わかりますよ。リナさん、魔力を分けてますよね」
ローガンの素振りを見てやりながら、レオは少し考える。
「量は多くないだろう?」
「レオナルドさんに分けているほどではないと思います」
「お前、魔力の流れが見えるのか」
「ええ。僕、吸血鬼の血筋なんです」
吸血鬼は血を吸う魔族ではあるが、人を殺す残虐性を持ってはおらず、血を吸った相手を仲間にしたりは出来ない。
生肉を多めに食べれば飢えは解消できるし、他が出来ない人の魔力を吸うということが出来る。
人の魔力を吸うというところが一般人から忌避されるところである。
赤ん坊のころは無制限に人の魔力を吸うことから、育てにくいと女王に預けられたのだろうと想像できる。
「吸血鬼か。俺の知り合いの冒険者に吸血鬼の上級冒険者かいるぞ」
「ダットンさんですか!?」
「そうだ」
「憧れです!!」
「ダットンがそろそろソロをやめてパーティーを組もうかと言ってた」
「本当ですか!?」
「年齢のせいだが、後輩を育てたいそうだ。吸血鬼の仲間が出来れば喜ぶかもしれないな」
「~~~~!!」
ローガンは足を踏み鳴らして歓喜を表現した。
「ローガンはいつここを出るつもりだ?もし望むなら、紹介状を書いてやってもいいぞ」
「本当ですか?! 僕は来年、冒険者ギルドに登録できます!そのままこちらを卒業する予定です」
「おお。早速だな。ダットンに来年いい冒険者になりそうな見習いができると手紙で知らせておこう」
「ありがとうございます!」
ひらりと木剣を構えるレオ。
ローガンも気を引き締めて、木剣を構えた。
「かかってこい!」
「やあああ!!」
「熱血だねぇ」
リナはやっぱり目で追えない二人の木剣が打ち合う音を聞きながら、子供たちにわちゃわちゃにされてた。髪には氷の花や青バラが刺さってとんでもないことになってる。
「ねえ~? リナはれおにゃるどとこいびちょにゃの~?」
「こいびちょ?」
「ちゅうしたりするにょ?」
「まあ!シーシったらおませさん!」
「れおにゃるどかっこいいもんにぇ~」
「……うん、かっこいい」
「ちゅき?」
「す、すき……」
「きゃあ!リナ真っ赤!」
「リナはレオナルドがすき~!」
子どもたちに冷やかされたリナが真っ赤になってうつむいていると、レオの靴が見えた。
「リナ。俺に直接言ってくれないか?」
「レオ」
「リナ、ほら」
「す、すきよ、レオ」
「俺も好きだ。リナ」
座っていたリナを持ち上げて、レオはくるくるとリナを回して喜ぶ。
「れおな る ど しあわ せ」
トーマスが敷いた敷物に座った女王が嬉しそうに言う。
今日もウサギ耳の赤ちゃんは哺乳瓶を咥えてちゅぱちゅぱと飲んでいる。
「リナ には し ろの どれす を あげ る」
「白のドレス? 欲しかったのか?」
レオがきょとんとした顔をする。
「いや、あの~、私の世界の、あの、花嫁になる人は、結婚式で白のドレスを着るのよ」
ぽぽぽっと赤くなると、レオもつられて赤くなる。
「見たい! リナの白のドレスを着た姿が早く見たい! ほかには? 結婚の約束は何かないのか?」
「お揃いの指輪を、左手の薬指にするのよ」
「買いに行こう!」
「レオ。私、レオに全部面倒見てもらってばかりだから、自立してから…」
「なに言ってるんだ! リナは俺が好きじゃないか」
「う、ん」
「リナは俺と結婚してくれるだろ?」
「……うん」
「やったああああああ!!!」
レオはびっくりするくらい大きな声で、喜びを表現した。
リナの不安は、レオの喜びに吹っ飛ばされた。
「リナ!リナ!愛してる!」
「わああ!レオ!落ちちゃう!」
「俺がリナを落とすかよ!」
すとんとゆっくり地面に降ろされたが、回されてたせいでくらくらする。
「れお なるど りな しあわ せ に」
ぶわっと花びらが舞い散った。
「きゃあ~~!」
「じょうおうちゃま!すごいきれい~!」
「きゃ~!」
子どもたちは空から降ってくる花びらを追いかけて走り回る。
「結婚式はまだですぅ~~!!」
回る視界で見る青バラは、奇跡のように美しい。
みんなの笑い声が響き、楽しさに包まれていた瞬間、ドンと地震が起きた。
ガガガガガガガと大きな縦揺れ。
「こど も た ち」
子どもはさっと女王の魔法陣の中に駆け込む。
トーマスもやって来て、走るのが遅い子供を女王の元へ届ける。
「レオ!」
「リナ。大丈夫だ」
(おかしい。この女王の居住空間に地震なんて起きるわけがない)
深層世界はただの地下ではない。
レオはリナを抱き寄せて、女王の魔法陣の中に入れようとしたところだった。
「レオナルドさん!!」
ローガンの悲鳴のような声が聞こえた。
急に魔法陣の中に突っ込まれたリナが、慌てて後ろを振り返ると、腹から槍の切っ先をのぞかせたレオが、口から血を吐いているところだった。
「……レオ?」




