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目が覚めた。
リナは久々に、アラームではなく自然にぱっちりと目を覚ました。
(知らない天井……。夢じゃなかった)
朝日が窓から差し込んできて、結構眩しい。
癖で左手のスマートウォッチを見ようとして、手を握って窮屈そうに眠る男、レオの存在に気が付いた。
リナにほとんどの場所を明け渡して、自分はまっすぐ横になっている。
「どうして一緒に寝てるんだろう?」
ぽつりとこぼすと
「リナが一緒にいてくれといったんだろう?」
とすぐ返事があった。
「起きてたん…起きてたの?」
「ああ。リナ、おはよう」
敬語で話すとぶすっとされるのを覚えていたので慌てて言い直した。
「おはよう、レオ」
「……眩しいな」
少し目を細めてレオはリナを見つめた。
「カーテン閉めようか?」
「いや、そのままでいい」
レオはさっと立ち上がるとリナを洗面所に連れて行った。
「ここ、トイレと洗面。使え。タオルはこれ」
「ありがとう」
「使い方わかるか?」
蛇口は分かるがどうやったら水が出るのかわからない。
「ここに手を当てて、魔力を流す」
「ま?」
「そこからか」
蛇口の上の石にレオが触れると、ちょっと冷たい水が流れ出てくる。
「温度は魔力の強さで調節する」
だんだんと暖かいお湯に変化する。
「ありがとう」
礼を言うとレオが頭を撫でてくれた。
リナは背が小さいため、よく男の人に頭をポンポンされるのが悩みだった。
でも、レオに触られるのは居心地悪くならない。
不思議に思いながら顔を洗って髪を整えて、トイレを使わせてもらう。
忘れていたが、トイレも魔力が必要な水洗トイレだった。
「アンタ、女の子泣かすんじゃないわよ」
トイレを流すやり方がどうしてもわからなかったリナが籠城して、困ったレオがマリーナを呼んだのだ。
「泣かせたんじゃない……」
今はトイレから出て、布団の中に籠城しているリナ。
(泣いてるんじゃないんです。恥ずかしくて合わせる顔がないんです!)
リナは真っ赤になった顔でこんもりとした布団の中で二人の会話を聞いていた。
レオは親切にもトイレを流してやると言ってくれたが、異性にそんなこと人にしてもらって平気な年齢じゃないのだ。
真っ赤になってお断りしていると、困ったレオが女性のマリーナさんを呼んできてくれたのだが、恥ずかしいものは恥ずかしい。
「リナちゃん、美味しい朝ご飯が出来てるわよ。こいつと食べるのが気まずいなら、食堂で食べなさいな」
「……はい」
返事をした途端、ばっと布団を奪われた。
このタイミングじゃないと、リナも布団を出ることが出来ないと思ったのだろう。マリーナは即断即決。豪快な性格なのだ。
「焼き立てパンをさっき取りに行ったところだからね。スクランブルエッグとハムとサラダが付いてる」
ぐぅ
リナはお腹の音で返事してしまって、また真っ赤になった。
「ほら、リナ」
「レオ。自分で食べられるよ」
「いいから」
レオはパンに野菜やらハムを挟んだサンドイッチを作ってリナに食べさせようとする。
朝は食堂に使われている1階の酒場は朝日が差し込んでいて雰囲気ががらりと変わっている。
リナは気絶寸前であまり覚えていないが、食堂として稼働しているときは明るい雰囲気で食事ができる。
ビュッフェスタイルで自分の好きなものを取って、自由に食べられるので、宿泊客じゃなくても朝食を食べにくる人たちでにぎわっている。
「あれは、幻か?」
マリーナの夫のジョニーが自分が見ているものを信じられないというように、指さした。
「リナちゃんが自分のこと怯えないから、父性に目覚めたのかもね」
マリーナは嬉しそうにカラッと笑った。
他の客も信じられないものを見るように、チラチラと二人のやり取りを見ている。
どうやらレオは有名人のようだ。
「ミルク、温めようか?」
「いいよ、大丈夫」
「腹壊さないか?」
「そんな赤ちゃんじゃないったら!」
ぷいっとそっぽを向くと、リナはグラスのミルクをぐいぐい飲んだ。
「赤ちゃんじゃないのは知ってるが、まだ子供だろう?」
「成人してます!」
「え?!」
「ええ?!」
レオもびっくりした顔をしているが、周りからも驚きの声が上がった。
「どう見てもあれは12,3歳だろう?」
「そうだな。俺の娘と同じくらいに見えるな」
「妖精族かな?」
「いや、あの感じは小人族じゃないか?」
外野の声に、リナはぎっと周りを睨んだ。
睨んだ中に、トカゲ頭の巨人がいたり、狼頭の半分獣のような人がいて、ぐるりとレオに向き直った。
どういうことだ。パレードやお祭りが近いのか?
「い、いくつだ?」
「20歳です」
焦ったレオに尋ねられ、リナは簡潔に答えた。
そう。リナは先月20歳になったばかりなので成人済みだ。赤ちゃん扱いは困る。
「魔族だろ?魔族の20歳なんてまだ赤ん坊じゃないか」
「ま、ぞく?」
「違うのか?」
「人間、です」
「人間?ただの人間?そんなに魔力が満ちてるのに?」
レオの言うことが全然理解できない。
「あの、きちんと話を聞いて欲しくて。あと、教えてほしいことが山ほどあって……」
リナは目の前のレオをすがるように見た。
「ああ。俺もリナに聞きたいことがたくさんある」
レオの瞳は落ち着いている。
「飯食ったら、ちゃんと話をしよう」
リナはその提案に頷いて、レオが作ったサンドイッチにかじりついた。




