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「ついたぞ、リナ」
「うぁ?」
レオはリナを抱いたまま、馬車を降りて歩き出す。
寒さによってリナが震えないよう暖かい空気を纏わせて、優しく頬にキスをする。
「目が覚めたか?」
「覚めました!」
レオは笑いながらリナを地面に立たせてくれる。
休憩しながら乗合馬車は、ゆっくり5日かけて北の大地に着いた。今は夜だ。
旅は途中、獣の大群と遭遇しそう人もなったが、うまくすり抜けたり蹴散らしたり、3人の冒険者たちを多少楽しませながら進むことが出来た。
休憩で町に寄るたびに、レオは氷の花冠と生花の青バラを買い、リナに買い与えた。
雪は足が埋もれるくらいに降り積もり、今もきらきらとランプの光を反射しながら粉雪が降り続けている。
「ここが、レオが育ったところなんだね」
「そうだ」
遠くを見れば広い広い土地に雪が積もっている。
大通りは雪がきれいに避けられていて、足がとられることも、ブーツが濡れてしまうこともない。
屋台はかまくらのようになって、一軒一軒がおもちゃのお店屋さんみたいでかわいらしく、これも魔法で固められているため崩れることがないのだという。
氷の花がそこかしこに飾られ、青バラが街道を彩っている。
まるでおとぎ話の世界だ。
「普段はこんなにも賑やかじゃないがな」
酒場の屋台だろうか。大きなテーブルからは楽しそうな笑い声が大きく響く。
「ホットワイン、飲んでみるか?」
「お酒は、あの、遠慮しようかな」
魔力酔いでレロレロになってしまったことを後で聞いたので、リナは自分が下戸かもしれないと警戒している。
「子供が飲むアルコールをとばしたものがある」
「じゃあ飲んでみたい!」
流石に低学年くらいの子供が飲むもので酔っ払ったりはしないだろう。
一応この世界では、未成年の飲酒を禁じてはないのらしい。
種族によって、成人年齢が違ったり、寒い地方だと当たり前にホットワインを飲んだりするからだ。
だが、ギルド登録できる年齢手前の子供には、積極的に飲ませたり飲んだりはしないという。
「はい。お嬢ちゃんのはこっちだよ」
「ありがとう」
もう子供に見えることも、子供扱いされることも慣れたものだ。
木をくりぬいたコップに、暖かいホットワインを注いで渡してくれる。
ふうふうしながら一口飲むと、スパイスがたくさん入ったホットワインはリナの口に合って美味しかった。
お腹がポカポカする。
屋台の近くにあるベンチがちょうど空いていたので二人で座って、アツアツのホットワインをすする。
「むふー」
「ん? 大丈夫か?」
しばらくすると、リナがため息をついた。リナの顔が赤いのを見逃さないレオが声をかける。
「ぽかぽかして、おいしいね」
ふにゃりと笑うとレオがうっとりした顔でリナを抱き寄せた。
「酔ってるな」
「よってないよぉ」
酔うにしても早い。レオはリナを抱いてくすくす笑う。
「リナ。俺がいないときは酒禁止だ」
「これ、おさけはいってないんでしょ?」
「多少は入ってる」
「えー。ちょぴっとでしょ?」
「そのちょぴっとの量でリナは酔ってる」
ハハハっと楽しそうに笑うレオ。
「リナは酒禁止だ」
「つまんないの」
つーんとレオから顔をそらすリナが可愛い。
「私の世界はね、二十歳になったらお酒飲んでもいいの。大人だからね」
「ほう」
「私、二十歳だからね!大人なんだから!」
「そうか」
レオは「ふむ」と考える顔をする。
「じゃあ、リナのことをしっかり、大人の扱いしようか?」
とろりと色気がにじんでいるレオの感情。
「大人として、しっかり口説こうか」
レオの顔が近づいてくる。
「そ、れは。ダメ、かも」
「どうして?」
「レオ、私、恥ずかしい」
「恥ずかしいだけ?」
つつっとレオの指がリナの顎を撫でる。
これはいつになく本気モードでは?とリナの警戒アラームが頭の中で鳴り響く。
「俺のリナ。氷の花冠をかぶったお姫様。俺の見つけた宝物だ」
「あうう」
ホットワインを飲んだ時よりも真っ赤になったリナ。
血流がよくなり、アルコールが全身を駆け巡った結果。
「なんか、ふらふらするかも…」
「こら。こっちへ倒れろ」
リナの持っていたコップの中身を飲み干し、レオはリナを抱えてコップをお店の返却口に帰しに行った。
「おこちゃまのリナに合わせて、俺はゆっくり進めてるんだ」
「ごめんねぇ」
「俺が好きなんだ。俺が、やりたくてやってる。リナはなんも気にせず大人になってくれ」
レオの愛情は包み込むように暖かい。
抱き上げられたことで目線が高い。
これがレオの見てる世界。
「レオから見たら、私、全然子供で、ごめんね」
「どうした? 今度は泣き上戸か?」
「そんなんじゃない。酔ってないもん」
「ああ。そうか」
ふふっと小さく笑われる。
いつもは気にならないのに。今日に限って気になるのは何でだろう。
「レオ。子供の冗談だと思ってる?」
「思ってない」
「レオに追いつきたい」
「そうか」
「気持ちも!気持ちも追いつきたいと思ってるの!」
「…リナ?」
「レオの気持ち。毎日、私の気持ちを暖かくしてくれてるの。ありがとう」
レオの耳が赤くなっているのが見えた。
そんなレオの顔を両手で挟んでこっちを向かせる。
「レオ……」
「リナ」
「ブフーーーーー!!」
2人の間に巨大な獣が割り込んできた。
巨大なヘラジカだった。




