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「うううううう~」
「声だけ出してもしょうがないだろ」
「だって、出来てるかわかんないんだもん」
手のひらをバッと前に出して、唸るリナ。
いま2人は宿の庭に出て、魔法の練習をしている。
「はぁ~~!」
「声出さずにやってみろ」
「――!」
リナは今、洗濯物に向かって手のひらを向けて唸っている。
洗濯板で洗濯し、絞って物干し竿にかけられた、びっとり濡れている洗濯物を乾かせるようになりたいのだ。
「レオ。なんか呪文とかないの?」
「呪文?」
「技の名前とかさ。必殺技の名前叫ぶとか」
「?そんなの唱えてる間に相手に避けられるだろ」
「そらそうだ」
ああーっと残念そうに顔を覆うリナ。
「流すのは出来てるんだよ。リナの魔力は放出されてる。でも、魔法にならないんだよ。不思議なことに」
魔法省に助けを求めるべき案件だったのかもしれないなぁ、と思わなくもないが、リナが魔法省に囲われるのは耐えがたいレオ。思っても口にしない。
「呪文作ってみろ」
「え?」
「呪文があった方ができるって言うなら、自分で魔法の言葉作ってやってみろよ」
「うっ」
みるみるうちに顔を赤くするリナ。
「う……。恥ずかしい……。二十歳で魔法ごっこ……」
ぶつぶつ言う言葉は小さくて聞こえなかったが、なにかしら羞恥を感じているようだ。
「か、かぜ~」
小さな声でつぶやくと、風がほんの少し洗濯物を揺らした。
「!!」
「今のは自然風だな」
「あ~~~」
がっくりうなだれるリナは何度見てもかわいい。
「リナ。リナ。休憩にしよう」
「うう~~!今日も進まなかったよう!」
「焦っても仕方がない。今までやったことないことなんだから」
「でもお洗濯が…」
「諦めて俺に任せろ。俺はリナの下着を見ても何とも思わん」
「キィ!!」
レオの問題じゃないのだ。リナの精神衛生上の問題なのだ。
「レオってデリカシーないって女の人に言われない?」
「さあ?あんまり人と話さないからなぁ…」
「レオ…」
可愛そうな話になりそうなのでこの話題は終わりだ。
「あら?お洗濯終わったの?」
宿の女将さんがおっとり話しかけてくれる。
狼獣人の女将さんは、人の顔で耳だけが狼の耳でかわいらしい。
「はい。自然乾燥することにしたので、しばらく物干し貸してください」
「いいわよー。魔法障害って大変ねぇ」
「ええ。早く治したいんですけどね」
リナは病気で魔法障害を患っていることになっている。
魔法障害は一般の魔族にもあるらしく、一時的に魔法が使えなくなる病だ。
人によって、ほんの数日の時もあれば、何年も患う人もいるという。
症状も、水魔法は使えるがそのほかの魔法がダメ、などとさまざまである。
原因もわからなければ、治し方も確立されておらず、気が付いたら治っていた、という人が大半であるらしい。
精神的なストレスであるとか、魔力詰まりであるとか、様々な要因があると言われている。
リナとレオは部屋に戻ってお湯を沸かす。
宿の女将さんがお茶が好きで、部屋には何種類かのハーブティーの葉が用意されている。
この世界では茶葉は高級品で、庶民は自分で育てたハーブをお茶にして飲んでいることの方が多い。
「レオ。クッキーどれくらい食べられる?」
「いくらでも」
「ふふ。じゃあ3枚ね」
リナの顔の半分くらいの大きさのあるソフトクッキーは、宿を探しているときに見つけたクッキー屋さんのアソートパックだ。
レオにちょちょいと温めてもらうと柔らかさが戻ってさらに美味しくなる。
「あっためて」
「ああ」
レオはリナの手を握って、リナの指でツンツンとクッキーを突く。
ほかっとクッキーから湯気が出る。
「どうだ?わかったか?」
「わからない‥‥」
リナはレオの魔力の動きを感じたが、自分の魔力の動きとどう違うのかがわからない。
レオはレオで、リナから使った魔力の補充を受けるのを感じる。
「まあ、俺は人に教えるのが苦手だ。北に行ってしばらく定住できる場所を見つけたら、そこで魔法の教師を探すのも悪くないな」
「魔法の先生?」
「ああ。子供に魔法を教える家庭教師がいるんだ。どうしても魔法が発動しなければ信頼できるものを探して雇ってもいいだろう」
「魔法の先生かー。異世界って感じ!」
ゲームの世界や物語の世界で、魔法を学ぶ学園があったが、こちらは学園で魔法を学ぶことは特に行っておらず、研究をしたいものや才能を伸ばしたいものは自己研鑽を重ねて魔法省に入るのが一般的らしい。
なんせ子供が少ないので、大きな学園があっても子供が集まりにくいので、どちらかというと子供がいるところに教師が派遣されることや、近所のみんなで大事に育てることの方が多いのらしい。
「何気に私も子供枠に入れられてるのね…」
「まあ、二十歳って言っても、魔族からしたら子供だしなぁ」
「あれ?聞いたことなかったけど、レオっていくつなの?」
「俺か?俺は三十二だよ」
「なんだ。お父さんって程じゃないね。レオも若いんじゃん。レオも子供じゃん!」
「まあ、そうだな。リナと変わらん。俺も若造と言われる年だよ」
「ふふふ。じゃあお父さんって呼んじゃダメだね」
「俺が養い親なのは譲らないけどな」
ふふんっと鼻を鳴らすレオを見て、やっぱりちょっと胸がしくっとするリナ。
(クッキー食べすぎた?)
理由がよくわからないのだった。




