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「山賊か?それとも教会関係者か?」
グリッドは馬上から闇に潜む人物に尋ねた。
リナたちがいることで教会関係者が追手を差し向けている可能性もあるのだ。
グルルルルル…
複数の獣の唸り声。
連れている獣が魔物であれば、魔物を従えるテイマーがいる。
そうなれば、魔族を差別している教会関係者の訳がない。山賊の類だ。
「こんな離れた場所で見つかるとは思ってなかったぜ。レベルの高けぇ護衛が付いてるんだな」
暗闇から声が返ってきた。姿は見せないが声の方向でグリッドには大体の場所が分かる。
どうやら相手は大したことのない集団のようだ。
こんなにも簡単に気配を辿られて、危機感もなく暢気にくっちゃべってる。
わざわざ馬車から離れる必要もなかったかとため息をつく。
「取引しねえか?」
茂みの向こうから、焦るような声が聞こえた。
「取引?」
「俺たちの目的は2人だ。2人渡してもらえば他の客には手を出さねえ」
「くっくっく。お得だねぇ」
グリッドが犬歯を見せて笑う。
「なら――」
「断る!」
ヒュ!!!
グリッドの背後から光の矢が飛んできて、潜んでいた人攫いたちの急所を1人を除いて貫いた。
人がどうと倒れる音。
獣が散っていく気配。
きっとテイマーもやられたんだろう。
テイマーの主従関係がなくなれば、獣は獣の本能のままに逃げ出すか、虐げられていた恨みを晴らそうとテイマーに襲い掛かったりもする。
稀に主人の恨みを晴らそうとする獣もいるらしいが、そこまでのきずなを魔物と結べるものはほとんどいない。
「ひぃい!!」
自分の隣で話していた男の眉間が射抜かれたのを見て、慌てて走り出そうとした男を、グリッドが剣を突き付け動きを止める。男が驚いている間に距離をつめたのだ。
「狙っていたのは誰だ?」
「商家の跡取りだ!駆け落ちの――」
「そうか。残念だったな」
ダン!
いとも簡単に人攫いの首を落として、グリッドは馬に跨った。
「ラギス。ご苦労さん」
乗合馬車のキャンプしている場所に戻ってきたグリッドが、ラギスをねぎらう。
「いえ。1回目で運よくテイマーに当たってよかったです」
光の矢を放ったのはラギスだった。見えない距離にいる複数相手の急所に同時に魔法を正確に当てるのは「運よく」というものではない。ラギスが最年少で魔法師となった所以である。
グリッドが戻るころには、乗客にも襲撃者がいることが周知され、退治されたと報告されていた。
ラギスには遠く離れていても、グリッドたちの声も聞こえていたし、テイマーからの主従が解けて逃げる獣の動きもわかっていた。
「ラギスのテイマー嫌いは筋金入りだ」
「信頼関係があればいいのです。無理やりテイムすることが許せないだけです」
逃げる自由がなく、無理やり死ぬまで戦わせるやり方が気に入らない。ラギスは動物好きなのだ。
ラギスはちらりとグリッドの姿を見て、クリーンの魔法をかけた。
少量とはいえ返り血で見栄えが悪いのと、臭いが気になる。
「お。ありがてぇ」
「ほら、リナ。チーズが焼けたぞ」
「わーい」
焚火であぶって蕩けたチーズをパンに乗せてもらい、リナはほくほくとした顔でそれを食べていた。
「うわん!チーズ美味しい!」
ミルク製品がなんでも美味しいこの世界は、牛の種類が元の世界とは違っているのは当然として、乳の味が濃い。甘い。うまい。リナはどんな食べ方をしても毎度感動してしまう。この直火であぶっておこげが付いて、伸びるチーズは最高だ。漫画のようではないか!!
流石に有名な護衛が付いているとはいえ、襲撃があったと聞けば乗客にも緊張感があった。
特に抱き合って馬車に戻っていた若い夫婦のように見える二人は、震えて真っ青な顔をしていた。
(これが狙われた商家のお坊ちゃんか。連れ戻されるだけで済んだらいいが)
「教えてあげるんですか?」
震える二人を見ていたら、ラギスがこそっとグリッドにささやいた。
「いや、必要ないだろう」
本人たちも気が付いているようだし、護衛対象がこの2人だったら教えていたが、今回は乗合馬車の護衛だ。目的地についたらそれまでだ。
(まあ、ギルドに紹介するくらいはしてやってもいいか)
「おーい。暢気に飯食ってる2人。食ったら馬車に戻れよ」
「ふあい」
ハフハフと伸びるチーズに苦戦しながらも、リナは返事した。
襲撃があったと聞かされても、食事を中断せずに慌てもしなかったのはリナとレオだけだった。
きちんと退治されたのならいいのだ。
エステを受けてから、リナはよく食べるようになった。以前に比べて、というくらいだが。
それがレオにしてみればとても嬉しいことでもある。
リナに何か食べさせる。リナが喜ぶ顔が見れる。とても美味しそうに食べるところが見られるのだ。
レオもいつもの険しい顔が緩む。
「…あんなに優しそうな顔するんですね、レオナルドさんって」
「あいつ一応、ギルドでは『氷帝レオナルド』とか言われてるんだけどな……」
二人の目線の先には、一人の女の子がご飯を食べるのを幸せそうに見守るお父さんの姿しかなかった。




