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「リナちゃん。無事に北へ行けるのを祈っているわ」
「レオナルドが一緒だ。安心してるが気をつけてな」
とうとう出発の日がやってきた。
マリーナとゲオルドが抱きしめて安全を祈ってくれる。
「お世話になりました。ご迷惑もたくさんお掛けして…」
レオが蹴り割ったドアは昨日やっと直ったところだ。
「気にしないでよ。あんなの日常茶飯事なんだから」
あははと豪快に笑うマリーナ。
ドアが真っ二つに割れる日常茶飯事。大変な仕事である。
「また天空都市が遠ざかったら戻ってきてくれるんでしょ?」
「その予定です」
天空都市がこの世界の四季を楽しむようにめぐっているのなら、リナはそれと逆を行く。それだけで安全に旅ができる確率が上がるのなら、やらない手はない。
レオと同じように。旅をしながら世界をめぐる。
そういう生活をしてみたいと思ったのだ。
年を取った時にどうするか。そもそも天使から逃げ切れるのかは、やってみないとわからない。
レオと二人。この世界を愛してみたい。
「気を付けてね。また会いましょう」
「ありがとうございました。また会いましょう」
マリーナと最後にハグをして別れる。
出発は乗合馬車の最終便だ。
夕方の出発になると危険が当然ながら増す。しかしこちらには強者のレオがいるため、旅の安全は担保されている。
「リナ」
レオが乗合馬車に乗り込んで、リナに手を伸ばしてくれる。
引き上げてもらって、そのままレオの膝の上に座る。
一番奥の、目立たない席につくことが出来た。
「レオ。クッションあるから大丈夫だよ」
リナはお尻が痛くならないようにふかふかクッションをマリーナにプレゼントされているのだ。
「夜の食事の時間まで眠ればいい。このままで」
この旅はリナの体力が重要になってくる。休めるときには休むのが約束だ。
「わかった。レオも疲れたら言ってね」
「わかってるよ。お休み」
目を閉じたリナのおでこにちゅうとキスする。
くつくつと馬車の外から笑う声がする。
「溺愛してんなぁ」
「……グリッド」
「なーんだよ。睨むなよ」
グリッドを乗せるにふさわしい大きな馬を連れて近づいてくる。
「なんでお前がこの馬車の護衛なんだ」
「偶然だ。ギルドに戻るのにちょうどいい護衛依頼だったんだよ。お前がいれば護衛はいらないと思うが」
近距離の乗合馬車には護衛が付かないことが多いが、街と街を行く長距離の場合には、ギルドから派遣される護衛をつけるのが常識だ。
魔物が多い場所は避けるが、出ないわけではない。
商会だけではなく、乗合馬車でも山賊に狙われることもある。
その分、乗車賃は高くなるが、安全には代えられない。
「俺だけじゃなく、魔法が得意なコイツもいるから安心してくれ」
乗合席の一番出口に近い場所に座った、魔法師ローブを着た少年がぺこりと頭を下げる。
ギルドでよく名前を聞く、魔法師のラギスだ。最年少で魔法師の資格取得と、結構な有名人だ。
「ああ、ラギスか。よろしく頼む」
「レオナルドさんがいれば僕の出番なんてないと思いますが、よろしくお願いします」
「俺はリナしか守らない。頑張れよ」
そうして話は終わったとばかりに、レオも目を閉じてしまった。
乗客12人。全員が乗り込んだところで出発だ。
「リナ。これも食べなさい」
「はーい」
夜の食事の時間になり、スープとサンドイッチが配られたが、それでは足りないと、レオがリナにリンゴを剥いて食べさせていたのだ。
ラギスは目を真ん丸くして、レオとリナのやり取りを見ていた。
レオは孤高の冒険者として有名だ。
誰も寄せ付けず、どんな冒険もソロでこなす。
そんな人が、こんなにも一人の子供(だと思ってた)を大切に、愛情持って育てられる人だったとは。ギャップがすごい。
「グリッドさん」
ラギスはグリッドの所へ走って行って、こそっと話しかけた。
「おう。どれくらいだ?」
スープを飲み切ったグリッドが問う。
「獣が5。人が8」
「おうおう。命知らずが。こっちは任せたぞ」
「任せてください」
フォン
ラギスはグリッドが去ったあと、真っ青な魔法陣が天井のつくった。ドーム状の光が周りを包んでいる。その魔法陣に気が付いたのはレオとリナだけだった。
「レオ!」
「シッ」
唇に指をあてられる。
「リナは見えるんだな」
「うん。きれいな模様」
「他の乗客は気づいてない。知らんふりしてやれ」
「そうなんだ。わかった」
リナはあまりじろじろ見ないように気を付ける。
乗客も、1人2人気づいている人はいるように思えるが、あえて口に出さない。
襲ってくる魔物や獣、盗賊も恐怖であるが、その恐怖から人がパニックになることの方が恐ろしい。
リナは自分のことを鈍感だといったが、魔法陣の模様まではっきりと見えていることから、敏感な方だと言える。そう考えると、なぜにレオの魔法が痛みとして感じられないのかが不思議だ。
「リナ。離れないように」
「はーい」
リナはもう一切れ渡されたリンゴをシャクシャク食べながら、軽く返事した。
絶対にレオが守ると言ってくれているのだから信じるだけだ。




