表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
トワコさんはもういない  作者: 呑竜
「さまようミカグラ様」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

62/70

「新堂新はもう逃げない」

 ~~~新堂新~~~




 ギィの前に立ちはだかった。

 仁王立ちに足を広げた。


 無敵の剣術使い。

 IF殺しの葬儀屋。

 容赦のない仕事ぶりからついた仇名が鉄血のギィ。


 あのトワコさんが完膚なきまでに打ちのめされた。

 マリーさんと黒子が共闘してすら打倒できなかった。

 複数のIFとメンターによる共同戦線。それすらも跳ね除けた。


 明らかに格が違う。

 本来なら俺ごときの立ち入れる場所じゃない。

 口を挟んでいい空気じゃない。


 だけど俺は立ちはだかった。


「――退け、小僧」

 ギィが冷たく言い放つ。

「再び我が前に立ちはだかった勇気だけはほめてやる。ならばこそ退け。物の道理のわからぬ歳でもあるまい」

 ゆっくりと見せつけるように、刀をトンボに構えた。

「おとなしく退けばよし。さもなくば――もろともに斬る。……言っておくが、盾になれるなどと己惚(うぬぼ)れるなよ? 私にとっては、肉のひとつもふたつも違いはない。豚も牛も違いはない」


「……っ」

 膝が震えた。

 拳が、唇が、全身が恐怖に震えた。

 ひたすらに怖かった。

 泣いて謝って、どこかへ逃げてしまいたかった。

 あのプロレスの夜の恐怖とは違う。

 レオ大崎やクロコダイル大久保と対峙した恐怖とは違う。

 まったく別種のものだ。

 ざわりと背筋を悪寒が走った。100万匹のムカデが爪先から這い上がってくるような気持ち悪さがあった。即死の猛毒を持つムカデが。


 俺は言い聞かせた。

 弱い自分を叱咤した。

 逃げるな。

 泣くなチビるな。

 一歩も後ろに下がるんじゃない。

  

「……退けばどうする?」

「……知れたこと。その小娘を斬る。他のふたりを斬って捨てる。後ろの羽根の生えた小娘も同様だ。葬儀屋の任を妨げた。その罪、万死に値する――」


「……なら退けねえ」

 血を吐くようにつぶやいた。血の出るほどに拳を握りしめた。


「…………正気か?」

 ギィは呆れた様子だった。

「一時の意地で投げ出すほどに、貴様の命は軽いのか。たかがIFの小娘のために投げ打てるほど、貴様の命は軽いのか」

「一時のじゃねえ! たかがでもねえ!」

 俺は叫んだ。

「何年も何年も……もう10年じゃ済まない昔の話だ! その頃から、俺は彼女を知ってた! 彼女に惚れてた! たくさんたくさん夢想した! たくさんたくさん書き綴った! こんなコがいたらいいなって! 傍にいてくれたらいいなって! 彼女は俺の理想なんだ! 最高の女性なんだ! 他に変わりのいないっ、かけがえのないっ、大好きな女の子なんだ! ――愛してるんだ!」 

「……」

「ずいぶんと無茶を言った! 面倒をかけた! 長い別離を経ても戻って来てくれた! おまえに刃向かってすらくれた! 俺のために……! 俺の……せいで……! 彼女のためなら、俺はなんでも出来るんだ! こうして、おまえの前に立ちふさがることだって出来るんだ!」


 ギィは口元を歪めた。

「貴様がどれだけ足掻こうが、結果は変わら……」

「――変わるんだよ!」

 被せるように、俺は叫んだ。

「もう変わったんだよ! おまえらの想像した未来は変わったんだ! ミカグラ様は新たな相を手に入れた! もはやおまえらの手の届かないところへ行ったんだ! 滅びもしない! 永遠に生き続ける! 子供と! 旦那と! これからもずっとずっと長い時を生き続けるんだ! もうおまえらの出る幕じゃねえんだよ! 任はもう解けたんだよ!」

「新たな相を手に入れた……だと?」

「そうだ! ミカグラ様は望んで土中入定したわけじゃない! 飢饉に苦しむ村人に捕まって! 無理やり生け贄に捧げられた! だからずっと秘されてた! 平成のこの世まで、薄ぼんやりとした民話として細々と語り継がれるだけの存在だった! だから存在が希薄になり、滅びそうになった! でも今や状況は変わった! 誰もが彼女のことを認識してる! テレビですら放映された! 今を生きる伝説の歌姫として、彼女はこれから語り継がれる! 永遠に愛され続ける! ――耳を澄ませ! 聞こえるだろうが! 彼女の歌声が!」


 ――その歌声は、夜の風に乗ってやって来た。

 親を思う子の歌。子を思う親の歌。

 ふたり、仲良く歌ってる。

 まだ幼さの残る鈴ちゃんの声と、丸く円熟味を帯びたミカグラ様の声と。

 柔らかく折り重なるように。

 優しく抱きしめ合うように。

 遠く離れたところにいるのに、俺にはその光景が見えるような気がした。

 ミカグラ様に甘える鈴ちゃんと、それを見守るタツと。

 IFと、IFの娘と、普通の人間の――家族3人の、幸せな光景。


「聞こえるだろうが!」

「……」

 ギィはじっと、風の音に耳を傾けていた。

 1分か、2分か。実際にはわずかだけれど、永遠とも思える時間が流れた。


「……小僧」

 ぽつりと聞いて来た。

「……私が退かねばどうするつもりだ?」

「刺し違える」

「……出来るわけがなかろう。IFに果たせぬものが、創造主に果たせるものか」

「ふたり、共に滅びる」

「……ほう」

 俺は腹をくくった。ようやく決めることが出来た。

 天秤の上下。命と気持ちの比重。

 だから俺はもう逃げない。一歩だって退くもんか。

「生きるも死ぬも一緒だ。俺たちは運命で繋がってる。俺が死ぬなら彼女は死ぬし、彼女が死ぬなら――俺も一緒に、死んでやる」




 ――シュボウッ。


 何かが燃える音がした。

 何かが強く噴き出した。

 それは白い煙だった。

 IFの体が復元する時に生じる煙。

 愛の炎から生まれ()づる煙。

 それが大量に噴き出した。


 トワコさんの体からだった。

 あちこちについた切り傷から。

 打撲痕から。

 裂かれた太腿から。

 斬り飛ばされた肘の断面から。

 それは大量に噴き出した。


 あちこちに倒れ伏している葬儀屋や、マリーさんや、黒子から生じるものとは比較にならない量だ。

 ミカグラ様のものと比べてすら遜色のない量だ。

 地面に転がっていた肘から先が、手品みたいに飛んで戻って来てくっついた。それはすぐに馴染んだ。




 ~~~トワコさん~~~



「………………」

 わたしは呆然と、その光景を見つめていた。我が身に起きた奇跡を眺めていた。

 体中の傷が治った。

 飛ばされた腕が飛んできてくっついた。

 動かすと、握ったままだった槍の石突き部分が一緒に動いた。


「………………っ」

 たくさんの事実がのしかかってきた。

 ずしりと堪えた。全身に響いた。

 数億本の針が、心臓を貫いた。


「はあぁ……っ」

 ため息がもれた。


 ──好きだって言ってくれた。

 ──愛してるって言ってくれた。


 理想だって、最高の女性だって、運命の人だって、惚れてるって、夢想してたって。 

 わたしのためならなんでもできるって、共に死ぬことさえできるって――。


 ねえ……聞いた?

 ねえ……わかる?

 ギィ、あなたにわかる?

 それがどういうことか。

 わたしにとってどういう意味を持つことなのか。


 IFとして生まれて。

 創造物として生まれて。

 時に蔑まれて、忌み嫌われて。


 意味なんてないと思ってた。

 いつか忘れ去られて、塵となって消えていく。

 それだけの存在だと思ってた。


「あああああぁ……っ」

 嬉しくてたまらない。

 にやにやが止まらない。

 喜びではち切れそう。

 今ならわたしは、なんでも出来る。

 月へだって飛んでいける。

 星だって打ち砕ける。


 新、新、新……。

 心の中でわたしはつぶやく。


 新、新、新……!

 胸の中でわたしは叫ぶ。


 新、新、新、新、新、新、新、新、新、新、新!

 新、新、新、新、新、新、新、新、新、新、新!

 新、新、新、新、新、新、新、新、新、新、新!

 新、新、新、新、新、新、新、新、新、新、新!

 新、新、新、新、新、新、新、新、新、新、新!

 新、新、新、新、新、新、新、新、新、新、新!

 新、新、新、新、新、新、新、新、新、新、新!

 新、新、新、新、新、新、新、新、新、新、新!

 新、新、新、新、新、新、新、新、新、新、新!

 新、新、新、新、新、新、新、新、新、新、新!

 新、新、新、新、新、新、新、新、新、新、新!

 新、新、新、新、新、新、新、新、新、新、新!


 いつまでも、途切れることなく、わたしは叫ぶ。

 美しい言葉。愛しい人の名。

 それは幾千言の戦化粧よりも。

 それは幾万言の祈りの言葉よりも、はるかに強く心に刻まれる。体を衝き動かす──


 もう、よろめきはしなかった。

 全身に力が(みなぎ)っている。

 温かな光が、新の愛が満ち満ちる。


 顔を上げた。

 拳を握った。


 勝てないと思ってた。

 蹂躙されるだけだと諦めかけた。

 目を瞑りかけた。膝を折りかけた。

 そんな自分が許せない。


 ──ならどうすればいい? 

 簡単だ。

 戦いで負った屈辱は、戦いの中でしか返せない。


 ――ねえ、そうでしょ? 新。


 だからわたしは強く雄々しく、大地を踏んだ。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ