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トワコさんはもういない  作者: 呑竜
「蘇る」

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33/70

「彼女のそれから」

 ~~~トワコさん~~~




 ゲーム対決の際に取り決めた通り、世羅せらはわたしの命令をなんでもひとつ聞くことになった。


「……で、どうすればいいのよ。とりあえず辞める? その代わりにあんたが入部して、人数3人できっかり構成要件を満たしてめでたしめでたし?」


 放課後、部室にふらりと姿を見せた世羅は、まだ治らない頬の傷を大きな絆創膏で隠してた。

 ふて腐れたように腕を組んで、わたしとあらたをにらみつけた。


「……や、それなんだけどさ、世羅……」


 言葉を濁す新を手で制して、わたしは冷酷に告げた。


「あなたの退部は認めないことになったわ」


「はあ!? な、なんでよ!」


 世羅は驚き、声を上擦らせた。


「命令をなんでもひとつ聞くって言ったじゃない。それともあれは嘘だったの?」


「う、嘘じゃないわよ。もともとそういう話だったし……っ。でも……理由というか……なんでなのよ!? なんで辞めさせてくれないのよ!?」


 心外、というふうに手を広げる世羅。


「簡単なことよ。あなたにはこのままここで部長として過ごしてもらうの。卒業まで」


 にたり、わたしはこれ見よがしに口角を吊り上げた。


「勝者のわたしの目の前で、敗者として過ごしてもらうの。卒業するその日まで。ずっとずっと――」


「な……!? そ、それって……!」


 青ざめる世羅の顔の前で、ちらちらと指を振った。


「そーのとおーり。見世物よ。わたしは無様なあなたの姿が見たいの。負け犬が勝者にへこへこ媚びへつらう姿が見たいの。本人としては対等に話しているつもりなのに、心のどこかで引け目を感じてしまう哀れな姿が見たいの。ふとした時にそれに気づいて、動揺する顔を指さして笑いたいの」


「ぐ……ぐぐぐぐぐ……!? あんたは悪魔か!?」


 煽り立てられ、プライドを傷つけられた世羅はわなわなと打ち震えている。


「悔しい? ねえ悔しい? そーよねえ? 悔しいわよねえ? 自分より2学年も下の後輩にバカにされて、さんざんコケにされて、悔しくないわけないわよねえ?」


「ね、ねえトワコさん。もうそのへんにしてさ……」


 新の声が引き気味だけど、わたしは止まらない。こういう時に容赦が出来るように創られていない。


「何言ってるの。ダメよ新。こういう身の程をわきまえないバカ娘には徹底的に教育しないと。それとも調教といったほうがいいかしらね。しつけの悪い犬みたいなものだから。そうだ。名前をつけてあげましょう。駄犬。あら似合うわね、ぴったりよ。まるであなたのためにある言葉みたい。――あら、怒った? 怒ってるの? 顔真っ赤にして、ぷるぷる震えちゃって。イヤぁねえ~、駄・犬・は♪」


 ぽんぽんと肩を叩くと、世羅の怒りは最高潮に達した。


「――殺す」


 予備動作の一切ないハイキックが側頭部に向かってとんできた。 


「……ふん」


 半ば予想していた逆ギレだったので、わたしはなんなく対応できた。

 身を退いて、髪の毛一本で避けた。


 がしかし、ハイキックはとんでこなかった。途中に割り込んだ障害物に当たって止まった。


「――真田兄!? あんたなにやってんのよ……!」


 蹴り足を戻しつつバックステップを踏む世羅。


「ぐぉう……っ?」


 ずしゃあっ、とわたしの代わりに世羅のハイキックの犠牲になって倒れたのは、真田兄弟の兄のほうだった。


「兄者!? 兄者ー!?」


 弟が、倒れた兄にすがりつく。


「死ぬな兄者ー! 死ぬにはまだ早いぞ!? この前ネットで注文した『きゃるるん☆牛魔王ちゃん』の宅配は今日到着予定なのだ! 3年間も発売延期になってた待望の大作だぞ!? プレイするまで死ねんだろう!」


「お……そうか。そうだったな……我はまだ……牛魔王ちゃんのお宝画像をコンプするまでは……」


「……死んでもいい、というか死んだほうがいいという気はするわね」


 わたしは呆れてため息をついた。


「なんで邪魔すんのよ!?」


 世羅が不満気に噛みついてくる。


「もう少しでこいつの首をぶっ飛ばすことが出来たのに! ノーモーションの、改心の一撃よ!?」


「飛ばないし。そもそも当たらないし」


「それはいかん! いかんぞ部長! いいか!? 暴力は何も生まん!」


 弟に助け起こされた兄が、鼻血を垂れ流しながら声を張り上げる。


「はあ!? なんのアニメの台詞よそれ!」


「他の誰でもない!」


 ぐい、兄は自分自身を親指で差した。


「我の台詞だ! 力による復讐は、悲しみしか生まん! 悲しみは悲しみを呼ぶ! 世界は悲しみの雨で包まれる!」


「何を知った風なこと言ってんのよ! だいたい大げさなのよあんたは! この世の何もかも見てきたみたいな顔してるけど、その実あんたら、部室から一歩も出てないじゃない! 学校と家と部室の行き来だけで、世界の何がわかるのよ!」


「――わかる!」


 兄は力強く断言した。


「ゲームの中に! 漫画の中に! アニメの中にはすべてが詰まっているのだ! 自由な創作物だからこそ、そこには多くの優秀なクリエイターたちの夢が! 純粋な希望が詰まっているのだ! こうであって欲しいという世界が無数にあるのだ! それらは時に現実をも凌駕する! ――いながらにして、我らはすべてを知ることができる! たかだかいち小娘の悩みなど! まさに赤子の手をひねるがごとし!」


「ああもうムカツク!」


 世羅は平手を振り上げた。


「いちいち横からしゃしゃり出て来て! わけわかんないことばかりわめき立てて! なんなのよあんた!」


 引っぱたくふりをしたが、兄は動かなかった。微動だにせずそこにいた。

 目の前の暴力なんて、全然見えていない。それよりももっと重要なものが、その目には映っていた。


「楽しかっただろうが!?」


「……はあ?」


「ゲームだゲーム! ランブリング・ファイターズ2! 我らと遊んで、楽しかっただろうが!?」


「べ……別に、楽しくなんて……」


「――我は楽しかった!」


 兄は言い切った。意味不明に胸を張った。


「部長と遊べて楽しかった! ゲームなんてとバカにしながら、指に豆を作って、おでこにアイスノンを貼って! スポンジのように技術を吸収して! たった一週間であれほどの熾烈な戦いが出来るまでに成長した! 最後は惜しくも負けてしまったが! でも! 楽しかった!」


「……っ」


「試合が終わればノーサイドだ! 互いの鍛練を称え合うのだ!  突き返しが見事だったぞと! よくあの十連コンボを受けきったなと! お返しの十連コンボは美しかったなと! 駆け引きの妙があったなと! なあほら、思い出せ――」


 ――楽しかっただろうが!?


 反論なんて通じない。嘘も誤魔化しも聞いてくれない。

 真田兄はただ、きらきらした目で自分の見たものを語る。


「……そ――っ」


 わたしは見た。

 世羅の唇が微かに震えたのを。衝動を堪えるように唇を噛んだのを。

 一切の(てら)いのない言葉が、彼女の胸を打つのを。


「……そんなことないわ。全然詰まんなかった。これっぽっちも楽しくなんかなかった。こんな部、全然詰まんない。面白いと思ったことなんて一度もない」


 世羅はぶんぶんとかぶりを振った。ツインテールを揺らし、表情を見られまいとするかのように部室を出た。


「部長! また明日から特訓開始だ! 今度こそ、この冷酷女に勝つぞ!?」


 誰が冷酷女か。つっこみたかったがやめた。


 世羅は振り向きもせず、ずんずんとすごい勢いで遠ざかって行った。

 兄はぶんぶか手を振って見送った。

 弟は「兄者かっこいいー!」と盛り上がってた。


 新は後を追わなかった。わたしもその場にたたずんでいた。

 わたしたちにはわかっていた。

 世羅はたぶん――このあと少し泣いて、明日にはきっと、部室に顔を出す。









 新とふたり、並んで帰った。

 夕焼け空が綺麗だった。高いところに雲があった。

 あたりに人気のなくなったところで、新が不意に立ち止まった。


「……ねえ、トワコさん」


「なぁに? 新」


「この前のことなんだけどさ……」


 ぽりぽりと頭をかき、言いにくそうに切り出してきた。


「この前のこと?」


 わたしはにっこり笑って小首を傾げた。


「や……だから……その……。トワコさんが俺のことを……」


 自分の言おうとしていることの恥ずかしさに耐えられなくなったのか、新は耳まで赤く染めた。


「ん? どうしたの? 新。ちょっとよく聞こえないんだけど……」


「あれ? あれ? その……だからさ……」


「なんにも聞こえなーい。車の音がうるさすぎるのかしらねー?」


 車なんて一台も通ってなかった。

 わたしはへどもどする新に舌を出すと、背を向けて歩き出した。


「ちょ……ちょっとトワコさん……!?」


 慌てて新がわたしのあとを追って来る。


 ――過度に期待をかけなさんなと言っとるんですよ。無理に背中を叩きなさんな。あんたが期待をかければかけるほど、新堂教員の重圧は高まるんです。ぎゅうぎゅう押し込みすぎて、内からの圧で爆発しちまう。

 服部老人の言葉が脳裏に蘇った。


 ――なにせこれからあんたは、長い長ぁい命を生きていかねばならん。IFとしての何十年。メンターとしての何十年、あるいは何百年……。

 

それは残酷な、そして動かしがたい事実だ。


 ――もっと肩の力を抜いて、新堂教員との今を楽しみなさいな。なんと言ったって、IFでいられるのは今だけなんだからさ。

 

 わたしは歳をとらない。新と同じスピードでは歩けない。


 そうだわたしは、IFなのだ。

 あの時霧ちゃんに言った通りだ。

 人間モドキの、化け物なのだ。


「トワコさん! トワコさんってば!」 


 新の声が耳朶じだを打つ。わたしの後を追いかけてくる。

 温かい声、優しい声、幸せの声――


「……っ」


 何かがこみ上げてきた。

 液体に似た成分を、目のあたりに感じた。


 わたしは涙をぬぐえない。

 だから高く高く、空を仰いだ。

 たとえ泣いてしまっても、決して涙が零れないように。


 震える声で歌を歌った。

 服部老人が歌えなかった歌の続きを。




 シャボン玉消えた、飛ばずに消えた

 産まれてすぐに、壊れて消えた

 

 風、風、吹くな、シャボン玉飛ばそ――



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