「ランブリング・ファイターズ」
~~~新堂新~~~
翌日から、世羅の攻勢が始まった。
登下校、休み時間、昼食時。
とにかく俺につきまとってくる。
さすがに初日みたいに抱き付いてきたりキスしてきたりはしないものの……。
「シン兄ぃ、おはよう!」
「シン兄ぃ、暇だから相手してよ~」
「シン兄ぃ、一緒にご飯食べよ?」
「シン兄ぃ、帰り、つき合ってよ。寄りたい店があるんだ」
女子高生らしい幼げな、けれど教師としては思わず人目を気にしてしまうような絡み方をしてくる。
それ自体では即座に問題にはならないけれど、徐々に徐々に噂として蓄積されていくような類の。
これを受けたトワコさんは物凄い笑顔になり、世羅に対抗した。
「新堂先生、おはようございます」
「新堂先生、わからないところがあるので質問してもいいですか?」
「新堂先生、今日こそわたしのお弁当、食べていただけますね?」
「新堂先生、さあ、部活に参りましょう?」
周囲の好奇の視線を浴びながら、そのつどふたりはバチバチとやり合った。
言葉の応酬で済むうちはいいけど、エスカレートしたらやばいなと思っていた。
トワコさんには例によって古武術があるし、世羅はどうも、総合格闘技の道場に通っているらしい。
素人目にはわかりづらい技の応酬──死角からの打撃の打ち合いとか、立ち間接技の取り合いとか──になったらどうしようと、俺は気が気じゃなかった。
同じことを古屋先生も考えていたらしい。
なんとかしろと、毎日顔を合わせるたびに言ってくる。
なんとかしたいのは俺だって同じだ。
だが実際問題として、解決策がない。
どれだけ断っても、跳ね除けても、世羅は俺に接近してくる。
トワコさんがいない時ならまだしも、必ずいる時に仕掛けてくるのだ。
……いや、もしかしてわざとそういうタイミングを狙ってるのか?
俺に近づけばトワコさんがどういう態度をとるかはわかりそうなものだ。
それを知っていてあえて仕掛けてくるということは……。
──「ひさしぶりね、シン兄ぃ。待ってたわ。6年間ずっと、あんたたちを破滅させる日を──」──
そして、あの時のあの言葉だ。
あれはどういう意味だったのだろう。
世羅は、少なくとも6年前から俺のことを知っていた?
6年といえば、俺がこの町を出ていった年のことだ。
その時世羅は11か12歳。小学生ぐらいの歳の子が、俺にいったいどんな恨みがあるというのだろう。
そして、「あんたたち」という複数形。
それが俺とトワコさんを指すのだとすれば……。
ある日家に帰ると、トワコさんが先にいた。
居間で、テレビに向かってマリーさんと何かしている。
意外なことに、ふたりはゲームをしているようだった。
ハイパー・プレイング・ステーション。略してHPS。かつて一世を風靡したゲーム機だ。次世代機の登場で斜陽の感こそあるが、タイトル数の多さとプレイヤー人口の絶対数ではいまだに業界ナンバーワンを誇る。
ゲームは『ランブリング・ファイターズ3』。
空手着を着た日本人や金髪を逆立てた米国軍人、チャイナ服を着た美少女らが乱舞する対戦型格闘ゲームだ。
「ただいま、トワコさんマリーさん」
「お帰り、新。ごめんね、お夕飯の支度すぐにするから」
「待てい、トワコさん」
立ち上がろうとしたトワコさんのスカートを、マリーさんがぎゅっと握った。
「……まさか、勝ち逃げするつもりではなかろうな?」
ものすごいガチな目で、トワコさんを睨みつけるマリーさん。
「逃げってゆうか……だってマリーさん、お話にならないんだもん」
「お話にならない……じゃとっ?」
「典型的な知識倒れって感じ。いるのよね、腕組みしてギャラリーしてる連中によくいるタイプ。後ろでああだこうだ言うのは一丁前なのに、やらせてみるとろくすっぽコマンド技も出せないようなやつ」
「ぐぎぎぎぎ……っ!?」
言葉では言い表せないような顔になるマリーさん。
「ま、まあまあ。トワコさん」
慌てて間に入った。
「ど、どうしたの急に、ゲームなんか初めて?」
「ああ、これはね……」
トワコさんの説明によると……。
「……ゲーム対決? 世羅と?」
驚きの展開に唖然とする俺に、トワコさんは得意げに語った。
「あまりにもあいつが目障りだから、勝負をすることにしたの。一週間後の予算会議の前日に、『ランブリング・ファイターズ3』で戦う。敗者は勝者のいうことをなんでもひとつ、聞かなきゃならない」
「な、なんでも……?」
俺はごくりと唾を飲んだ。
「わたしが勝ったらあー♪」
うふふ、と楽し気にトワコさんは笑った。
「世羅を平の部員にするの。わたしが部長になってこき使うの。もちろん新には近寄らせないわ。部長特権ね♪」
「それ……実質ひとつじゃないよね?」
「部長にそんな特権あるものか。幽霊部員にして籍だけ残して部から追いやるのが現実的な線じゃろ」
「ああー、今から楽しみだわー♪」
俺とマリーさんのツッコミもどこ吹く風、トワコさんはご機嫌でエプロンを着けると、台所へ向かった。
「あいつ、知らないのよね。わたしがどれだけあのゲーム得意か。ねえ、だって6年間よ? 6年間。わたしずっと、蛸薬師のゲーセンでプレイしてたんだから」
「その辺はほれ、わらわの持って行き方を褒めるべきじゃろ。最初にクイズゲームでいこうと提案しておいて、いかにもこっちがクイズが得意でございって顔をしておいたからこその格ゲーじゃ。一番よく見える位置に置いておいたのを抜群のタイミングで……」
台所へ追いかけていったマリーさんが、トワコさんとわあきゃあ騒いでいる。
夕飯を食べたら特訓だとか。
あなたじゃ話にならないからゲーセンへ武者修行へ行くわとか。
ぐぎぎぎぎ……っとか。
そんなふたりのやり取りを尻目に、俺は座り込んでこめかみを押えていた。
トワコさんの6年間。
世羅の6年間。
奇妙な数字の符合が、頭の中でまた、あの頭痛を引き起こしていた。
~~~トワコさん~~~
マリーさんでは練習相手にならないので、わたしの特訓はHPSではなく、ゲーセンの実機によって行われた。
コマンドの確認。各キャラごとのマッチアップ。技の性能差。立ち回り上の注意点。2択3択。実戦での勘……。
取り戻さなければならないことは無数にあった。
たったひとりで格ゲーに取り組む、超絶美人女子高生。
最初は物珍しがられた。
ナンパや、軽薄な視線を投げかけてくる輩が後を絶たなかった。
だけどすぐに黙らせた。
わたしの指捌きを見た者たちは、やがて熱心な信奉者になった。
県内の強豪を軒並み倒すと、県外から遠征して来る者まで現れた。
噂は噂を呼び、駅前のゲーセンは人で埋まった。
「姐さん、行ってらっしゃーい!」
「姐さん、いつでも戻って来てくださいねー!」
キラキラと子供みたいに目を輝かせた男たちが、決戦に赴くわたしを見送ってくれた。
その中には、新と初めて出会った日にわたしがぼこぼこにしてやった二人組みもいた。
──決戦の日。関係者全員が文芸部に集まった。
真田兄弟と世羅以外にも、決闘の噂を聞きつけたギャラリーたちが押しかけた。
「なんであなたたちまで……」
じと目を向けると、
「面白いモチーフ探して三千里っす! この決闘ももちろん描かせていただくっすよ! あ、勝敗はどうでもいいっす! どっちが勝っても負けてもおいしいっす!」
スケッチブックを構える小鳥。
「あ、じゃあじゃあっ、あたしも書く! 美少女同士の組んずほぐれつの決闘! 団寅吉ばりのエロ小説に仕立ててあげる!」
負けじとメモ帳にペンを構える奏。
「わたしは~。トワコさんが無残に負けるシーンが見られれば楽しいかなって~。あの時の恨み~。忘れてないわよ~? 痛かったも~ん。うふふふふ~」
頬に手を当て暗い情念を燃やす桃華。
「と、トワコさんっ。応援してるから……が、がんばってっ」
力んで顔を真っ赤にし、拳を握って応援してくれる真理。
「……あなただけがわたしの味方よ」
審判を務めるのは新だ。
ワイシャツのネクタイを外し、代わりにピンクゴールドのリボンを巻いている。
「あら、いい格好になったじゃない新」
「ちょっとやめてよトワコさん……」
新は恥ずかし気に目を逸らした。
やだ……なにそのしぐさ、ぐっとくるじゃない。
「はい、審判に触れぬようにー。写メも禁止。さっさと始めるぞー」
リボン付きの新をパシャパシャと写メに納めていると、マリーさんに邪魔された。
「ちっ……レアな格好なのに……」
「俺……なんかすげえ複雑な気分だよトワコさん……」
「ねえ新。わたしが勝ったら家でもその格好してよね?」
「やだよ。真っ先にほどいて捨てるよこんなもん」
「えー、勝ったら何でもするって言ったでしょー?」
「それはきみらの話でしょ……ったく」
そんなことをしていると、世羅が焦れたように叫んだ。
「さっさと始めるよ!? 座れこら!」
世羅の目は完全に充血していた。
指先にいくつものタコ。額にはアイスノンまで貼っている。
この日のためにさぞや練習を積んできたのだろう。
「部長、焦るな! 貴様には我ら直伝の必殺技がある! ベストを尽くせば必ず勝てるぞ!」
「あんたらがあたしに何してくれたって言うのよ! 後ろでごちゃごちゃ騒いでただけでしょ⁉」
「しかし兄者よ……」
真田弟が疑問を呈する。
「いまさらなのだが、部長に勝たれてしまうと部の存続自体が危うくなるというのに、なんで我らは部長に協力せねばならぬのだ? 敵に塩を送るようなものではないか」
「……うむ? うう~む……あれ、なんでだ?」
腕組みして考え込む真田兄。
こいつらはこいつらで、何も考えずにセコンドについているらしい。
わたしが使用キャラに選んだのは、いつも通りの御法院薫子。
薫子は時代がかったおかっぱ頭の女の子だ。袴姿で古流武術を扱う。
通常攻撃のリーチは短いが、扇子を使った遠隔攻撃がある。対空技や当て身投げ、突き返しなど技が多彩で、上級者向けのキャラと言われている。
対する世羅は超力皇帝だ。
旧帝国軍人みたいな服装の大男で、持って生まれた身体能力のみで相手を圧倒するキャラだ。
跳び道具や当て身投げ、突き返し技こそないが、それを補ってあまりあるほどにすべての基本性能が高い。
──ラウンドワンッ。ファイッ!
決戦の火蓋が切って落とされる直前、マリーさんがわたしの耳元で囁いた。
「作戦を忘れるなよ? まずは防御を固めるのじゃ。相手の出方を窺え。初戦は捨てても構わん」
「わかってるわよもう……。……ちぇ、一気に片付けちゃえばいいのに……」
まずは見に回れ。
2本先取の3セットマッチ。その1本を捨てても構わんというのがマリーさんの指示だった。
わたしはしかたなく見に徹した。
差し合いの所作。技入力の癖とこちらの技への反応。ダウン時の攻防を見て計る……。
わかったこと。
世羅の攻撃は、大きく3パターンに分けられる。直線的な飛び込み技。リーチの長い中段蹴り。空中からのジャンプ技。ほとんどの場合その3つのどれかを選択し、初撃が当たろうと防がれようと、構わずコンボを狙ってくる。
コマンド入力そのものにミスは無い。繋ぎもスムーズだが、差し合いの……つまりは駆け引き部分が雑なので、当たるものも当たらない。
「こいつ……CPUとしかやったことないんじゃないかしら?」
それがわたしの感想だった。
よくいるのだ。自分の家のゲーム機でコンピュータ相手に戦っている分には楽勝だから、ゲーセンで実機を扱っても余裕だろうと考えるやつが。
だけどそれは大いなる勘違い。
実際の人間はCPUみたいにわかりやすい動きをしてこない。
攻撃、防御、間合いの詰め方ひとつとったって、そこに人の思考が入りこめば、動きはまったく違ってくる。
当然、対応も変わる。
自分の都合で技を繰り出しているだけでは勝てないのだ。
1戦目は時間切れで終了。見に徹した薫子の敗北だった。
「うしっ! 楽勝!」
ガッツポーズをとる世羅は、拒む新の手をとり無理やりハイタッチし、勢いで真田兄弟ともしてしまい、「なんであんたたちなんかと!」と盛大に逆ギレしていた。
──ラウンドツゥーッ。ファイッ!
2戦目。
わたしにとってはもう後がない。
そしてもう、見ている必要はない。
薫子は開始早々扇子を飛ばし、超力皇帝はジャンプでこれを回避した。
超力皇帝がそのままジャンプ攻撃へつなげようとしてきたところを、対空の投げ技である巻き落としで足首を掴み、叩きつけるように投げ落とした。
ぐぐっ……と、超力皇帝の体力ゲージが減る。ファーストアタック(初撃にダメージボーナスが加算される)だ。
「く……まぐれ当たりよ!」
1戦目が楽勝だったせいか、世羅はムキになって攻めたててきた。
「……ふん」
わたしは冷静に処理した。
直線的な飛び込み技は扇子を当てて撃ち落す。
リーチの長い中段蹴りは当て身投げで投げ飛ばす。
対空技は巻き落としで叩き落とす。
「くっくっく……。突き返しのいい餌食じゃ……」
マリーさんがほくそ笑む。
フランス語でリポスト、反撃とかカウンターのことらしい。相手の攻撃を弾きつつ突く。躱しつつ突く。そういった攻防一体の技術のことだそうだ。
飛び道具を持たない超力皇帝としては、どうにかして相手の懐に飛び込まねば話が始まらない。
だけど単純バカの世羅は、ただただ3種の攻撃を繰り返してくるのみだ。
スカシのひとつも入れれば話は違うのだが、対人戦の技術のない世羅に、そんな高等技術は要求するだけ酷というものだろう。
結果として超力皇帝はカウンターを被弾し続け、瞬く間に血ダルマになった。
「ううう……っ! なによなによ! 汚いわよ! 待ちに徹しちゃって!」
何をしても返されるのが悔しいのか、世羅は操作の手を止めて涙を拭っている。
「部長! ダメだ! 動かないと!」
「タイムアップするぞ!」
真田兄弟の声援もむなしく、薫子優勢のままにタイムアップ。1対1のイーブンとなった。
──ファイナルラウンド。ファイッ!
戦いは、はっきりとわたしに有利だった。何をされても突き返し、投げ飛ばし、距離をとれば扇子を飛ばして体力をちまちま削る。
あっという間にライフゲージに倍の差がついた。
無力感と悔しさからか、世羅はボロボロ泣き出した。
えぐっ……うぐっ……。
部室に嗚咽が響く。
『……』
空気が……重い……。
「……なにこの、『おまえやり過ぎだろ』みたいな空気……」
「気にするなトワコさん。ともあれあと50秒で貴様の勝ちだ」
マリーさんが冷静に話しかけてくる。
「……ね~え、トワコさん?」
急に、世羅が優しい声で話しかけてきた。
「え、なに?」
思わず反応してしまったわたしの手元に、何かが触れた。
例の黒い手が、ゲームパッドをめちゃくちゃに弄り回してくる。
「な……な!? あなたずるいわよ!?」
「へっへーんだ、勝てば官軍よ!」
鼻をぐずらせながら、世羅が素早くコマンドを入力する。
「げげ……! 10連コンボじゃと!? 跳べ! トワコさん!」
マリーさんが悲鳴を上げる。
黒い手を撥ねのけたと同時に、呪文を唱えた超力皇帝の両手が真っ赤に光った。マントを揺らしながら、まっすぐに突っ込んでくる。
「く──っ?」
突き返しも当て身投げも効かない、10連発の必殺技。
躱すか、防御するしか道はない。
しかし黒い手に邪魔された影響で薫子の体勢は崩れており、跳ぶ余裕がない。
起死回生の展開に、世羅の口元が緩んでいる。
ギャラリーが悲鳴に似たため息を漏らしている。
──瞬間、すべての音が聞こえなくなった。
目の前にはゲーム画面とコントローラのみ。
世界にはただわたしと、対戦相手のみ。
「……!」
その状況は、わたしにあの日の光景を想起させた。
蛸薬師のゲーセンで、当時のナンバーワンと戦った日。
1ドット単位までライフを削り合った死闘。
あの時、わたしはひとつの願をかけて戦っていた。
ナンバーワンに勝てば、新に会えるんだって。
新がわたしを呼んでくれるんだって。
他の誰よりも強く切実に、必要としてくれるんだって。
負ければそれらをすべて、失うんだって。
二度と。
永遠に。
会えないんだって。
そんな風に、追い込んだっけ──
──ドクン。
心臓が、ひと際高い音を立てた。
血管に乗り、熱き血の奔流が全身に解き放たれた。
電気的刺激が、すべての細胞を活性化した。
脳内を、まばゆい光が満たした。
そうだ──すべて受けきる。
迷っている時間はないのだ。
わたしは腹を括った。
「くらえ! ──クリムゾン・サイクロン!」
世羅がコンボ名を叫ぶ。超力皇帝が迫ってくる。
まずは上段順突き、中段逆突き、上段蹴り上げ、そのまま踵落とし──4発、すべてブロックした。あと6発だ。
ここまでは一連の技として決められているので防ぎきれた。だがここから先はプレイヤーが選択するゾーンだ。人によって癖が違い、上下、どちらにくるかわからない。
ランブリング・ファイターズ3の防御は進行方向と逆方向にレバーを引くことで行われる。上、中段は後ろに引けば一緒の操作でブロックできる。下段は斜め下に引かなければならない。
純粋な二択。一度でもミスれば最後、コンボの終わりまでもらってしまう二択。
わたしは考えた。この世羅という女、直線的で力ずくの攻撃を好む。はっきり言ってバカだ。
おそらく搦め手は使ってこない。ほぼ中段。下段はせいぜいあっても一発か二発……。
「死ぃねえええええー!」
踵落としから一歩踏み込んでの中段順突き、上段回し蹴り、返しの後ろ回し蹴り、飛び膝……すべて中段受けで防いだ。
「ぐ……っ!?」
世羅の声に焦りが見えた。
読み通り、9発目は下に来た。
鋭いローキックを下段で受けた。
体を反転させるようにしての最後の後ろ蹴りも、中段でがっちり受け止めた。
「──すべて防いだだと!?」
「バカな……! 何者だこの女!?」
真田兄弟が唸る。
「う……嘘!?」
世羅が茫然自失する──超力皇帝が技後硬直で棒立ちになった。
薫子の下段投げが一閃、超力皇帝の体をめくるように浮かせた。
蹴り上げでさらに上空へと運んだ。
超力皇帝の体はくるりと宙を舞い、無防備な背中を薫子の眼前に晒した──
「今度はわたしの番よ!」
コマンドに応え、薫子の双眸が赤光を帯びる。
左の鉤突き、右のアッパーカット、左の膝蹴りでさらに宙に浮かす……。
薫子が、「臨・兵・闘」と発声しながら連続技を繰り出していく。
『──逆襲の空中10連入った!』
世羅側のセコンドだったはずの真田兄弟が、拳を握って歓声を上げた。
者・皆・陣・列・在・前……!
10発目。血まみれになった超力皇帝の顔面を空中で引っ掴むと、後頭部から思い切り地面に叩きつけた。
結!
ぷしゅうううっ……と、超力皇帝の全身から真っ赤な血が噴出した。HPもちょうどゼロ。
──K・O!
機械音声が薫子の、わたしの勝利を告げた。
どっと部室が沸いた。
奏が、桃華が、小鳥が、真理が、わたしと新を取り巻いて口々に歓声を上げた。
真田兄弟が「感動した! いいもの見た!」と抱き合って声を上げた。
世羅は――ひとり取り残された世羅は悄然と肩を落とし、部室を去った。




