132.とうの昔に
市長室にて、再びの会合。
ルーテシアはゲルドと向き合っていた。
「何度来ても、結果は変わらない」
先に口を開いたのは、ゲルドの方だった。
こうして直接、会って話すまでに随分と時間を要したが、それも徒労に終わる――そう言いたいのだろう。
「では、どうしてもう一度顔を合わせていただけたのですか?」
ルーテシアは冷静に、ゲルドに問いかけた。
無駄なのことであると言うのなら、こうして会う必要など一切ない。
――ずっと、拒否し続ければいいだけのことだ。
ルーテシアの言葉に、ゲルドはわずかに眉を顰める。
「使節団の要望とあれば、市長である私は無碍にしない。意味のない話し合いの場であったとしても、話を聞くくらいのことはする」
「リンヴルムと交渉の余地はない、と?」
「然り」
ゲルドの態度を見れば分かる。
この会合は――確かに意味もなさないのだろう。
おそらく、ルーテシアが交渉のテーブルにつくまでに『ヴァーメリア帝国』との同盟の話は終わったのだ。
ルーテシアの前に姿を見せた、フィルメアが使節団の代表として。
だが、彼女の正体は――『魔究同盟』の盟主だ。
王国を脅かした組織の頂点が、他国の使節団として同盟を結ぼうとしている。
「一つ聞きます。貴方は帝国の……使節団の代表がどういう人物なのか、知っているんですか?」
「それは『魔究同盟』のことを聞いているのか?」
「!」
ゲルドの言葉に、思わずルーテシアは目を丸くした。
後ろに控えていたハインやクーリも同様に、驚きの表情を浮かべる。
まさか、市長自身が知っているのだとすれば。だが、
「ノル・テルナット――彼女もまた、その組織に属する人間であることは知っている。彼女はその上で、この都市の技術顧問を任せているのだから」
「……それはつまり、あなたも『魔究同盟』の……?」
「いや、私は違う」
ルーテシアの言葉を、ゲルドは否定した。
ここで別に嘘を吐く理由もないだろう――彼は『魔究同盟』という組織の存在を把握した上で、協力している立場にあるのだ。
「君達が『魔究同盟』とどういう因縁があったのか――そこまでは詳しく把握はしていない。だが、『魔究同盟』が仮にどういう組織であったとしても、その事実を踏まえた上で全てを判断している」
やはり、交渉の余地はない、ということだろう。
正直に言えば、『魔究同盟』の存在をゲルドが把握しているかどうか――これは、交渉において切り札とも言えるカードの一つでもあった。
どう考えても、あの組織のやっていることは異常であり、犯罪行為にも手を染める者達だ。
そんな奴らと手を組めば、この都市もどうなることか――だが、それすら了承しているというのなら、もはやルーテシアから言えることはない。
ただ、もう一つだけ確認しておくべきことがある。
「……貴方の、娘さんは知っているんですか?」
「リネイのことか。最近、君達の下へよく足を運んでいるようだが」
リネイの話になった途端、ゲルドの雰囲気が少し変わったように見えた。
厳格であることには変わらないが、どこか表情が和らいでいるようにも見える。
「あの子にもいずれ話す時は来るだろう。あの子は将来、この都市を代表する技術者となる」
「……『魔究同盟』がどういう組織か理解した上で、本当にそんな未来がやってくると?」
「元より、存在しえなかった未来だ。なら、今こうして可能性に縋ることができるだけでもいい」
「……?」
ゲルドの言葉に、ルーテシアは思わず訝しむ表情を見せた。
しばしの沈黙の後、ゲルドは静かに口を開く。
「亡命――私の娘はきっと、君達にそれを望んだだろう?」
「! それは……」
「隠す必要はない。あの子がそれを望んでいることは知っている。だが、あの子はこの都市からは出られない」
「あなたが、閉じ込めているから、ですか?」
割って入るように口を開いたのは、クーリだった。
その表情は少し怒っているようで――どうやら、黙って聞いていられなかったらしい。
クーリの問いかけにも、ゲルドは顔色を変えることなく答える。
「そうだ。それがあの子のためになる」
「閉じ込めることが、どうしてリネイさんのためになるんですか?」
「君達は何も知らないだろうし、関係もないことだ」
「何も知らないから聞いてるんです!」
「クーリ」
ヒートアップしそうになったクーリのこと、ハインは制止する。
すぐにハッとした表情を浮かべて、クーリは頭を下げた。
「ご、ごめんなさい」
「……随分と、未熟な者を従者にしているようだ」
呆れたようにゲルドは言った。
それに対し、今度はルーテシアが問いかける。
「確かに、リネイさんが亡命を希望しているのは事実ですし、私達を頼っています。その上で――リネイさんがこの都市に閉じ込めることが、どうして彼女のためになるか、可能なら聞かせてもらえますか?」
「それを聞いてどうする。元より、亡命など許すつもりもないが」
「……リネイさんには、お世話になっていますから。事情があるのなら、聞いておきたいだけです」
リネイはシュリネの魔導義手を作ってくれている――何の見返りもなしに、だ。
もしも、リネイの力になれることがあるのなら。
ルーテシアの純粋な気持ちだった。
「事情も何も、簡単な話だ。リネイは『魔究同盟』――かの組織の力を借りて生かされている。本当であれば、とうの昔に命を落としていた子なのだから」
「――」
その事実は、すなわちクーリやハインの置かれた状況とは異なるもので。
――リネイは、『魔究同盟』に救われていたのだ。




