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蜥蜴の果実  作者: 梨鳥 
第一章
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企み

 カウンターでは、やたら露出度の高い、スタイル抜群の中年の女が、アイシャドーで艶めく瞼を半分程瞳に被せながら、バドを見た。

 大きくて真っ赤な唇が、女の魔性を剥き出しにして笑んでいる。


 目を逸らして横を通り過ぎると、腿まで剝き出しのスリットから惜し気も無く出ている綺麗な足で、バシッと蹴られた。


「ちょ、やめてやめて!」と目で懇願して、もう一発今度は尻に喰らう。


 この店の女主人を務める彼女は、バドを構いたくてしょうがないのだが、バドからしたらうるさくて仕方ない。加えて、何故かこの女はバドの癪に障るのだった。

 きっと、子供の頃にたくさん甘えさせてもらった記憶があって、彼女を見る度、構われる度に、それを思い出して恥ずかしいのだ。


「オイ、止めろっ。大事な話があんだから、ババァはあっち行ってろ」


 途端に後ろから大男の拳固が落ちて来て、バドは白い世界に煌めく星を見た。横に半回転しながら、よろめいて座り込む。


「母親に、ババァとは何だ」

「いってぇ……」


 カウンターにかじりつく様にして起き上がると、ちょうど向かいに座っていたマントを被った人物と、目が合った。

 つぶらな瞳が、驚いて見開かれている。

 

 ラビリエ・イソプロパノール。やっぱり、来た……。

 

 カッコよく再会したかったのに、これじゃあカッコ悪い。くっそ、ババァ、覚えてろ。

 胸中で毒づきながら、とりあえず爽やかに「やあ」と微笑みかけてみる。


「あの……鼻血が……」

「え!マジ?いや、いい、いい、全然ヘーキ」


 綺麗で真っ白な、レースのハンカチを差し出されて、バドは恐縮してゴシゴシと袖で鼻血を拭いた。中年の女は大男と二人して、声も無く腹を抱えて震えている。

 

 クソババァ!


 物凄い形相でそちらを睨みつけてから、マントの人物に向き直る。


「奥まった席があるから、そっちで話そう」


 バドが案内した席は、彼らの間で『交渉席』と呼ばれている。店内の隅の、唐突に少し窪んだスペースに四人掛けの席があり、そこに座ればすべての視線を遮断出来た。小さな見張り窓から、古ぼけたテーブルに朝日が差している。

 大抵裏取引や、自殺志願者への説得などが行われている席だ。

 あと、カップルもよく使う。こんな店にカップルで来るのは、仲間内位だが。ご希望とあらば、カーテンで仕切る事も出来た。

 バドは威圧しない様に、自分が奥の席に座った。


「マント取って大丈夫だぜ。暑いだろ」


 相手はためらいがちに頷いて、ハラリと頭から被っていたマントを脱いだ。

 暑かったのだろう、ふぅ、と息を付く。

 赤茶色の髪をアップスタイルにまとめて、牢で会った時より大人びて見える。

 うっすらと汗ばんだ額に、前髪が乱れて張り付いていた。

 思い詰めたつぶらな瞳は、濃い紅茶の色だ。長い睫の影と、心労の為に出来た青いクマのせいで、色白の小さな顔がとても弱弱しく見えた。ぽってりと愛らしい唇も、色が無い。

 それでも、稀に見る可愛らしい娘だった。

 全体的に小さいが、ふんわりした体格なのは、衣食住を贅沢に与えられた結果だろう。しかし、彼女の名誉の為に明記しておくが、決して太ってはいない。

 彼女の着ている半袖のワンピースは、見覚えがあった。

 聞けば、一番下っ端の召使いの制服だと言う。


 きっとバドは、何かの用事で、街に頻繁に出入りする娘達を見かけて覚えていたのだろう。何故なら、下っ端と言えど王宮務めの彼女達は、容姿端麗な者が多かったから。

 きっと涎を垂らして、物欲しげに目で追っていたのだ。


 それはさて置き、彼女を席に座らせると、手を差し出した。


「来てくれてありがとう。握手だ、ラビリエ」

「……」

「大丈夫。キスしないよ。あの時は、自分に酔っちゃったんだ」


 おずおずと差し出された小さな白い手を、しっかり握って握手すると「さて」と、ズボンの尻ポケットから小さな地図を取り出して、テーブルに広げた。


「地図って読める?」


 ラビリエは地図を覗き込んで、頷いた。


「……東のここが、イソプロパノール……。ノール草原とトスカノ峠を越えて、トスカノ王国……」


 あら、と彼女が首を傾げる。バドは気づかれない程の鋭さで、彼女を盗み見た。


「ここより北の記してある地図は、珍しいわ。この断崖の壁……」


 瑞々しく白い指が、そっと地図上の北部をなぞった。思わずその指の動きに見入ってしまったが、バドは頷いた。


「そう、この地図珍しいんだ。分かる?」

「ええ。地理は勉強しました。この断崖の壁に阻まれた先は、亡国マクサルト……」


 ふと目を上げると、バドが真剣な目をして自分を見詰めているのに気が付いた。


「あら、間違ったかしら?ええと……」


 この人、空色の瞳だったんだわ。しどろもどろになりながらも、そんな事を考える。


「イヤ、合ってる。歴史から消されかけてるから、同年代で知ってるのはビックリだよ」

「……ええ、マクサルトの廃墟を発見したトスカノから『呪いに滅んだ』と伝わっています。その為に、国民はその名を口にしなくなりました。……元々阻まれた地形の為に国交はどの国とも薄かった様ですが……」


 うん。とバドは頷いた。


「トスカノはなんだかわかんねぇけど『呪い』を恐れて、マクサルトへの唯一の通り道を塞いだんだ」


 地図上の断崖の崖に、細い隙間があるのを指差して、トントンと音を立てた。

 頷いてラビリエが、そのすぐ近くに指で楕円を描く。


「ええ。この辺りに大きな門を作って、行き来を封じていると聞いています」


 満足気にバドが頷く。


「で、この『呪い封じの門』なんだけど、地上から通るのは、ちょっと難しいんだ。ひょいっと空から飛び越えない限りね」

「あなたは、」

「バ、ド!」

「……バドは、マクサルトへ行きたいのですか?」


 にひっと悪戯そうにバドが笑う。


「ちょっと宝探しにね。なんでも願いが叶う宝玉があるとか無いとか……。そこで、トスカノの開発したって噂の飛空船ってヤツ? ってワケだ。トスカノの連中は、空飛ぶ船で花嫁を迎えに来るんだろ?」


 呆れた。

 本当にそんな物があると信じているのかしら?そんな夢みたいな存在の為に、わざわざわたくしに会いに、牢に入ってすぐに脱獄したというの?


 嘘だわ。とラビリエは油断なくバドを見た。

 ゆったりと椅子に腰かけて、呑気な微笑を浮かべているが、只者じゃないのはもう判っている。


 ……でも、彼の目的がなんだと言うの?


「わたくしは、トスカノへ花嫁として飛空船に乗るのですね?」

「うん。今更だけど、決心は着いた?」

「……あな、バドはわたくしに何をさせたいの?」

「人質さ」


 事もなげに言って、バドが椅子の上であぐらをかいた。

 人質、と呟いて、ラビリエは唇を噛む。無意識に、椅子に座りながらも両足を地面につけて力を入れる。


 騙された?逃げた方がいい?


 でも、逃げる場所なんて無いのだ。暗い牢屋でラビリエとして一生を送るか、国を背負い、敬愛していたパルティエ皇女に成りすまし、恐ろしいトスカノ王の妻となるか。

 

 どちらも嫌だから、ここに来た。


「一体、何がしたいのです」

「マクサルトへ行きたいって言っただろ?『呪い封じの門』を開きたいんだよ。その為にはトスカノに門を開けさせなくちゃいけない」


 ラビリエは驚いて立ち上がった。涼しい顔で、バドがそれを見上げた。


「わたくしを人質に、国を脅迫するの?無理だわ」


 バドはラビリエをひょいと見上げながら、事もなげに言った。


「無理じゃない。君はただの女の子じゃない。トスカノ王妃なんだぜ」


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