バドとジージョ
バドは冷たい風に目を細める。
冴え冴えとした空気の流れに身を撫でられながら、それでもバドは苛立ちの熱を冷ます事が出来ない。
ラヴィは、あいつ、お節介だ。
すげぇ頑固だし、でも、何かあったらどうすんだよ。どうすんだ。
外は既に日が暮れて、『呪い封じの門』が目前に迫っていた。
アスランの小屋も、豆粒程に見える。それをデッキで眺めている不格好な男は、ジージョだ。
バドはちょっと立ち止まって、左右が斜めに傾いている彼の背を眺めた。
彼は庇護してくれるアスランが行方不明になってからずっと、自分の居場所が無さそうに、与えられた小さな部屋に押し籠っていた。
こうしてデッキに出て来たのは、自分の楽園であった棲家を見ておく為だろう、とバドは思った。
彼にとってはトスカノに戻るより、あそこにアスランといた方がよっぽど良い事だろう。
でも、ラヴィが反対した。
マジ余計だよなぁ、と思う反面、アスラン無しで一人は、ジージョには酷だろうともバドは思う。
ジージョ自身も、ラヴィの傍がいいのか、それ程抵抗せずにトスカノ行きに従った。
風がびゅうびゅう吹く中、ジージョが振り返った。
いつもの愚鈍そうな表情を崩して、オドオドとバドに微笑んで見せた。
つられてバドも、ニヤリとして見せたが、どうもうまくいかなかった。
「よう」
「は、はは話は、おお、お、わった?」
「……ああ」
「そ、そ、そう……」
アスランとジージョの小屋が船の真下に来て、遠ざかる。
ジージョはソワソワとそちらを見た。
目に焼き付けておきたいのに、バドが現れたので、相手をしなくてはと気を使っているのだろう。
バドは柵に片腕を持たせ掛けて、ジージョに顎で促した。
「見納めだろ?」
「う、う、うん。あ、ありが、とう」
そのまま二人、無言で小さな小屋が遠ざかるのを眺めた。
バドは夕日に照らされた、寂しそうなジージョの横顔を盗み見、彼の目が潤んで橙色にキラと光るのを、自分などが見てはいけない神聖なものの様な気がして、すぐに視線を逸らした。
ジージョはあそこで、ジージョになれた。
アスランと出会って。
崖の狭間に船は滑り込み、赤い夕陽が遮断され、途端に薄暗くなると、ジージョがふ、と息を吐いた。
「た、た、楽しかった、なな、なぁ……」
まるで今後は楽しい事が無い様な言い方に、バドは顔を歪めて笑った。
「過去って、そうさ」
実際は辛い事があったはずなのに、たくさん悩んだり葛藤したり、したはずなのに。
「でもさ、どうして時間差でそう思うんだろうな? 変だよな? 今はイヤな事ばっかなのに、思い返すと楽しかった、なんて思っちゃう時が来るんだぜ?」
ジージョはバドの口調が早かったからか、少しボンヤリとした表情をしていたが、微笑んだ。
「わ、わ、忘れない、よ。い、今のこと」
「え?」
「い、い、いっしょに、あ、あのこ、こや、みみ、見てくれた、こ、こ、こと」
アハ、とバドは笑った。
「大袈裟ー」
「か、か、悲し、かったけど、バ、バドがい、い、てくれたから」
とても綺麗な思い出になったんだ、とジージョはそんな事を言った。
バドは少しだけおどけて、口の片端を釣り上げ、曖昧に微笑んで見せた。
誰かが傍にいるだけで、心境は簡単に変わり、救いになる。もちろんその逆も。だから、今、誰といたいか、誰の傍にいるべきかを正しく選び取らなくてはいけない。
バドはラヴィの顔を思い浮かべた。
初対面の時、息を飲んでしまった彼女の微笑み。不安そうな顔。決意した顔。泣いた顔。頑固そうに、怒った顔。バドを呆れて見ている顔。
それ以外にも、ふとした時に、例えば風に目を細めた際に、長い睫がそよいだ瞬間や、ふっくらした桜色の唇に思わず見とれてしまった時の事を思い浮かべた。
それから、恥じ入る様にそれらを思い浮かべるのを止めた。
ラヴィは、クリス皇子と結婚するんだ。それが一番いいんだ、と。
船は門を抜け、微かな夕日に照らされるトスカノ平原を滑らかに進んでいく。
オレはいつオレになれるんだろう?




