追憶3-粘る賛辞ー
土竜一族の長、キリング司祭へ『告げる鳥』の役目を果たす為王都へ戻りながら、荷馬車の荷台で、少年はブンむくれて押し黙っていた。
ジルは、こうなる事は承知だったと言う様な体で、荷台から降りて歩いている。
距離を取るのが優しさであり、かつ安全だと判断したのだった。
少年はイライラしてこめかみの辺りを掻きむしると、胸の中で溜め込んだ息を吐いた。もしそれに色が付いていたならば、真っ黒だっただろう。
どうしてバドが?
そう思いながら、手近にあった積荷に拳を打ち付ける。「コラッ」とジルが怒った顔でこちらを見たが、知ったこっちゃ無い。
「ジル、『炎の鳥』は十歳から選ばれるんじゃないの」
「いいえ。十歳からが多く選ばれる、と言うだけで、特に年齢の縛りは無いようです」
そんな、と呟いて少年は荷台から身を乗り出す。
「でもバドはまだ九歳だ。子供だぞ」
「ははは。十歳も子供ですよ。要は子供にしか出来ないと言う事です。なので十五歳以上は選ばれない。逆に選ばれたら少し恥ずかしいですね」
「クソッ」
ここにいるよく日に焼けた少年もまた、いつかは自分も、絶対に自分が、と信じて疑っていなかった。でもそれは、もう少し先の話だと思っていたのに。なのに。
「どうしてバドが・・・。僕より早く?」
「配役と時期と、どちらが不満なのです?」
興味本位でジルが聞いた。
「どっちもだよ・・・」
悔しさに胸が焦げそうだ。ズルズルと積荷に寄りかかって、窮屈に体を曲げる。
もう頭の中では嫌でも「どうしてバドが」しか繰り返されない。
「ライバルを持つのは大変な事ですねぇ」
この青年にとって、豊かさに反して素朴で大きくはないこの国は、きっと狭いのだろう。張り合う程の相手を持たない彼は、少年の心中を察しかねて気の毒そうに微笑んだ。
「ジル、バドにはお前が言ってくれよ」
無情にもジルは首を振る。彼はこの件を少年にとって良い機会だと思っている。我慢や自律心を知り、心憎いと思っている相手の成功を認めるこの春。胸のくすぶりは、簡単には消えてくれないかもしれない。けれど、それを抱きながら夏を駆け抜けた頃、少年は一回り大きくなるだろう、と。
「ダメですよ。『告げる鳥』は『炎の鳥』が誰なのか、知るべき者に報告するのが役目です」
沁みる気体か何かを急に振りかけられた様に少年は目をつぶり、顔をまだ子供らしいふくいくとした手で覆った。
『告げる鳥』を任された時、とても誇らしくて嬉しかったのに。バドにだって、自慢しまくったんだ。それが今じゃどうだ。僕は、バドに『炎の鳥』をお前がやるんだって、おめでとうって言わなくちゃいけない。こんな役目になるんだったら、やりたくなかった!
少年は晴れた大空を見上げる。出発は日の出と共にだったのに、太陽は既に空の頂点に昇り、痛いくらいに明るく輝いている。午前中女たちが真っ白に洗い上げた大量の洗濯物が、ひらひらと風をはらんで揺れているのが、王都の城と共に見えて来た。
さて、この国の王は代々短命で、幼い皇子が成人するまでは土竜一族の長が王の役割を務めるのがシキタリとなっている。王が不在の今、『告げる鳥』は一つ仕事を減らされる。
少年は城の赤い絨毯の敷かれた王の間に到着すると、玉座として据えられている古い長いすに座るキリング司祭の前に膝を付いた。
キリング司祭は四角い顎に、どっしりとした体格の立派な男だ。
でも、少年は彼が苦手だった。
彼が怖いから、とかでは無く、やたらと自分に甘いからだった。
早くに両親を亡くした少年に対し、その幼馴染だったからという態で、やたら父親ぶるのが厭だった。
その甘さはどこか執拗で、かつ、わざとらしい。
息子のバドが少年と喧嘩をする度に、少年の味方をするのも、どうかと思う。
そもそも、親は出て来なくていい。
触れられると何かを奪われそうな気がして、ヒュッと心臓が縮みそうになった時もあった。
キリングおじさんは、僕の何かを欲しがっている。
そう思うと、少年は彼を避けずにはいられなくなる。
でも、親切だから厭なんて、変だ。
少年はそう思うので、いつも彼に丁寧に接している。そっと、油断無く。
「『告げる鳥』の羽を、来季へはばたかせる時が参りました」
と、少年は決められた台詞を言って、両手を胸の前で合わせてお辞儀をした。
キリング司祭が顔をほころばせて頷いた。
上手く『告げる鳥』を果たした、とか、立派になった、とか、キリングおじさんは東のオジイと同じ様に褒めてくれたけど、少年は絡みついてくる猫なで声が耳ざわりで、その賛辞はちっとも心に届かなかった。




