追憶1 -少年ー
少し不自然ですが一旦、バド達から離れます。
晴天。
高く高く暖かな風が舞い上がり、国中を優しく巡ると、年に二度ある収穫祭だ。
この国は季節という程のハッキリとした気候の変化は無いけれど、「ああ、またこの時期だ」と人々が仕事の手を止める、そんな風が吹く。
その風にはこの国の守護神様が乗っていて、いつもは地中で眠っているが年に二度、民と収穫の様子を見回るのだという。
水に溢れ、背の高い石橋だらけの王都と、それを散り散りに囲む集落を結ぶ道は、国の豊かさとは裏腹に素朴で、剥き出しの土だ。その土は常にほの温かく、そこに根付いた人々に大地の恵みをふんだんに与え、決して飢えさせない。
その上を、有難味も無くガタガタと音を立てて、荷馬車が東へ走り抜けた。
荷馬車は、これから各集落を回って収穫された野菜や果物、無理矢理家畜などを積み込み、再び城下町へ帰るのが日課だ。なので、都から発つ時は荷台は空である。
でも、今日は空の荷台に、チョンと少年があぐらをかいて座っていた。
少年は王冠の様に輝く金髪を守護神様の風に遊ばせて、子供らしいすべらかで利発そうな曲線を描く額を露わにさせた。風を感じる為そっと閉じた双眸を開くと、今日の空の色をしていた。
着ている服は、白い布をすっぽり被り、腰を帯で締めるだけの素朴なものだが、布地はしっかりしているし、不思議な光沢を放っている。朱に染められた帯もまた、金糸で繊細な刺繍が施され、日に焼けた細い腕には、金のバングルが輝いている。それを間近で見ればいかなる宝石商人も、見事な彫り細工に溜め息が出る事だろう。
彼は生意気そうなツンと尖った唇をして、御者座を見る。
そこには恰幅のいいオヤジと、すらりとした体格の良い若者が、世間話などをしながら東の集落までの時間を和やかに潰している。オヤジが話しかけ、若者が礼儀正しく言葉少な目にそれに相槌を打つのを聞くのに飽きた少年は、若者の腰帯を引いて彼の注意を自分へ向けた。
「どうしましたか?」
振り返った男の瞳は、明らかに猛禽類のそれで、優しく微笑むのを止めたならば獅子でも震え上がる事だろう。たまに見せる微かな動きも、悠々とした鳥類独特のもので隙が無い。髪は金茶に様々な茶の斑が入っており、嘴が無いのが不思議な位だ。二十歳前後だろうか?見せかけの柔和さを張り付けたその端正な顔に、男らしさと若さが溢れ出ている。細身ながら、逞しさが誰にも明らかなのは、彼が常に上半身裸でいる事を好んでいるからだ。下は、穿き慣らしてある風の焦げ茶のロングパンツを穿いている。こちらは、何か獣の皮で出来ている様だった。少年とお揃いなのか、同じ朱の腰帯が、キリリと結ばれている。
「もう少しですよ。飴玉召し上がりますか?」
色とりどりの飴玉の入った袋を渡されて、少年は喜んで袋の中身を覗き込み、自分の瞳の色とそっくりの飴玉をつまんで大きく開く口へ放り込んだ。
それを見守って、若者は再び前を向く。御者のオヤジが「まだまだ子供だなぁ」とからかったので、少年は小さな拳をオヤジのたっぷりした腰へ打ち付けた。オヤジはぐぅぅー、と呻いた後に、パッと身体を伸ばし、ガハハと豪快に笑った。
「効かん、効かん」
「すぐに手を出すのは、男らしくないですよ」
若者が眉をしかめて少年を振り返る。せっかく静かにさせたのに、焚きつけないで欲しいものだ、と内心面倒臭く思っているのが表情に出ていた。
朝日の中を荷馬車は進み、川渕に幾つもある洗濯場の側を通ると、女達の黄色い声が沸いた。
「あら、ジル様よ」
「ジル様、おはようございます」
若い女達が朝の仕事の手を止めて、若者を熱心に見詰めたり、手を振ったり忙しい。
「俺もいるぞー」
毎朝挨拶を交わすお馴染みのオヤジに、女達は笑ってシッシ、と手を払った。
「ドテかぼちゃは見飽きてるわ。ちょっと痩せなさいよ。ジル様が見えないわ」
「若いお嫁さん貰っちゃってさ、お腹の子に言いつけてやるから」
「こりゃたまらん」
かしましい女達の攻撃に、オヤジはちょっとバツの悪そうな顔をしてからニヤつくと、ドウッと言って馬足を早めた。
女たちのお熱が届かないところまで荷馬車が行くと、少年は「僕もモテたいよ」と肩ひじをついてジルと呼ばれた若者をねめつけた。ジルは凪いだ表情で少年を見詰め、
「では、練習しましょう」
「うんうん」
ジルはにっこり笑う。
「笑顔が基本です。とにかく笑顔」
「とにかく笑顔」
「次に、女性はワイルドも子宮にキます」
彼は隠し持っていた犬歯を剥いてニィ、と笑う。その横でグハ、とオヤジが吹き出した。
「シキュウ??」
「女の核です」
「ふぅん・・・?」
目を丸くした後で、まだ生え揃ったばかりの永久歯を剝き出して笑ってみる。
「いいですよ、次は・・・」
ガタゴト、ガタゴト、荷馬車は揺れて、明るい日差しの中を行く。




