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青い夜に竜を殺す  作者: 星河雷雨
それから

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第六話



 マティアスが何だか信じがたいものを見ているかのように目を見開いているけどさ、でもうちってやたら長く続いているだけの名ばかりの貧乏名家ってだけだよ? あとは何にもないはずだけど。 


「……知らないです」

「君の生家であるアンセラム伯爵家は、《古の災厄》が封印された際、英雄に魔力を与えた聖女の血筋だよ? まあ知っている者は少ないかもしれないけど」


 ――……初耳!


 嘘でしょ? からかってるんでしょ? じゃあ何でうちは貧乏なの⁉ そういう血筋って普通優遇されるんじゃないの? 誰か教えて!


「しかし……本当に聖女と公表するとなるとまた厄介だな。お前のことと併せて各国への対応が面倒だ。今だって陛下たちが息つく暇もなく動いてらっしゃるというのに……」


 いや、聖女は公表しなくていいんじゃないですかね? マティアスが最初に言っていた案に一票です。そもそも私聖女じゃないし。


 なんでそんなことになったんだ、本当。かつての聖女がうちの出身だって知ってる者は少ないんでしょ? たまたまか。たまたま知ってる奴がいたのか。なんたる不運。


「じゃあ、俺の婚約者にしちゃえば? 聖女と竜殺しの英雄の組み合わせなんて、誰も文句は言えないでしょ」


 ちょ、おま、何言ってくれちゃってんの⁉ 何でそこで婚約なんて話になるんだよ。ちょっと、そこ。納得しない! その手があったかあ、なんて顔しないでよブラッドさん!


「あ、あの……私、まだ十二歳なんですが……?」

「さすがに成人するまで手は出さないよ」


 そういう問題じゃないんだよ! 何でいきなり婚約なんて話になるのかってことだよ! てかマティアス何歳? えーと? 小説で邪竜を倒した時は三十手前だったはず。確か……二十七、八かな。てことは今は十七か十八? え? 大人っぽ……。え、本当に?


「マティアス殿下って、今おいくつなのでしょうか」

「十八」


 本当だった。


 六歳差か……普通かな。……いやいや問題はそこじゃない。問題はマティアスが王子ということだ。


 無理でしょ、王子妃とか。考えたこともなかったよ。むしろ貴族の家に嫁にいけるとさえ思っていなかったよ。何故なら家が貧乏だからね。うちには七人姉妹の末っ子の持参金まで捻出する余裕がないからね。


「でも何でいきなり婚約なんて……」

「《古の災厄》を倒したマティアスには、今や各国から婿入りの話が来てる。そこに聖女が現れたなんてことになったら、君にも方々から婚約の打診が来るぞ?」

 

 情報早! 前世並みかよ! 


「……何でそんなに情報が広まるのが早いんですか?」


 この世界メールないよ? 手紙だってお隣の町に届くのに一週間はかかるのに。一昨日あったことを今日各国が知ってるって何でよ? 


 てか何度も言うけど私十二歳なのに……! あと竜殺しってステータスだけで婚約打診とか感覚おかしくない? 竜を殺したんだよ? よーく考えたらこっちだって結構な化物じゃん。普通そんな人外にはうちの娘はやれん、ってなんない? あ、でも王子だから元から優良物件ではあるのか。


「魔術師だね。一応魔術師の通信手段を使って近隣への情報提供をしておいたから。《古の災厄》が葬られたことも、いち早く魔術師によって各国に知らされたわけ」


 ――……そっか。魔術師か。忘れてた。……忘れてること多いな、私。


 あれ? もしかして記憶障害? そうだ。いっそ記憶喪失のフリでもしてみたらどうかな。よし! これから都合の悪いことはすべて記憶にございませんで通そう。


「どうする? もしどこかの国の王族から婚姻の申し出が来ても、君の家では断れないと思うけど」


 それは確かに断れないだろうな。


 そもそも伯爵家が王家からの婚姻を断れるわけなくない? あ、でも普通なら身分が違うからってことで婚約の打診自体されないか。……やっぱ聖女なんて公表するから悪いんじゃん! 聖女ってステータスが付いちゃうから王家からも婚約の打診が出来るようになっちゃうんじゃん! 


 無しだ、無し!


「……やっぱり、聖女だなんて公表しなければ良いのではないでしょうか」


 実際違うし。


「無理だな。君がアンセラム家の者だということは調べればすぐにわかる。一般の民はあまり知らないだろうが、他国でも王家ともなればアンセラムの家のことは知っているだろう。そうなれば今以上に噂が一人歩きするぞ。どのみち君には多くの求婚の文が届くことになる」


 ――……ぐうう。権力闘争には巻き込まれたくないのに……。そもそも聖女ってそんな簡単に名乗っていいもの? 駄目でしょ。いくら気が遠くなるほど昔にご先祖様に聖女がいたからって、私自身は何の力もないんだよ? 魔力だってないんだよ? 納得しないでしょ皆。


「でも……私が聖女なんて恐れ多すぎます」

「言ったでしょ。君は聖女だ」


 ……あれでしょ? マティアスがそうやって私を聖女って言うのは、私が王家しか知らない情報を知っていたからでしょ? 


 でもそれって結局私が聖女の血筋なんだから竜の正体を知っててもまあそこまでおかしくないよね、ってことで落ち着かない? それだけで聖女って名乗ってもいいわけなくない? もしやマティアス、王族の権限でごり押しする気なの? そういうの止めたほうがいいよ? あとが大変だよ? 信用を失くすよ?


「全然わかってなさそうだけど……何で俺が一人で《古の災厄》を倒せたと思っているの?」

「それは……殿下の魔力が膨大だったから……」


 実際ちょっと驚いたよ? まさか本当にやり遂げるなんて思わなかったもん。


「いくら俺の持つ魔力量が多くても、たった一人で世界を半壊させた化物を倒せるわけないでしょ」

「でも、周囲の魔素を取り込んでいましたよね? そのおかげでは?」


 私がそう言うと、マティアスが大きな溜息を吐いた。あっ、溜息の吐き方がブラッドさんにそっくりだ。こんなところに血の繋がりが……。


「確かに周りの魔素は使ったよ。でも普通はさ、使おうとしてもあれほどの魔素を集めて使うことは出来ないんだよ。魔術師でも無理」


 いや、やってたじゃん。何か? 自分は魔術師よりもすごいと言いたいのか?


「君がいたからだよ。確かに君に魔力はない。でも魔素が君の存在に反応して力を貸してくれた」

「はい?」


 え? マティアス魔素と話せるの? 以心伝心? それめっちゃチートだな。ヤバイ奴とのボーダーだけどな。


「伝わって来たんだ。魔素の想い……っていうのかな? 君のために俺に力を貸すって。世界のためじゃなくて、君のためだってさ」

「私の……ため?」


 何だそれ。スパダリか。


 世界よりも私なのか。


 私を甘やかして何でも言うこと聞いてくれる恋人は魔素なのか? ええ……人間じゃないの? せめて実体を持ってる人がいいんだけど。あっ、でも私魔力ないから結局何もお願いできないじゃん! いや、マティアスに力を貸してくれたことには感謝してるけどさ。


「それは……本当なのか?」


 そうだよ。本当なのか? まさか口から出まかせじゃないだろうな。乙女心を弄ぶとか許されざる罪だからな? 二股野郎と同列だからな?


「本当だって。だから、君が聖女ってことはほぼ確実。ていうか、聖女って奇跡を起こす女性のことだから。君で合ってるよ」


 そ、そうか。聖女の定義ってそんな感じか。それなら、マティアスの言うことを信じるなら私が聖女でもいいのか。


 ……本当にいいのか?


「だからさ。俺と彼女の婚約進めといてよ」


 ……ええ⁉ 結局そこに行きつくの⁉ もう逃げられないの私⁉ 王子妃とか本当無理なんだけど。何すればいいのさ。オホホホホとか言って高笑いしてればいいの? それとも扇で顔隠してにんまりしてればいいの? 


 んなわきゃないでしょ。アホな想像しか出来んわ。無理無理。


「でも、私に王子妃はとても務まらないですし……」


 うーん。でも三食おやつ昼寝付きならちょっとだけ考えるかな……。


「ああ、それは大丈夫。俺将来継承権放棄して臣下に下る予定だし、小さい領地は貰うけど騎士を仕事にしてくつもりだから」


 ああ、なるほどね。だから新兵なのか。あれ? じゃ、別に問題ないのかな。継承権放棄するなら結婚してもそこまで大変じゃないよね? 


 おお。貴族に嫁ぐなんて夢のまた夢、むしろ結婚すら出来ないと思っていたところに棚から牡丹餅転がって来たぞ。


 あっ、そうだ持参金!


「あの、持参金が……」


 多分払えないんですけど、どうしましょう?


「いらないよ。むしろ王家から報奨金出るから大丈夫」


 報奨金出るの⁉ 聖女って清廉潔白じゃなきゃダメなんじゃない? お金にあざとくてもいいの? ……うん。いいか。死ぬところだったもんね。


「まだ何かある?」

「え、ええと……ない、ですかね?」


 今のところはね。


「じゃあ決まり」


 決断早いな。ていうか、マティアスって何か小説と性格違うなって思ってたけど、もしかしたらこっちが本来のマティアスの性格なのかもな。


 考えてもみれば自分の国が一夜で壊滅したらそりゃ性格も変わるわな。へらへら笑ってられんわ。しかもマティアスは王子だ。国も民も失ったというのに王子である自分が生き残っちゃったんだから、居た堪れなさと後悔はおそらく無限大だろう。


 良かったな、未来が変わって。


 国が滅びなくて良かった。私にも、ブラッドさんにも、ベルタにも明日がある。マティアスにだって、私との婚約はさておき結構明るい未来がありそうだし。そう思えば、自然に頬が緩んでしまう。


「何?」

「いえ。明日があるって幸せだなって……」

「……そうだね」

 

 おお。色男のスマイルいただきました。本当綺麗な顔してやがる。


 大丈夫かな、私。マティアスと婚約しちゃって。新たな試練が待ち受けていたりしないかな? マティアスを巡って女同士の仁義なき戦いとか勘弁してくれよ? でも売られた喧嘩は買うよ? 勝つ気はないけど負ける気もないからね? 


「ねえ、アリーセ。俺もう一度寝るから付き合って」

「はい?」


 ……こいつ今なんつった? 成人するまで手は出さないとか言ってなかったか? さっそく撤回かい。


「おいマティアス!」

「添い寝するだけ。彼女が近くにいると傷の痛みが和らぐんだよ」


 ……そんな馬鹿なことある? いや、あるかも。私のスーパーダーリンがマティアスの傷の治りを早めてくれてるのかもしれない。


 嫉妬とかないのかな? まあ所詮魔素か、電子みたいなもんだもんな。……人間のスパダリ欲しいなあ。


「起きるまで起こさないで」


 諫めるブラッドさんを軽くあしらって、マティアスがまだ返事もしていない私を脇に抱えて歩き出した。もしやまた疑問形の「はい」を肯定の「はい」と勘違いしたのか? 

 

 てか怪我は大丈夫なのだろうか。起きて来た時にはふらふらだったのに。やっぱり怪我の治りが早まってるのかな。


 脇に抱えられたままマティアスを見上げると、私の視線に気付いてこちらに視線だけを向けたマティアスと目が合った。


 その流し目やめろ。無駄に色気を出さないでくれる? 目のやり場に困るんだけど。  


「何?」

「……なんでもないです」


 もういいや。私もまだ疲れてるし。きっと私のベッドよりもマティアスのベッドの方が寝心地は良いだろうし。どうせ婚約するんだし。


 それにしても、婚約のことベルタに何て言おうかな。驚くよね。それにベルタ失恋したばっかだしな……。そうだ。ベルタにブラッドさんのことお薦めしようかな。一見だと顔は怖いし声も怖いけど、よく見ればイケメンだし実は優しいし。あ、身分が違うか。ベルタ確か子爵家だったよね。でも聖女の親友枠でどうにかなんないかな? 


 それに両親やお姉ちゃんたちにもどう伝えればいいんだろ。私が聖女とか言っても絶対鼻で笑われるよ。下手すると私が怒られるんじゃない? 王家を騙したとか言ってさ。


 ……ま、いっか。起きたら考えよう。それでマティアスにも一緒に考えて貰おう。どうせ婚約するんだし(2回目)、一蓮托生だ。まあ、何はともあれ――。


「マティアス」

「うん?」

「生きててよかったですね、お互い」

「……そうだね」


 私がそう言うと、マティアスが花のような笑顔をこぼした。


 ……ま、眩しい。本当、笑顔が麗しすぎる。そうか、だから騎士なのか。兜かぶってるくらいが丁度いいんだなこの人。


 私がマティアスの笑顔の眩しさに目をやられているうちに、いつの間にか部屋の奥にあったらしいカーテンで囲まれたベッドへと辿り着いていた。布団がテカテカに輝いているからシルクかな? 私の硬い麻の布団とは大違い。


 その見るからに高価で清潔で柔らかそうなベッドの上に、私はポスンと落とされた。


「ふっかふか……」

「まあね」


 言うことはそれだけかよ、このお坊ちゃんめ。あ、王子か。じゃあしょうがない。


 マティアスは一つ大きな欠伸をしてから私の隣にごろりと横になった。すでに目を瞑っている。睫毛長いな。


 ――それにしても、マジで一緒に寝るのか……。まあいいか。どうせ婚約(以下略)。


 マティアスの真横に身体を横たえた私はベッドのふかふか効果で秒で睡魔に襲われた。うとうとしていたらマティアスに何か言われたような気がしたけれど、眠たすぎて聞き返す気にもならなかった。


「おやすみ」って言ったのかな? それとも全く別の言葉? 恨み言だったらどうしよう。


 仕方ない。起きたらもう一度言ってもらおう。あ、私はちゃんと挨拶するよ? 挨拶って大事。


「おやすみ、マティアス……」


 眠ってもまた明日がある。


 それはとても得難く幸せなことだ。それに……寝ている間にもしまた何かあっても、きっと大丈夫。超安心。



 ――だって私の隣には英雄がいるんだもんね。


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