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青い夜に竜を殺す  作者: 星河雷雨
それから

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第五話



 それから――騎士団を率いて戻って来たブラッドさんが、倒れているマティアスを見つけて大騒ぎ。その場にいた騎士様たちがおそらく命に別状はないだろうと言っていたけれど、まあ見るからにボロボロだもんね。


 マティアスはすぐに残っていた二人の騎士様と一緒に救護用の馬車に乗せられ、王城へと向かった。




 そして私は今――。


 ソファに座ってふんぞり返っているブラッドさんの目の前で、身を縮こまらせていた。



 あの後ブラッドさんの馬に乗せてもらい城に帰った私は、出迎えてくれたベルタの顔を見た瞬間、ぶっ倒れた。そして丸一日眠り、起きたあとすぐにベルタ経由でブラッドさんに呼び出されたというわけだ。


 今のブラッドさんは甲冑を脱ぎ、代わりに仕立ての良い服に身を包んでいる。こうしてみるとなかなかに男前だ。


 短いダークブロンドの髪はマティアスと一緒の色。でも瞳の色が違う。マティアスの鮮やかな青に対して、ブラッドさんは黒に近い紺色をしている。そして顎の線が太くはっきりとしていて、眉もキリリと太くて凛々しい。全体的に男くさくて勇ましい印象だ。


 そんなブラッドさんの外見的特徴を踏まえた上で言わせていただくと、ブラッドさんにはジャボではなくてクラバットが似合うと思うんですがいかがでしょうか? 


 ええ、本人には聞けないですけどね。


 だから別のことを聞いちゃうよ。


「あの……私、もしや牢に入れられたりとか……」

「何故だ」


 うう。ブラッドさんが怖い。いや、わかってるよ? ブラッドさんは顔と声が怖いだけで根は優しいんだってこと。城外へ行くっていう私のこと心配してくれたもんね。


 でも実はマティアスの従兄で騎士団の隊長様だって知った後では別の意味で怖くなるってもんよ。だってマティアスが満身創痍で今も目を覚まさないのって、ほとんど私のせいだもん。


「マティアス……殿下がお怪我をなされたのは私のせいです」

「マティアスが怪我をしたのは《古の災厄》のせいだろう」


 そうなんだけど。そうなんだけど……! そうじゃないんだよ! 私にだってさすがにちょっとは罪悪感ってものがあるんだよ!


 いくら未来の英雄といえど、今のマティアスは新兵だ。しかも一緒に戦うはずの仲間は誰もいなかった。あ、いや。騎士AB様はいたけどさ。魔術師と比べるとやっぱね。

 でもそんな状況にも関わらず《古の災厄》に挑んだマティアスは本当にすごいと思う。


「マティアス様をその場へお連れしたのは、私です」


 処罰覚悟で私がそう言えば、ブラッドさんはしばし私を見つめたあと、大きく溜息を吐いた。……溜息って、聞いているこっちの心が折れるから止めてくんないかな。


「……何故君は《古の災厄》が復活することを知っていた? いや、そもそも、誰もあの場所に封印されていることすら知らなかった。君はそれをどこで知った」


 どこで知ったかだって? ……前世の記憶でだよ! なんて言えるわきゃないよね!


 諦めてくんないかな、なんて思いながらブラッドさんの瞳をじっと見返していると、また大きな溜息を吐かれた。何ですか? 言いたいことがあるなら言ってください。。


「……君が聖女だと言う噂が広まっている。というか、もうすでにその噂は事実として世間に認識されている。今更その『事実』を消すのは難しい状況だ」

「……はい?」


 事実も何も、事実無根ですが? 聖女? 何それおいしいの?


「聖女である君が《古の災厄》の復活を予知し、あの場にマティアスを連れて行った。竜殺しの英雄であるマティアスをな」

「竜殺し……」

「君が言ったんだろう? ああ、ちなみに情報の出所はマティアスと共にその場に残った騎士たちからだ」


 うん、まあ確かに竜殺しとは言ったよ。だってそうなんだもん。でも何がどうなったら私が聖女なんてことになるの? 私何もしてないけど。木にしがみ付いてただけだけど。


 蝉女って言われるならまだわかるけど、何で聖女? あ、もしやブラッドさんが聞き間違えた? 蝉女って音読みすれば聖女に発音似てるもんね。


「蝉女の間違えでは?」

「……センジョ?」


 ブラッドさんが首を傾げている。厳つい男がしても可愛くない仕草だな。でも、そうか。こっちでは音読みしないか。というか蝉女とも言わないか……。ますます聖女がどこから来たのか謎だ。


「センジョとは何だ?」

「何でもないです」


 ブラッドさんの口がへの字に曲がった。どういう表情ですか、それ。怒ってる?


「……あー、ともかくだ。世間ではなぜか君とマティアスはかつて《古の災厄》を封印した聖女と英雄の生まれ変わりということになっているんだが……」

「何ですかそれ!」

「……俺にもわからん。だがまあ、それはいいんだ」


 いや、よくない! よくないぞ! 生まれ変わりってなんだ! 確かに私は生まれ変わっているけれど、決して前世は聖女じゃないぞ! 前世は普通のおっ……ん? 




 ……そうそう、人間だ。


 何か今出かかったけど深く追求しちゃいけない気がする。自衛自衛。


「問題は陛下と各国の王達にどう説明するかでな。だからなぜあの場に君とマティアスがいたのか理由を説明する必要があるんだが……」


 ブラッドさんがそこまで言ったとき、奥の部屋から声が聞こえた。


 マティアスの声が。



「そんなの、たまたまってことにすれば良いだけでしょ」



 そんな言葉とともに姿を現したマティアスに、ブラッドさんが慌てて駆け寄った。まあ、マティアスボロボロだしな。バスローブみたいな白い羽織の隙間から見えている所は包帯だらけ。ミイラみたいだ。きっと魔術でいくらか治しただろうにこれか。だいぶヤバかったなあ。


「マティアス、起きたのか! というか、勝手に動くな! まだ寝てろ!」


 もしやマティアスこの部屋の奥で寝てたの? 入り口の扉開いてないもんね。


 おいおい。よく得体の知れない女(私のことだ)を王子様が寝ている部屋に入れるな。まあ、得体が知れないとはいえ、一応私この城の侍女見習いだから身柄はしっかり把握されてるだろうけどさ。


 ブラッドさんがちょっとふらついているマティアスに肩を貸し、ソファに座らせた。腰を降ろしたマティアスは、そのままソファに背をもたれさせ縁に頭まで乗っけている。結構しんどそうだ。


 この世界の魔術は治癒も出来るけれど、完璧に傷を癒すまでには至らないのだ。ある程度治したらあとは本人の体力と治癒力次第。


「たまたま《古の災厄》が復活する場面に俺とその子が居合わせた。そう説明すればいい」

「王子がわざわざ出向いたのにか?」

「あの時の俺は、いたいけな少女を放っておけなかったただの心優しい新兵。心配して付いて行った先でたまたま《古の災厄》が復活するところに出くわしてしまった。それでいいでしょ」

「よくない!」

「何で? いつも以上に融通が利かないな。何か理由が?」


 マティアスに問われたブラッドさんは一瞬言い淀み、そして意を決したようにその言葉を口にした。

  

「――彼女はお前を竜殺しと言ったんだ」


 ……え、それが何? それの何がそんなに駄目なんですかね。あ、もしやダセーとか思ってる? それなら文句は私ではなく小説の作者に言ってください。


「へえ?」


 マティアスの青い目が私を捉えた。というか、マティアスって甲冑着てないと騎士というよりまるでどっかの劇団の花形役者みたいだな。寄こす視線一つが壮絶に色っぽいんだが? 絶世の色男の名は伊達じゃないないってことか。


「……まあ。聖女ってことにしたいなら別にそれでも良いんじゃない? 多分、本当だし。俺はどっちでもいいよ」

「は?」

「は?」


 私とブラッドさんの声がかぶりましたよ? 何言ってんの、お兄さん。頭の打ち所悪かったの? それにあなたがよくても私がダメなんだけど?


「君言ってたよね? 竜の正体は自然から発生した魔素の塊が肉体と意思を持ったもの。封印がすべて解かれれば、周囲の魔素を取り込んで古の邪竜の姿が蘇るって」


 言ったね。多分一言一句間違いないね。でもそれが何なん? 


「何で君がそんなこと知ってるの?」 

 

 ……うん。そうでした。


 その情報って一般的なものじゃなかったんでした。世界を半壊させた邪竜の正体がそこら辺に漂ってる魔素でした、なんて情報世間に流したら、今度はいつまた同じようなことが起るのかって皆戦々恐々しながら過ごさなきゃならない。


 だからその情報って一部の上層部――ようするに王家とか王家とか王家とかにしか知らされていない情報なんでした。参ったね、こりゃ。


 あーあ、ブラッドさんも驚いてるね。知らなかったのかな? ま、マティアスの従兄でも王族ではないだろうしね。


「ねえ、答えてくれない? 侍女見習いの、アリーセ・アンセラム?」


 え? あれ? 私のこと知ってたの? いつ調べたの? 今まで寝てたんじゃないの?


 出会ってから今までマティアスが私のことを調べる暇なんてなかったはずなのに、何で知ってるんだ。


「俺一度見たもや聞いたものは忘れないから。君の情報は侍女見習いとして城に上がった際の書類で知った。男爵家や子爵家ならまだしも、今どき伯爵家で十一で娘を侍女見習いに出す家は珍しいからね。当時ちょっと話題だったんだよ。ま、書類見たのはたまたまだけどさ。さすがに顔までは知らなかったけど、名前と大体の外見年齢が一致したからね。多分そうだろうなって」


 ああ、それで……。ていうか話題だったんだ、私。


 まあマティアスの言う通り、娘を十一歳で侍女見習いとして家から出す伯爵家はうちくらいだろうな。貧乏だからねえ。子沢山だし。七人姉妹だしね。


 ……そして私は末っ子だ! 末っ子にまで金かけてらんないんだよ貧乏過ぎてさ!


「なるほど……アンセラム伯爵家か。そういえばそうだったな。失念していた。本物だというのなら、王家の者しか知らない情報を知っていたのも、お前を竜殺しだと言ったのも、まあ納得か」


 え、うちが何ですって? 私がうちの生まれだからって、なんでそこで納得しちゃうの? 何か関係あるのなら今すぐ教えてください。


 そりゃ《古の災厄》について知ってたことについては勘違いしてくれてた方がこっちとしては都合がいいけどさ。でも聖女はやめてくんないかな。居た堪れないんだけど。


 あ。あと、私がマティアスのこと竜殺しって言ったから何だっていうの? そもそもブラッドさんとマティアス、二人ともその称号を知ってるような口ぶりなんだけどそれって今から十年後に貰う予定の称号だよ? そっちこそ何で知ってるの? 


 うーん。聞いていいかな……駄目かな……でも知りたい。 


「あの、なんでお二人は竜殺しのこと知ってるんですか?」

「俺が生まれた時占者に言われたんだよ。俺は将来竜を殺すって」


 そう言ってマティアスがニヒルな感じの笑みを見せた。むしろなんか似合ってるな。ナイフな片鱗がちょこっとだけ見えてるし。


「結構有名なんだけど、君は知らなかったんだね」

「……」


 うん。知らなかった。黙秘するけどね。何か悔しいから。


 でも竜を殺すってさ。もしかしなくてもその占者の方が本物の聖女じゃない? だって予言したってことでしょ? マティアスが将来邪竜を殺すのを。私なんかよりよっぽど本物じゃん。いや女性かどうかは知らないけど。


「そのおかげで一部の人間からは随分嫌われたよ」

「……何でですか?」


 確かに今のこの世界に竜はいないけど、竜殺しとか蒼き狼とか獅子心王とか、そういう二つ名って男の子の憧れじゃないの? 巌窟王とか……はちょっと違うか。


「竜とは王の隠語だ。そのためマティアスは将来王家に仇名す謀反者であるなどと嘯く愚か者がいてな」


 ほうほう。知らんかった。この世界では竜って王様を指す言葉だったのか。勉強になるなあ。そういや元の世界でもドラゴンは皇帝を指す国もあったんじゃなかったっけ?


 しかし今現在、現実に竜がいないんじゃそっちの意味に取られても仕方ないか。誰も将来邪竜が復活するなんて思わないだろうしな。かなりの濡れ衣だけど。


 ……ああ、どうりで皆の口が重くなる訳だ。


「だから俺はブラッドの家のレドフォードの姓を名乗ってる。そうしておけば少しは安心する奴もいるだろうと思ってね。一応継承権はまだあるんだけど」


 なるほど、姓があるのはそういう訳ね。結構苦労したんだね、マティアスも。


「それじゃあ、なぜ私がアンセラムの家の生まれなら聖女でも納得ってことになるんですか?」


 ひょっとして、うちってその占者さんと縁続きだったりする? 多産の家系な上に無駄に親戚多いから有りうるな。

 

「もしかして、君自分の家のこと知らないの?」



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